昨年秋、マンハッタンからブルックリンに渡ってすぐの、ブルックリン・ブリッジのたもとにあるセイント・アンズ・ウェアハウスで幕を開けた『オクラホマ!』(Oklahoma!)。ブロードウェイ初演から75年目のリヴァイヴァルだが、約1カ月半の公演がたちまちソールドアウトとなって注目を浴びた。その勢いをかって、この3月、いよいよブロードウェイに登場したが、その際も、劇中で発砲シーンがあるたびに銃規制の運動に献金するという演劇界初の試みを発表するなど、様々な話題を振りまいている。
1943年初演のロジャーズ&ハマースタイン第1作という、言ってみれば、すでに古典の域に達している作品のリヴァイヴァルが、なぜ2019年の今、話題になるのか。それにはまず、この作品の従来のイメージから語る必要があるだろう。
国民的ミュージカルとして愛される背景にある開拓精神への郷愁
『オクラホマ!』は、宝塚歌劇で何度か翻訳上演されてはいるが、日本ではそれほど馴染みのある作品ではないと思う。が、母国アメリカでは、少なくとも、ある世代以上には非常によく知られている。1943年オープンの初演の舞台は5年強、2000回を超えるロングランを記録。開幕当時まだトニー賞は発足していなかったが、あれば作品賞・楽曲賞は獲ったに違いない。ちなみに、翌1944年には、この作品でロジャーズ&ハマースタインがピューリッツァー賞特別賞を受賞。1955年のフレッド・ジンネマン監督による映画化はアカデミー音楽賞他を受賞している。タイトル曲が実際にオクラホマの州歌に採用されたというのも驚きだ。
ストーリーは、例えば日本版ウィキペディアを引くと、「オクラホマ州の農村を舞台に、カウボーイと農家の娘との恋の三角関係を明るく陽気に描いた」とある。「三角関係」なのに人物が2人しか書かれていないが、もう1人が農夫で名前はジャド。カウボーイがカーリー、娘がローリー。英語版ウィキペディアを引くと、ジャドのことを「不吉で恐ろしげ」と形容している。「明るく陽気」な村世界に1人ポツンと存在している「不吉で恐ろしげ」な農夫ジャド。この人間関係がポイント。
舞台はオクラホマのある村。毎年行なわれるボックス・ソーシャルと呼ばれる催しがある。若い娘たちの作ったランチを競売にかけ、競り落とした男はその娘とデートできるというパーティ。そのボックス・ソーシャルで、ローリーのランチは、ジャドとの激しい競り合いの末、カーリーが落とす。そして、カーリーとローリーの結婚も決まる。ところが、結婚式にジャドが乱入。カーリーを殺そうとし、返り討ちに遭う。カーリーは殺人罪で逮捕されそうになるが、村の判事がその場で急遽裁判を開き、正当防衛で無罪にしてしまう。
ボックス・ソーシャル自体が反「Me Too」な催しで大いに違和感ありなのだが、極め付けはランチの競り。持ち金の少ないカーリーを勝たせるために、周囲が次々に出資を申し出る。明らかなジャド潰しだ。
個人的な話をすれば、20年前の1999年、ロンドンで初めてこの作品を観た時、すでにこうした展開に抵抗を覚えた。逆に言えば、そのロンドン版の演出家トレヴァー・ナンには、そうした“暗部”を描こうという意図があったのかもしれない。しかしながら最終的には、カーリーを演じたヒュー・ジャックマンを中心に全員で「明るく陽気」にタイトル曲を歌って幕となる舞台だった。
初演開幕の1943年は第二次世界大戦に参入したアメリカがそれまでの孤立主義から積極外交へと本格的に転換していった時期。舞台で描かれているのは20世紀初頭のアメリカ中西部で新たな可能性を求めて突き進む開拓民たち。推測するに、そうした二つの時代のナショナリズム的高揚感を重ね合わせて作られたのが『オクラホマ!』であり、だからこそ、ある世代以上のアメリカ人には郷愁まじりの国民的ミュージカルとして愛されているのではないだろうか。で、イギリス人演出家トレヴァー・ナンをもってしても、そこを切り崩すわけにはいかなかった、と。
名作の価値観を裏返して今のアメリカを描く試み
今回のリヴァイヴァルは、そのロンドン版で感じた『オクラホマ!』の“暗部”を暴き出す。それも、容赦なく。話題にならない方がおかしいだろう。
これからご覧になる方のために詳述は避けるが、劇場からして異様な雰囲気。客席に囲まれた小ぶりな劇場を、ステイト・フェア(農作物/畜産物品評会)の会場のように仕立ててあるのだが、明るすぎるほどの照明の中、壁には数多くのライフル銃が飾られている。白日の下の暴力の香り。実際、後に出てくる劇中の発砲シーンは凄まじい。前述の銃規制運動への献金もうなずける。
もうひとつ、時代設定を曖昧にしてあるのも特徴。現代的な小道具が出てくるから、それとわかる。コミュニティに溶け込まない個人を排除する物語に焦点を絞った時、100年前も今も変わりはない、という見解を表明するかのようだ。
そして歌。幕開きのナンバーは牧歌的な内容の「Oh, What a Beautiful Mornin'」だが、それをカーリー役のデイモン・ダウノはギターを弾きながらヤケになったようにヨレ気味に歌う。以降、ほとんどの楽曲は、けっして丁寧には歌われない。誰もが切羽詰まっていて不機嫌そう。そんな風な歌唱。基本マイクを使っていないことも、歌の生々しさを際立たせる。
面白いのは、それをバックアップするバンドがアコースティックな弦楽器を中心にしたアメリカーナな室内楽的編成であること。アコーディオン/時折ドラムス(小規模)、マンドリン、ペダル・スティール/ギター、バンジョー、ヴァイオリン、チェロ、ウッド・ベース、という並びは、人気の先鋭的ラジオ・ショウ「ライヴ・フロム・ヒア」のよう。美しさの中に不穏さをたたえた精妙なアレンジは聴きもの。トニー賞編曲賞の候補になるに違いない。
クレジットを見る限り、脚本にも歌詞にも手を加えている様子はない。細部はわからないが、まあ実際にそうなのだろう。だからこそ、その裏返し方が興味深い。
観光客気分で楽しむ舞台ではないが、ミュージカル史上1、2を争う問題作であることは間違いない。目撃する価値は充分にある。
上演日時および劇場は、Playbillの作品ページ(http://www.playbill.com/production/oklahoma-circle-in-the-square-theatre-2018-2019)でご覧ください。
『オクラホマ!』の公式サイトはこちら(https://oklahomabroadway.com/)。
- TEXT :
- 水口正裕 ミュージカル研究家
公式サイト:ミュージカル・ブログ「Misoppa's Band Wagon」