まずマックイーンのスタイルを語る上で忘れてはならないのが、彼がハリウッドにおいて、服装、髪型はもちろん、生き様にいたるまでセルフプロデュースを徹底させた、初めての男ということだ。

劇中の衣装にしても、彼は衣装部からあてがわれたものを着ることはなく、自分の生活で培った嗜好やフィット感を、必ずそこに反映させた。たとえば名作『大脱走』('63年)。

ミリ単位で貫き抜いた自らのパンツ黄金値

930~1980年。1960年以降の20年間を中心に活躍した、アメリカ出身の映画俳優。『大脱走』や『ブリット』『栄光のル・マン』など数々の名画に主演し、ハリウッドで最も格好いい男として一時代を築いた。同時にその凜々しいファッションでも、世界中のファンを魅了。彼をテーマにしたブランドやアイテムが、没後30年たった今でも多数発表されている永遠の伊達男だ。映画『大脱走』より。写真:Getty Images

映画の舞台である40年代当時のチノパンは、本来ワイドなシルエットであるはずだ。しかし彼がはいているチノだけは、映画がつくられた'60年代風のスリムなシルエット!靴も役柄に従うなら表革のアンクルブーツのはずだが、実際にはいているのは生前こよなく愛したスエードシューズ……。本来の時代考証からは明らかにずれてはいるが、自分の美学を優先させるという彼の断固たるポリシーが、映画のシーンとプライベートの姿に差をつくらせなかったのだ。

そんなマックイーンのファッションを一言で表現するならばスポーティエレガンス。旧世代の役者たちが持つ華やかなエレガントとはまったく違う。私生活ではバイクや車に乗り、常にアクティブに動き回る彼のパンツスタイルは、すべて実用性からくるものなのだ。

すそ幅何センチにしたらマックイーンになれるのか?

この問いに答えるのは難しい。ただ、それがマックイーンにとっては、すそ幅20㎝を切るノークッション丈のパンツだった。彼にとっての黄金寸法はどの写真を見ても体現されており、「5㎜違っても俺じゃなくなる」というこだわりを持っていたのは確実だ。すべてのパンツをほぼ同じサイズに仕立て直していたのは、彼がはくパンツのサイドシームに残る痕跡を見れば一目瞭然だろう。

また、彼のファッション観のもうひとつの魅力は、そんなスポーティなスタイルのなかに、'60年代のモードを取り入れていたことにもある。

たとえばブルックスブラザーズとグッチを巧みにミックスする、モダンなセンス。ただ高いものを着るのではなく、ヨーロピアンモードを自分なりの解釈で着こなしていたことは、上写真のスマートなスーツ姿を見ればわかるだろう。アメカジ派が見れば驚くようなスタイルだが、映画でたまに見せるラグジュアリーなスーツ姿よりも、私はこちらのほうがよほど彼らしいと思うのだが。

そう、確信をもって実践した完璧なサイズ感と、それを役柄でも貫き通したセルフプロデュース力。これこそマックイーンのパンツスタイルが伝説になった最大の理由だろう。断言しよう。もし『大脱走』で彼が皆と同じ太いチノパンをはいていたら、マックイーンは決して大スターにはなっていなかったと……。

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