酒は楽しいものだ。だが、散々飲んで騒いで…という繰り返しだけが人生ではない。もっと、静かに他者と、自分と向き合う時間をつくってはどうだろう。そんなときにおすすめなのが、茶である。おいしいお茶は心を解きほぐし、たてたり、淹れたりする楽しさは、酒では味わえぬ、いわば100倍素敵な嗜みである。作法はあるが、すべてに忠実である必要はない。とくに道具は自由な発想で組み合わせよう。

 男性といえば酒というのは遠い昔の話である。早い人は、酒もいいが、おいしいお茶のよさは酒に負けずとも劣らないことを知っている。

 日本茶、紅茶、中国茶、それぞれの美点と文化があるが、酒と決定的に違うのはお茶はたてるもの、淹れるものであるということだ。

 主人が淹れるお茶を感謝の気持ちでいただく。そこには和があり、対話が生まれる。ひとりいただくお茶もまたいい。そのときは自分と和し、自分と対話するわけだ。

 酒の狂騒から茶の静へ、がモダン・ジェントルマンのベクトルかもしれない。

酒にはない、茶ならではの楽しみとは?

作家、松山猛氏は、30数年前から中国茶を本格的に楽しんでいる。写真は、氏の、小さな籠に収められた茶道具一式。セットものではなく、別に求めたものを組み合わせたという。日本の野点の感覚を応用したこうした「遊び」の気持ちも忘れずにいたい。
作家、松山猛氏は、30数年前から中国茶を本格的に楽しんでいる。写真は、氏の、小さな籠に収められた茶道具一式。セットものではなく、別に求めたものを組み合わせたという。日本の野点の感覚を応用したこうした「遊び」の気持ちも忘れずにいたい。

 日本が誇る茶の湯の文化を語るまでもなく、茶はわれわれ男たちにとって、他者や自分と向き合う大切な嗜みである。酒の場合、そこに過程の楽しみはない(そもそも酒税法で製造者は厳密に区分されている)。それに、個人で茶を嗜む限り、厳密な縛りはない。本来の用途とは違う道具を組み合わせて、自分だけの世界が作り出せるのだ。必要なのは、自由に遊ぶ心である。

この記事の執筆者
TEXT :
林 信朗 服飾評論家
BY :
MEN'S Precious2016年春号『東京ジェントルマン50の極意』より
『MEN'S CLUB』『Gentry』『DORSO』など、数々のファッション誌の編集長を歴任し、フリーの服飾評論家に。ダンディズムを地で行くセンスと、博覧強記ぶりは業界でも随一。
クレジット :
撮影/篠原宏明