「シンプルなデザインが好き」という言い方をする人は少なくない。過剰にデコラティブなものには惹かれないという意味では、ファッションであればわかりやすいのだろうけれど、腕時計の場合は難しい。端的に言えば、角度を描く長短2本の針さえあれば、時計の形にはなる。プリミティブにするのは簡単なのであって、難しいのは「シンプルで魅力的な腕時計」である。しかしマックス・ビルの時計は、その典型だ。針の長さと細さ、インデックスとのバランス、切り詰めた線。これ以上は引き算のできないポジションで、魅力的な時計を描いてみせる離れ技は見事である。
ライフスタイルに大きな影響を与えているバウハウスのデザイン
『バウハウス100周年記念“WGマックス・ビル バイ ユンハンス クロノスコープ”』
マックス・ビルはバウハウスで学んだデザイナーだ。彫刻家としても有名で、建築やインダストリアル・デザインも手がけたが、小生としては画家であるという見方がしっくりくる。バウハウスではクレーとカンディンスキーに直接教えを受け、アルバースの弟子筋だ。カラフルかつ幾何学的なアール・コンクレArt Concretの魅力的な作品も多数。1993年に高松宮殿下記念世界文化賞の彫刻部門を受賞しているが、同じ年の受賞者は丹下健三、ジャスパー・ジョーンズ、そしてモーリス・ベジャールという世界的ビッグネームが揃う。のちに大学院でベジャール研究を手がけることになる小生は、その顔ぶれに鳥肌が立つ想いだったことを記憶している。
ユンハンスはその時計=「マックス・ビル バイ ユンハンス」を作り続けている。バウハウスとマックス・ビルのデザイン哲学を継承するのは、ドイツを代表する時計ブランドとして当然の倫理なのかもしれない。帝政ドイツ崩壊直後、ヴァイマール共和国の誕生とほぼ同時期に生まれ、やがてナチの圧力により閉鎖された伝説の美術学校。現代に続くモダン・デザインの原点を描いた事実を、「マックス・ビル バイ ユンハンス」のシリーズが今も証言する。ストイックな平面構成には、無駄なものが一切ない。だから何かを書き加えたくなる衝動を掻き立てるが、それを許さない完成度がある。
バウハウスの創立1世紀とマックス・ビルの没後25年が重なる今年、「バウハウス100周年記念“WGマックス・ビル バイ ユンハンス クロノスコープ”」(クロノスコープ=クロノグラフ)は、シリーズ初のホワイトゴールド製で登場した。貴金属のケースが従来のイメージをよい方に覆し、白色金属の肌合いも悪くない。バウハウス校舎の白壁をイメージした文字盤には、特別仕様として、校舎のドアと同じ赤色で日付を表示する。研ぎ済まされた美的感覚の逸品であり、世界でたった100本だけのメモリアルな限定品。そんな腕時計は、世の中にそうはないものである。
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- TEXT :
- 並木浩一 時計ジャーナリスト