男たちの多くはなぜ時計というものに魅力を感じるのだろうか。確かにあの機械式時計の精密なメカニズムには、子供時代に芽生えた、好奇心をくすぐってくれる何かがある。
赤いルビーの穴石が嵌められたブリッジの下の、磨き上げられた歯車や、心臓のようにリズムを刻み、時間を生み出しているテンプなどの脱進装置などは、無機質の部品の組み合わせであるのに、まるで生き物のように見えてきはしまいか。
僕はあるとき、時計というものは、地球という惑星固有の時間の、一分の一の模型を生み出す装置ではないかということに気付いたのだった。
ロマンとスタイルを併せ持つ名品
カルティエ『サントス デュモン』
時計という道具の第一の存在理由は、刻々と移ろう『時間』というものを正確に知ることである。
紀元前2000年のバビロニアで作られたという、クレプシドラという水時計や日時計の時代から、人間は時間というあいまいなものをとらえて暦を編み、暮らしの役に立てようとしてきたのだった。
そしてそんな古代の人々よりも、あわただしく時が過ぎているに違いない現代に生きるわれわれは、時間を知り、それを自ら律することにより、生活のリズムを構築している。つまり時計はいわば、無くてはならない生活の友としてわれわれを支えてくれる道具なのである。
機械式時計ははじめ、教会や城の塔に備え付けられ、権力者が人々に時を告げ、その暮らしを律する道具であり、そのメカニズムは大きな部屋に備え付けられた。
やがて時計の小型化が始まり、掛け時計や置時計が生まれ、ゼンマイの実用化により、携帯できる大きさのペンダント・ウオッチや、ポケットウオッチが発明された。
王侯貴族や将軍、そして富裕商人たちは、それらの時計に彫金細工やエナメル画などの装飾を施し、また貴重な宝石をセットして、愛玩する道具としての時計が生まれたのだった。
つまり時計というものは、単に時間を知る道具だけの役割以上に、その人物のステータスや、趣味嗜好を表す芸術工芸品として発展した側面を持っている。
20世紀という時代になると、時計はやがて腕の上で時を刻む道具となり、またその時代に大量生産のおかげで、時計の大衆化が進んだ。
さらにクオーツ時計の出現は、ローコストでありながら、高精度の時計を工業製品化により実現し、一時はそれにより機械式時計の時代は終焉を迎えると思われた。
しかし昔ながらの機械式時計の魅力に気付いていたマニアや、そのメカニズムを愛する時計師たちによって、1980年代から機械式時計のルネッサンスが始まり、人類の英知と手技の結晶である、機械式時計の技術が復活と継承の時代を迎えたのは、まことに幸運だったといえるだろう。
腕時計の中でも特に、複雑な機能を持つ時計は人気がある。時間経過を計るクロノグラフや、永久カレンダー、音によって時刻を知るリピーター、また高精度なトゥールビヨンなど、魅力的な時計が次々と生み出された。そう、昔は王様が夢見たような時計を、わが腕にすることができる時代を、僕たちは謳歌することができるから、時計に夢中になるのだ。
- TEXT :
- MEN'S Precious編集部
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- クレジット :
- 撮影/戸田嘉昭(パイルドライバー)文・松山 猛 構成/山下英介(本誌)