最後のポストからずいぶん時間が経って、フェスシーズンも終盤になってしまったが、もう少し前稿の続きを記したい。前稿で触れた『MUSIC 解放区with Sofar Sounds』の少し後、6月5日に、『MiMi Fes!』という音楽イベントが行われた。会場は、渋谷のビルの上階にあるライブスペース「7th FLOOR」。ライブハウスなのに窓がある開放的空間という、珍しい場所だ。

※外部サイトへ接続します
※外部サイトへ接続します

 参加ミュージシャンは大友良英Taiko Super KicksAlfred Beach Sandal向井秀徳アコースティック&エレクトリック。最近の日本の音楽事情に通じた人ならば、なかなか興味深い出演者であることがわかるだろう。骨太、という表現も可能かもしれない。しかし、ここで取り上げたい理由は、そのセレクションの妙ということだけではない。このMiMi Fes!がユニークなのは、企画/主催が「個人」ということなのだ。

 主催するのは、宇壽山貴久子さん(呼び捨てにするのは気分的に憚られるので、ここだけ敬称ありで)。宇壽山さんは本職はフォトグラファーで、筆者も何度かお仕事をご一緒したことがある方だ。『暮しの手帖』や以前の『ku:nel』などの雑誌で撮影をしているほか、先日は「シブヤパブリッシング&ブックセラーズ」で展覧会を開催していた(ちなみにこの展覧会の一環で演奏を披露していた「スカート」という一人ユニットもまた卓越した音楽家だった)。現役の写真家である宇壽山さんが、なぜ音楽イベントの主催者となったのだろうか? 

 タンブラーのログにMiMi Fes!の概要が残っているのだが、そこに記された宇壽山さんの言葉を以下に引用したい。

 みなさんこんにちは。MiMi Fes!(ミミフェス!)を企画した宇壽山貴久子(うすやまきくこ)です。わたしの職業は写真家で、音楽はただのファンです。世代やジャンルを超えて自分が好きな音楽を聞くためのフェスをやってみたい!という気持ちから、初めてライブハウスでイベントを企画しました。タイトルには「耳が喜ぶ音のお祭り」という意味を込めています。

 会場では、慌ただしげにMCをこなす宇壽山さんの姿があった。そしてバンドの演奏時には彼女も耳を傾ける。当然だ、このフェスを最も聴きたい人のひとりは、間違いなく彼女自身だから。そして、知人が主催しているイベントだから当然、という指摘を恐れず敢えていうなら、宇壽山さんが個人の思いで実現させたこのフェスには、他のフェスとは違うヴァイブが流れていた。親密性、音楽の強度、そのユニークネスは際立っていたように思う。

 音楽は常にある種の興行性が伴うものだし、アーティストのことを考慮すれば、興行的なビジネス感覚は必須だと思う。ただ、ビジネスとして洗練されるほど、音楽と聴衆の間隔は広がってしまう傾向があることもまた、事実だろう。さらに、エンターテインメントとして楽しみ/楽しまされることと、音楽を味わうことは、重なるところもあるが本質的に異なる。むしろ、音楽の妙味はそこにあるともいえる。それは表現を享受するということかもしれない。先のポストで触れたSofar Soundsも、この宇壽山さんの取り組みも、その音楽の妙味を、音楽そのものが高度にビジネス化する中で、回復しようとする試みにも思える。

 

 ところで、MiMi fes!のサウンド面はというと、これまたすばらしいものだった。大友良英のギターの響きも圧倒的だったが、個人的には以前から気になっていたTaiko Super Kicksの演奏に触れることができたのが収穫だった。

 彼らの曲に「低い午後」というナンバーがあるが、そこには、今、東京で、またはこの国で生活する者が共感し得る「倦怠」が描かれているように感じる。そしてこの倦怠を、説得力を持って、ラフにいえばかっこ良く描くことが出来るのは、音楽というアートフォームならではといえるだろう。例えばベックやヨ・ラ・テンゴも、ある種の「怠さ」を表現できたからこそ、その音楽が広がることになったのではないか。

 時に重く、時に印象的なリフを刻むギターの響きを基調としながら、彼らの音楽は決して強迫的ではなく、軽快だ。そして歌声も、最近の音楽傾向に拠らず「押し付け感」はない。それは上品さといってもいいだろう。それでいて、先の「低い午後」のように、十分ウィットに富んでいる。そう、午後は「低い」のだ。その卓越した言葉の連なりが、ライブではよりストレートに迫ってきた。

 レコードからCDへ、そして配信へと音楽パッケージの流通は大きく変わったが、その変化によって生活における音楽の比重は下がったともいわれる。一方で相対的に音楽体験としてのライブの比重は高まっていく。そのような状況下でライブそのものも、従来の硬直化した形態から逸脱し先に進む方向性が模索されている。それは音楽の送り手サイドからではなく、本稿や前稿のように、むしろ受け手のほうからのアプローチが出始めているのが興味深い。これもSNS時代ゆえの、双方向性感覚のひとつの発露なのだろうか。

※外部サイトへ接続します
※外部サイトへ接続します


Taiko Super Kicks / Many Shapes
発売日:2015年12月23日(水)
定価:¥2,300+税

この記事の執筆者
TEXT :
菅原幸裕 編集者
2017.7.5 更新
『エスクァイア日本版』に約15年在籍し、現在は『男の靴雑誌LAST』編集の傍ら、『MEN'S Precious』他で編集者として活動。『エスクァイア日本版』では音楽担当を長年務め、現在もポップスからクラシック音楽まで幅広く渉猟する日々を送っている。