日本人アーティスト・湊 茉莉さんの作品が、「銀座メゾンエルメス」の外観を覆いつくす!

レンゾ・ピアノ氏の設計による、ガラスブロックが特徴的なビル「銀座メゾンエルメス」。この8階に位置するフォーラムでは、アーティストの表現と空間が鮮やかに融合した作品の展覧会が日々、開催されています。

現在開催中の展覧会「うつろひ、たゆたひといとなみ」は、この建物の内と外、両方から作品が鑑賞できるという、これまでにない試み。パリを拠点に制作する湊 茉莉さんの日本初となる個展にして、エルメスとしても初めての、ファサード・ペインティング(建物外観のペイント)が楽しめる機会です。

建築物にその場の記憶や時間を描き出すアーティスト、湊 茉莉さんとは?

フランス・ブルターニュで毎年夏に開催されている、30以上の教会を舞台にしたアート展「L’Art dans les Chapelles」に出展した作品「Chêne, Châtaigne」(2012) PHOTO : Stéphane Cuisset
フランス・ブルターニュで毎年夏に開催されている、30以上の教会を舞台にしたアート展「L’Art dans les Chapelles」に出展した作品「Chêne, Châtaigne」(2012) PHOTO : Stéphane Cuisset

約12日間をかけ、「銀座メゾンエルメス」のファサードに色鮮やかなペインティングを完成させた、湊 茉莉さん。京都に生まれ、2006年からパリを拠点に活動を続けるアーティストです。

生まれ育った文化圏と異なる場所に身を移し、現地に伝わる古いものや遺物を丹念に観察しスケッチすることで土地の歴史についての考察を深めていったという彼女。スケッチを続けるうち、湊さんは抽象的に捉えたモチーフを、壁面や建造物に直接描くという表現方法を始めます。

■すべてを包み込む「器」で、光と時間の変化を表現

展覧会に先駆け、3月21日から公開されている「Utsuwa」 PHOTO : Nacása & Partners Inc. / Courtesy of Fondation d’entreprise Hermès
展覧会に先駆け、3月21日から公開されている「Utsuwa」 PHOTO : Nacása & Partners Inc. / Courtesy of Fondation d’entreprise Hermès

全4点の作品で構成される「うつろひ、たゆたひといとなみ」展。その核をなすのが、「銀座メゾンエルメス」のファサード(建造物の正面部分)に描かれた「Utsuwa(器)」。

「うつろいゆく世界と人々の営み」をテーマに、「都市のなかで、人々が行き交い、通り過ぎる数寄屋橋交差点。そこに面したこの場所で、このモチーフを描くことにしました」と湊さんは語ります。

「『器』は、古くから人類の暮らしや祈りの近くにあり、私たちの文明を支えてきたもの。また、日本語には『器が大きい』という言葉があります。抽象的な意味で『器』をとらえ、作品を取り巻くすべてのもの……例えば太陽の光、街の音、建物の内と外の人々といった、周りの環境を受け入れるものの象徴として、このモチーフを選びました」と湊さん。

普遍的な「器」と、ガラスでできた「都市の器」に見立てた「銀座メゾンエルメス」。「Utsuwa」というタイトルにはこのふたつの意味が込められており、抽象的で力強い絵画の解釈は、鑑賞する人に委ねられています。

館内から見た「Utsuwa」。時間による光と色の変化が、ほかの展示作品にも影響を及ぼします。 PHOTO : Nacása & Partners Inc. / Courtesy of Fondation d’entreprise Hermès
館内から見た「Utsuwa」。時間による光と色の変化が、ほかの展示作品にも影響を及ぼします。 PHOTO : Nacása & Partners Inc. / Courtesy of Fondation d’entreprise Hermès

「『Utsuwa』のメインカラーには、紫外線による影響を受けやすく、退色しやすい”赤”を敢えて用いました。一方で、黄色や金箔といったほとんど退色しない色も使っています。少しずつ変わっていく赤と、そのままの状態で存在する色。この対比によって、時間の経過を表すことに焦点を当てました」(湊さん)。

