大航海時代を連想させるレトロな文房具、封蝋(シーリングスタンプ)は元来、自分のサインの代わりに使用されていたしていた。自分の紋章をスタンプとして使う習慣は日本で言うところの落款に近い。欧米では現在でも、この歴史的な習慣があらゆる場面に登場し、契約書や書簡など大事な場面で使用されている。
封蠟というレトロな作法を書斎で愉しむ
「信書」という用語がある。請求書など、オフィシャルな文書を指すと思われがちだが、郵便法には「特定の受取人に対し、差出人の意思を表示し、又は事実を通知する文書」と規定され、その隠匿や無断開封には罰則がある。他方電子メールは、準文書として扱われる場合があるが、現行法に明確な規定はない。私たちにとって未だ信頼性の高い通信手段は、実は信書、つまり手紙のやりとりかもしれない。 そして、手紙の秘密性を保証するものとしてにしえより使われてきたのが「封」だった。封筒のフラップの先端に熱したロウを垂らして封をし、差出人を象徴する模様が施された印璽(いんじ※国印、および天皇の印との総称)を熱が残る間に押す。 21世紀の今日、封は形骸化した、レトロな作法かもしれない。しかしロウを施された書状には、唯一無二な、触覚に訴える存在感がある。それは握手を交わすのにも似て、折目正しく、直截な信頼感をもたらす。
「エルバン」のシーリングワックス
SNS全盛の現代、言葉のやりとりは絶望的なまでに軽くなっている。そこに、封蠟してまで守るべき言葉の気高さは感じられない。一言一句に責任を持つ真の紳士なら、信書にしたため、封蠟された言葉の重みを知っているはずだ。
現在手に入る、シーリングスタンプはあらかじめデザインされたものが多いが、本来ならば印鑑などと同じく、自身でオーダーすべきもの。SNS厨から脱し、封蠟を使う習慣を、新たに取り入れるところから始めてみたい。
※価格は税抜です。※価格は2016年春号掲載時の情報です。
- TEXT :
- 菅原幸裕 編集者
- BY :
- MEN'S Precious 2016年春号 静謐なる「書斎の名品」より
- クレジット :
- 撮影/戸田嘉昭、唐澤光也(パイルドライバー)スタイリスト/石川英治(tablerockstudio)文/菅原幸裕