話題の美術展に足を運んだものの、評判ほどの魅力を感じられなかったという経験はないだろうか。だからといって、自分の芸術的センスのなさに意気消沈することはない。いいモノを観て、感じる経験を重ねていくうちに、鑑賞眼は磨かれていく。年をとって初めて気づくアートの魅力に引き込まれ、気がつけば蒐集の日々。それが自分で目を付けた若手の作家だったりしたら、もう重症だ。美しい病は、人を成長させる。

そばに置きたいアートがある

作家が、作画架に置かれた右側の絵は、1981年作の山本容子氏の銅版画。画家デビッド・ホックニーのにおいを漂わせるタッチが秀逸。左は、木村伊兵衛写真賞を受賞する前の写真家・本城直季氏の作品。世界遺産の白川郷合掌造り集落をジオラマのように撮影する。共に私物
作家が、作画架に置かれた右側の絵は、1981年作の山本容子氏の銅版画。画家デビッド・ホックニーのにおいを漂わせるタッチが秀逸。左は、木村伊兵衛写真賞を受賞する前の写真家・本城直季氏の作品。世界遺産の白川郷合掌造り集落をジオラマのように撮影する。共に私物

 歳をとるのはよいことだ。なぜなら小説、クラシック音楽、絵画や彫刻など、若い頃に歯がたたなかったその良さが、突如としてわかるようになるからである。鑑賞のレベルが飛躍的にあがるからである。
 そうすると、たとえば絵画など、もう他所に見に行くだけでは満足できず、手元に置きたいという願望を持つようになる。兼好法師のごとく「あやしうほどものくるほしけれ」といった状態になる。
 身体は常に壮健でいたい。しかしこういう美しい病でひとしれず精神を病むのはなかなかよい。

「美しいものを愛するジェントルマン」がたどり着く桃源郷は、ここにあるのだ。

この記事の執筆者
TEXT :
林 信朗 服飾評論家
BY :
MEN'S Precious2016年春号『東京ジェントルマン50の極意』より
『MEN'S CLUB』『Gentry』『DORSO』など、数々のファッション誌の編集長を歴任し、フリーの服飾評論家に。ダンディズムを地で行くセンスと、博覧強記ぶりは業界でも随一。
クレジット :
撮影/篠原宏明 スタイリスト/齊藤知宏