刻々変化している東京。その変化こそが東京のヴァイタリティ、東京らしさと外国の方は言う。だが、その結果、ぼくたちの愛する東京は記憶のなかにしか残っていない。

しかし、自己の記憶の小さな湖も水としてどこかに繋がっている。

物語のなかの東京で遊んでいる

その水系を辿っていく、自分の過去から他者の過去へと遡航していく旅は東京ジェントルマンに与えられた知的ラグジュアリーである。

たとえば川本三郎氏の読売文学賞受賞作『荷風と東京─「断腸亭日乗」私註』。

江戸を下絵に持つ旧東京、永井荷風が愛したラビリンスが川本氏のていねいな検証で立ち現れてくるのだ。

A 1901年に刊行された国木田独歩著『武蔵野』
今日では住宅地が広がる渋谷~東京都下の往時の情景を描写している
B 1905年刊の夏目漱石著『吾輩は猫である(上巻)』
漱石が住んだ本郷から根津界隈の生活が、猫の視線から語られる
C 1948年刊、久生十蘭著『魔都』
大戦前の帝都東京を舞台に繰り広げられるピカレスク譚
D 1997年刊の阿部和重著『インディヴィジュアル・プロジェクション』
渋谷界隈を舞台とした、超・現代のハードボイルドストーリー
E 1937年刊、永井荷風著の『濹東綺譚』
玉の井の遊里を舞台とした物語はもちろん、「作後贅言」に当時の東京が活写されている
F 1981年刊の田中康夫著『なんとなく、クリスタル』
本編とともにトレンドワードを解説した巻末の「NOTES」が話題となった。

歴史を重ね、変化し続ける東京を語ることこそ、知的ラグジュアリー。ファッションに凝るのはジェントルマンなら当然のこと。ただ、それだけの男になってしまっては台無しだ。過去の東京を題材にした名著を読むことで、想像力の翼は無限の広がりを持つ。現在ではインターネットの普及で、どんなことでも簡単に調べることができるが、あえて過去の書物を読み漁り、想像力を働かせてみるのも、ジェントルマンの嗜みだ。 

この記事の執筆者
TEXT :
林 信朗 服飾評論家
BY :
MEN'S Precious2016年春号『東京ジェントルマン50の極意』より
『MEN'S CLUB』『Gentry』『DORSO』など、数々のファッション誌の編集長を歴任し、フリーの服飾評論家に。ダンディズムを地で行くセンスと、博覧強記ぶりは業界でも随一。
クレジット :
撮影/戸田嘉昭(パイルドライバー/静物)