天才デザイナーの、センセーショナルで壮絶な一生

アレキサンダー・マックイーンといえば、美しいテーラリングや繊細かつドラマティックなドレス、そして既成概念を覆すファッションショーなどを思い浮かべる方が多いのではないでしょうか。彗星のように現れ、瞬く間に時代の寵児となり、あっという間に自ら人生に終止符を打った天才デザイナー。取材を好まず、謎に包まれていた彼の人生に迫るドキュメンタリーが、2019年4月5日(金)から全国で公開されました。

労働者階級出身の貧しい青年が、一躍時代の寵児へ

ドキュメンタリーは、労働者階級出身で学歴も仕事もない16歳のリー・アレキサンダー・マックイーンが人手不足の老舗テイラーで働き始めるところからスタートします。服づくりの才能に目覚めた彼は、その後、ファッションの名門であるセント・マーチンズ美術大学に入学。失業保険で購入した生地でつくりあげた1992年の卒業コレクションで、人生が変わります。

テーマは「獲物を狙う 切り裂きジャック」。美とバイオレンスを融合させたセンセーショナルなショーを、当時UK版『VOGUE』のエディターだったイザベラ・ブロウが絶賛。彼女は卒業コレクションすべてを買い上げ、無名デザイナーの作品が『VOGUE』の誌面を飾ることになります。

1996年春夏シーズン、ジバンシィのクリエイティブディレクターに就任後、初となるショーのバックステージにて。© Salon Galahad Ltd 2018
1996年春夏シーズン、ジバンシィのクリエイティブディレクターに就任後、初となるショーのバックステージにて。© Salon Galahad Ltd 2018

さらに、彼を「時の人」へと押し上げたのが、1995年に発表したコレクション「ハイランド・レイプ」。大胆にカットされたドレス、切り裂かれたレース、ふらふらとランウェイを歩くモデル。高いテーラリングの技術をもって、人間の心に潜む闇を描き出すショーの評価は両極端に分かれました。大絶賛か、バッシングか。その後もショーの内容や演出は過激さを増し、「モードの反逆児」と称されるようになります。

「反逆児」「異端児」といわれながら、デビューから10年の間に4度ブリティッシュ・デザイナー・オブ・ザ・イヤーを受賞し、1996年にはフランスの歴史あるメゾン、ジバンシィのクリエイティブディレクターに就任するなど、評価は高まる一方。2003年には34歳で大帝国勲章を受章します。

これは、彼の生む衝撃的なクリエーションが見かけ倒しや小手先のものではなく、確かな技術と独創的な発想力から生まれるものであること、人間の本質に迫る問いかけをはらむものであったこと、そしてそれが観るものの心を動かすものだったことの表れといえるでしょう。

伝説的なショー、本人の肉声と関係者の証言……貴重な映像の数々

デヴィッド・ボウイにビョーク、レディー・ガガ、キャサリン妃と、数々の著名人に愛された彼のクリエーション。富と名声を得た反面、ジバンシィと自身のブランドを合わせて年14回に及ぶショーを身と精神を削るように創り上げるうち、極度のプレッシャーを抱えるようになります。ドラッグに溺れ、うつ病にも悩まされ、衰弱していくマックイーン……。

そして、2007年に最大の理解者だったイザベラ・ブロウの自殺に衝撃を受け、追い打ちをかけるように最愛の母を亡くした彼は、母の葬儀前日に自ら命を絶ってしまいます。

映画『マックイーン:モードの反逆児』は、ケイト・モスをホログラムで映し出したコレクションなど、服と心象風景、アート、テクノロジーを融合させた伝説的なショーの数々や創作現場、本人の未公開映像、家族などの証言によって、緻密で多角的に練り上げられたドキュメンタリー。

制作陣が築いた、マックイーンと近しい人たちとの信頼関係の賜物といえます。マックイーンと親交のあったマイケル・ナイマンによる楽曲も特筆。ドラマよりドラマティックな人生を、彼のためにつくられた無二のメロディーが彩ります。

マジックミラーにモデルたちを閉じ込め、フィナーレにガスマスクをつけた裸体の女性が登場して話題を呼んだ2001年のショー「ヴォス」にて、ケイト・モスと。© Salon Galahad Ltd 2018
マジックミラーにモデルたちを閉じ込め、フィナーレにガスマスクをつけた裸体の女性が登場して話題を呼んだ2001年のショー「ヴォス」にて、ケイト・モスと。© Salon Galahad Ltd 2018

彼はどんな人物で、なぜ自ら命を絶ったのか。複数の視点から語られるマックイーンの姿は、ときにチャーミングで朗らか、ときにストイックで狂気的。物語のような予定調和は存在せず、人間の精神が絶えず揺れ動き、さまざまな面をもつことを浮き彫りにするかのよう。

天真爛漫な野心をもったやんちゃな青年が、次第にプレッシャーと孤独に蝕まれていく様子を丁寧に、克明に追った『マックイーン:モードの反逆児』。彼の生き様は、観る者を圧倒するだけでなく、ものを創り出すこととは、ひいては仕事とは何か、生きるということは何か、人間とは何かと、深い部分に問いかけを残します。

尊敬する母、ジョイスと。プレッシャーとストレスからドラッグや脂肪吸引に走り、別人のように痩せていったころ。© Salon Galahad Ltd 2018
尊敬する母、ジョイスと。プレッシャーとストレスからドラッグや脂肪吸引に走り、別人のように痩せていったころ。© Salon Galahad Ltd 2018
映画『マックイーン:モードの反逆児』の詳細
2019年4月5日(金)からTOHOシネマズ 日比谷ほかにて全国公開
センセーショナルなテーマと演出、卓越したクリエイションでファッション界に革命を起こしたデザイナー、アレキサンダー・マックイーン。デヴィッド・ボウイからキャサリン妃まで、錚々たるセレブリティーに愛され、大英帝国勲章を受賞した彼が、なぜ40歳で自ら命を絶ったのか? 貴重な映像と証言をもとに、「恋するように服をつくり、命まで捧げた」マックイーンの生涯に迫る傑作ドキュメンタリー。
監督:イアン・ボノート ピーター・エテッドギー 音楽:マイケル・ナイマン 出演:リー・アレキサンダー・マックイーン イザベラ・ブロウ トム・フォードほか。
この記事の執筆者
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EDIT :
石原あや乃
EDIT&WRITING :
門前直子