ガラスブロックのファサードをキャンバスにした「Utsuwa」は、建物の内側からも鑑賞することができます。外と内でまったく別の表情を見せながら、その様子は時間によって刻々と変化し、館内に展示された作品にも、異なる光と色彩をもたらします。

■異文化を交差し、接点と重なりを浮き彫りにした「方丈・ながれ」

1枚の布にひとつの文化のモチーフが描かれ、それぞれが重なり合う襞のように配置された「方丈・ながれ」 PHOTO : Nacása & Partners Inc. / Courtesy of Fondation d’entreprise Hermès
1枚の布にひとつの文化のモチーフが描かれ、それぞれが重なり合う襞のように配置された「方丈・ながれ」 PHOTO : Nacása & Partners Inc. / Courtesy of Fondation d’entreprise Hermès

ガラスブロックを通して「Utsuwa」の色から大きな影響を受けるほか、意味の面でも呼応する作品が、メインスペースに展示された「方丈・ながれ」。湊さんの創作の出発点である、スケッチから生まれた作品です。

人類の起源に強い関心をもつ湊さんは、博物館や遺跡などに赴き、古くから残されてきた器や道具のスケッチを繰り返し、考察と理解を深めて作品の構想を練っているのだそう。

「方丈・ながれ」に登場するのは、黄河文明やメソポタミア、エジプト、イスラムといった異なる古代文明のなかで、重要な役割を担っていたと推察されるものたち。これらのスケッチから生まれた、抽象的なモチーフが白い布に描かれています。

「例えば、陶器のかけら、お墓にそなえられていた像、お守り。なかには、エジプトの発掘物に中国を思わせる蓮の花が見られたりと、異文化の接触や交流の跡が見られるものがあります。この作品では、布を重なり合う襞に見立てて、異なる文化圏の大きな流れを表現しました」(湊さん)

一筆書きのように力強い線によって描かれた「Utsuwa」は「筆跡、色(光)、生命のながれ」、建物の内側の「方丈・ながれ」は「襞、文明の河のながれ」をイメージしたという湊さん。

私たちは彼女の作品を通して、人類の起源にある「生命」と、人類の活動によって生み出された「文明」に、改めて深く想いを馳せることができます。

湊 茉莉さん。パンツやスニーカーの赤い塗料は、ファサードペインティングの際についたもの。館内で上映されている「Utsuwa」の制作風景も必見です。 PHOTO : Nacása & Partners Inc. / Courtesy of Fondation d’entreprise Hermès 
湊 茉莉さん。パンツやスニーカーの赤い塗料は、ファサードペインティングの際についたもの。館内で上映されている「Utsuwa」の制作風景も必見です。 PHOTO : Nacása & Partners Inc. / Courtesy of Fondation d’entreprise Hermès 

このほか会場には、湊さんが生まれ育った京都・桂川や現在拠点としているフランスに着想を得た作品が展示されています。彼女の表現は、古代から現代へと、人類学的なマクロな視点から一個人の体験というミクロな視点へと、ダイナミックな広がりを感じさせてくれるのです。

「うつろひ、たゆたひといとなみ」展の会期中、ガラスの「都市の器」は、私たちを時と空間を超越した思索に誘ってくれます。ファサード・ペインティングは展覧会よりも会期が少し短くなりますので、お出かけの際は、ぜひお早めに! 「器」の内と外で、じっくりと時の流れ、人間の営みに想いを巡らせてみてはいかがでしょうか?

「うつろひ、たゆたひといとなみ」湊 茉莉展 詳細

会場/銀座メゾンエルメス フォーラム
会期/2019年3月28日(木)〜2019年6月23日(日) ※ファサードペインティングは5月6日(月・休)で終了
開館時間/11:00〜20:00(月曜〜土曜/入場は19:30まで)、11:00〜19:00(日曜/入場は18:30まで)
定休日/2019年4月12日(金)
入場料/無料
住所/東京都中央区銀座5-4-1 8F

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この記事の執筆者
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PHOTO :
Nacása & Partners Inc. / Courtesy of Fondation d’entreprise Hermès、Stéphane Cuisset
EDIT :
石原あや乃
EDIT&WRITING :
門前直子