今年ブレゲは、スウォッチグループ同門の他ブランドとともに、世界最大の腕時計見本市バーゼルワールド出展を見送った。その代わりに開催されたのが、グループのハイエンド6ブランドによる発表会“Time to Move”だ。まず3月にバイヤー向け、5月にはプレス向けに実施された。ブレゲによる小生らプレス向け“ワールドプレミア”会場となったのは、ほかならぬブレゲの工房である。極めてクローズドなこの会で発表された驚きの新作が、「クラシック トゥールビヨン エクストラフラット スケルトン 5395」だ。
どこまでも薄く、そして美しい!ブレゲの新作は「らしさ」が詰まった1本だ
ブレゲ「クラシック トゥールビヨン エクストラフラット スケルトン 5395」
時計ケース自体の厚さもわずか7.7ミリしかない。そもそもブレゲ創業者の発明である本家本元のトゥールビヨンは、厚さが3ミリしかない画期的に極薄型のムーブメントに組み込まれているのである。しかもその精緻さが凝縮されたムーブメントを徹底的に削り、骨抜きした“スケルトン”に仕上げた。時計造りの共通語であるフランス語でいう“スケレット”は、何かの手段ではなく芸術表現の技法である。軽くするためではなく、視覚的に美しくするために、強度とバランスを保ちながら、ぎりぎりまで質量を落としていく。この時計がどれだけ成功したかは、一目瞭然だろう。精密さと美が拮抗するまで、削り、磨きあげられた時計が呼ぶ感興は、ほかにはないものだ。
さらにこの時計は自動巻きである、という驚きが続く。まさかの事実は、時計を裏に返してみてもすぐには気づかない。巻き上げは、中心を軸にしたローターではなく、外周をコースターのように円運動する重錘が担う、いわゆるペリフェラル・ローター方式という仕組みだ。そのため、スケルトンの甘美な眺めが遮られていなかったのである。
繊細な機械の動きを見て楽しめるのもスケルトンならでは!
時計師が作業するまさにその場で、ここまで造り込まれた時計にため息を誘われながら目をあげると、窓の外には果てしない新緑が広がっている。腕時計に関わる人間なら一度は訪れてみたいブレゲの工房は、高級時計のゆりかごと呼ばれるヴァレー・ド・ジュウ=ジュウ渓谷にある。大都会とは無縁の、ジュウ湖を囲む山の里が、世界に冠たるスイス時計の桃源郷なのだ。
ここに住む若い時計職人に、同じく時計作りの街であるジュネーブに出る気はないのか、と尋ねたことがある。返事は答えではなく「プルクワ(なんで)?」というこちらへの疑問だった。必要以上のストレスが一切ない静かなジュウ渓谷でしか、生まれてこない時計がある。複雑で芸術的な「クラシック トゥールビヨン エクストラフラット スケルトン 5395」は、きっとそうしたものなのである。
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- TEXT :
- 並木浩一 時計ジャーナリスト