はじめて小生がモロッコに入国した時は、スペインからフェリーに乗った。アフリカ行き航路の波止場ということで多少は身構えてもいたのだが、発地アルヘシラスのすすけた港町はごく一部で、丘の上には綺麗で賑やかな街が広がる。生まれ故郷の横浜にもよく似ていた街を発つと、ジブラルタル海峡は晴れわたり、船酔いにはめっぽう強い小生は、アッパーデッキで陽光と海の強烈な色彩を堪能していた。彼方にあるモロッコ最大の都市カサブランカは、いまも昔も一流のリゾート地である。北アフリカの紺碧の空、赤茶けた砂岩は圧倒的だ。25年前、時計師フランク・ミュラーは自身の名を冠したブランドのニューコレクションに、その名を選んだ。

複雑時計屈指の名作モデル「カサブランカ」

トノーブームを巻き起こしたフランク ミュラーのアイコンウォッチ

ロングセラーを誇る「カサブランカ」のレギュラー・モデル。25年目を迎えてなお人々を魅了する、フランク ミュラー定番中の定番だ。●自動巻き ●ステンレススティール ●ケースサイズ45×32mm ●パワーリザーブ約42時間 ●カーフ革ストラップ ●日常生活防水 ¥918,000 ※税込価格

 当時すでに「複雑時計の巨匠」と賞賛されていたフランク ミュラーの三針モデルが、ただものであるわけがない。まずは「トノゥ カーベックス」とよばれるフォルムから斬新だった。ベースとなる樽型は1920年代から30年代にかけて一世を風靡した、アールデコ期前後の流行である。本来はオールドファッションなそのシェイプに縦軸・横軸双方からカーブをかけて、丘状の3次元構造をくわえた。ガラスも湾曲しているが、ケースバック側も手首に沿うような曲面を描くのである。アールデコの平面構成に範を採りながら、2次元の設計を3次元に一変させるまったくの独創は、いまも新しい。それは、腕時計史上の傑作と断言できる。

 そこに、独特の「カサブランカ」テイストが重なっていく。インデックスの夜光は、サハラの闇夜への装備であり、文字盤には乾いた大地の色彩が多用される。砂塵に耐える強靭さをブランド初であったステンレススティールで、灼熱の気候への順応はカーフストラップで表現した。しかも紫外線を遮る加工を敢えて施さない文字盤で、腕時計を“エイジング”させる楽しみの最新流行を、はるか過去に提案していたのである。

 25周年の記念モデル「カサブランカ 25th」が、また楽しい。カーフストラップは厚みのあるヌバック革をワックスコード=太い蝋引き糸で縫い止めた、タフでノスタルジックなスタイル。革は時を経て廃れるのではなく、飴色の風合いを得ていく。サンドベージュの夜光インデックスとホワイト文字盤、ブルー文字盤は、記念モデルならではの特別なルックスだ。

時計史に名を刻むアニバサリーモデル「カサブランカ 25th」

アフリカ大陸の陽光を想わせるホワイトダイヤルと、サハラの夜空に似たブルーダイヤル。フランク ミュラー独特の“ビザン数字”インデックスは、舞い上がる砂塵のようなカラーの夜光を設えた。●自動巻き ●ステンレススティール ●ケースサイズ45×32mm ●パワーリザーブ約42時間 ●カーフ革ストラップ ●日常生活防水 ¥918,000 ※税込価格

 モロッコのカサブランカが、リゾート地以上の存在であるのは、ボガートとバーグマンの映画「カサブランカ」によるところが大きい。その地を訪れることで、忘れがたいモノクロ映画の記憶に色がつくのだろう。フランク ミュラーの「カサブランカ」もまた、その経験に等しい。これ以上ないほどエキゾティックな、ふたつとない街への憧憬のイメージは、はじめての鮮やかな色で彩られるのである。

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この記事の執筆者
桐蔭横浜大学教授、博士(学術)、京都造形芸術大学大学院博士課程修了。著書『腕時計一生もの』(光文社)、『腕時計のこだわり』(ソフトバンク新書)がある。早稲田大学エクステンションセンター八丁堀校・学習院さくらアカデミーでは、一般受講可能な時計の文化論講座を開講。