物語は、この『孤独の楽園』を満喫する教授の家に、美しく、気品あるブルモンティ(「フルモンティ」じゃないですからね)伯爵夫人が闖入してくることで動きだします。教授の家は、階上にローマの街の眺めが素晴らしい空き部屋があるのだが、伯爵夫人(シルヴァーナ・マンガーノ)はそれを借せと迫るのです。この伯爵夫人がなかなかの食わせ物でね、住むのは自分ではなく、愛人のコンラッド(ヘルムート・バーガー)。愛の巣にしようとしたわけですな。
 ぼくの記憶では、イタリアというか、ローマンカソリックが離婚を認めたのは、たしか70年代に入ってからですよ。それまでは一度契った夫婦は別れることは許されなかった。伯爵夫人のような上流階級の男女は、金と家の存続のために結婚していたんです。だから、実際のラブアフェアは、結婚の外でというケースが多く、それを不倫と詰る空気は、少なくともこの映画の舞台である70年代まではイタリアにはなかったんです。

映画は教授、伯爵夫人、コンラッドの3人をメインに展開していくのですが、まあ、この伯爵夫人とコンラッドの美しいこと。

 ヴィスコンティ映画の常連マンガーノは、16歳のときにミスローマに選ばれたほどの美貌ですよ。『家族の肖像』に出演したときは40代前半の、欧州的に言えば、女盛りの頂点。消えそうなぐらい細い眉に、厳しい目。女豹そのものですよ(ちなみに英語では若い男を好むおとなの女性のことを「クーガー」と言います)。そのマンガーノがこれ以上ないというほど完璧にフェンディのファーコートを纏って男女をめぐる大芝居をするんですからたまりません。

 
 

 つまりこの映画はね、「女はどうやって美しく毛皮を着こなし、男を誘惑するか」というテーマで観ても充分ペイするでしょう(そう、それを名目に女性を誘って観るのも悪くありません。むしろあなたの美的見識は賞賛されるでありましょう)。フェンディが『家族の肖像』の2Kデジタル完全修復版の制作に協力するのもわかりますね。70年代、ヴィスコンティ晩年の演出になるマンガーノなんて、いまじゃ値のつけようもないヴィジュアルスペクタクルなんですから。 
 おっと、「ピエロ・トージ」、この名前、最悪『家族の肖像』をご覧にならなくても覚えてください。マンガーノが着用するフェンディのファーコートは、この偉大な、いや、イタリア映画界最上の衣裳デザイナーの手になるもの。ヴィスコンティといえばトージで、あなただってタイトルぐらいは聞いたことがあるであろう『山猫』『ベニスに死す』『ルートヴィヒ』の衣裳もトージが担当したのです。
 そして、コンラッド役の、悪魔的なまでにハンサムな、ヘルムート・バーガーであります。ご存じないほうがおそらく普通でありましょうが、バーガーはヴィスコンティと公私を共にするパートナーであります。ふたりが文句なく選んだバーガーの衣裳は誰のものだと思いますか? パンフレットには記載されていませんが(映画にはきちんとクレジットされています)、イブ・サンローランですよ! どこまでの関係であったかは定かではありませんが、サンローランはふたりの友人でもあった。
 このサンローラン製の衣裳だが、実にアンチエスタブリッシュメントなんだなあ。幅広のタイ(あるいはバタフライ)にデカ衿のシャツ、バギー的なパンツ、なにもかも、ぜんぜん男らしくないわけですよ。男なのに女の子っぽい、いわゆる「シスターボーイ」風ですね。そういう、おそらくサンローラン自身の好みがそのまま出ていて、囲われものなのに、なにやらテロリスト的な、あるいはドラッグトラフィッカー的な動きさえするコンラッドの悪魔性を際立たせているのである。

「家族の肖像 デジタル完全修復版」
2017年2月11日(土)より、岩波ホール他全国順次ロードショー
配給:ザジフィルムズ

この記事の執筆者
『MEN'S CLUB』『Gentry』『DORSO』など、数々のファッション誌の編集長を歴任し、フリーの服飾評論家に。ダンディズムを地で行くセンスと、博覧強記ぶりは業界でも随一。