これだけの大都市で、人口も圧倒的に多いというのに、東京は香水の香りが漂ってこない不思議な街である。ことに男性の香水忌避率はそうとう高いのではないか。電車や地下鉄に乗っても、クラブにでもくりだす夜のイケメンぐらいからしか香ってこないのが実情だ。

おや? と思うほど香りに繊細

 組織で動く日本の企業社会の特質を考えれば、「個人」そのものである香りへの抵抗感は、まあ、理解できなくもない。また、総体的な香り体験の乏しさも香水と距離を置く原因なのだろう。
 しかし、香りが人に及ぼす影響を考えたら、人生をそれなしで終えていくのはあまりにもったいない。人が焼き鳥やケバブにつられ、海辺で開放され、自宅で寛げるのは、そこに本能に語りかけてくる香りがあるからだ。ワイン、葉巻、チーズ、ショコラのような嗜好品は香りへの造詣がなければ、その森の深部へは辿りつけない。そして男女の間でも香りが果たす役割は……申すまでもないだろう。

「鰹節」

日本料理のよき香りの元のひとつが、鰹節。旨味の成分たっぷりの香りが食欲を刺激する。
日本料理のよき香りの元のひとつが、鰹節。旨味の成分たっぷりの香りが食欲を刺激する。

「珈琲」

艶やかな焦げ茶色の珈琲豆を挽くと香りの花が咲く。いれたての珈琲のおいしさは、この香りが導く。
艶やかな焦げ茶色の珈琲豆を挽くと香りの花が咲く。いれたての珈琲のおいしさは、この香りが導く。

「花」

何かのメッセージを予感させる花束の香り。スーツの胸元の1本の花の香りは、ジェントルマンの色気と自信。
何かのメッセージを予感させる花束の香り。スーツの胸元の1本の花の香りは、ジェントルマンの色気と自信。

「皮革」

愛用のレザー製品の香りは包容力がある。使うほどに手放せなくなるのは、その香りのせいかもしれない。
愛用のレザー製品の香りは包容力がある。使うほどに手放せなくなるのは、その香りのせいかもしれない。

「柑橘」

レモン、オレンジ、ライム、そして柚子。リフレッシュ作用があるという柑橘のそれは、だれもが好む香りの王様。
レモン、オレンジ、ライム、そして柚子。リフレッシュ作用があるという柑橘のそれは、だれもが好む香りの王様。

「フェルト」

ウールを圧縮したフェルトには、穏やかで愛おしい香りが密集。だから紳士は、フェルトの帽子が手放せない。
ウールを圧縮したフェルトには、穏やかで愛おしい香りが密集。だから紳士は、フェルトの帽子が手放せない。

「チーズ」

香りの強烈さと裏腹に、濃厚でまろやかな味がたまらないウォッシュチーズ。この臭覚の刺激がチーズの魅力。
香りの強烈さと裏腹に、濃厚でまろやかな味がたまらないウォッシュチーズ。この臭覚の刺激がチーズの魅力。

「酒」

酒の香りは千差万別。しかし、甘い酒に共通するのは、ふくよかな甘さ。この香りに人は酔わされる。
酒の香りは千差万別。しかし、甘い酒に共通するのは、ふくよかな甘さ。この香りに人は酔わされる。

「インク」

墨香にも似た懐かしい香りがするインク。万年筆で書いた手紙は、その香りとともに、相手に思いが届く。
墨香にも似た懐かしい香りがするインク。万年筆で書いた手紙は、その香りとともに、相手に思いが届く。

「葉巻」

指で軽くつまんだ葉巻を鼻の下にすっと通して、香りをかぐ。葉巻の愉しみは、まず、この所作から始まる。
指で軽くつまんだ葉巻を鼻の下にすっと通して、香りをかぐ。葉巻の愉しみは、まず、この所作から始まる。

「靴墨」

ジェントルマンの身嗜みの基本である靴の手入れ。靴墨と革の香りが混じり合う、穏やかなその時間が楽しい。
ジェントルマンの身嗜みの基本である靴の手入れ。靴墨と革の香りが混じり合う、穏やかなその時間が楽しい。

「茶葉」

日本茶の愉しみは味わいとともに、湯気とともに立ち上る香りにある。その前に、茶葉の香りも愛おしみたい。
日本茶の愉しみは味わいとともに、湯気とともに立ち上る香りにある。その前に、茶葉の香りも愛おしみたい。

普段意識しなくても、いい香りは記憶に残っているもの。日常に潜んだ香りを意識してみてはいかがだろうか?

この記事の執筆者
TEXT :
林 信朗 服飾評論家
BY :
MEN'S Precious2016年春号『東京ジェントルマン50の極意』より
『MEN'S CLUB』『Gentry』『DORSO』など、数々のファッション誌の編集長を歴任し、フリーの服飾評論家に。ダンディズムを地で行くセンスと、博覧強記ぶりは業界でも随一。
クレジット :
撮影/唐澤光也(パイルドライバー/静物)スタイリスト/石川英治(tablerockstudio)