シャネルは今年、ロングセラーの「J12」コレクションを一新した。どう変わったのかをことさらには誇示しないのだが、実は38ミリモデルの全体の70%以上をモディファイ。ムーブメントすらケニッシ社製で、極上のエクスクルーシブ自動巻きに換装している。シースルーバックから覗く新ムーブメントは、ローターに大胆な中空の円形モチーフを採ることで、ひと目でシャネルの出自を語る。ベゼルは細く、リューズも小さくして、よりシャープなフォルムを強調した。時分針と秒針の形も太さも整えた。文字盤上の“SWISS MADE”“AUTOMATIC”の文字もブランドロゴと同じ書体に変更し、“SWISS MADE”はダイヤルからフリンジに動かしてもいる。見慣れた「J12」の好ましさは変わらないが、実は新世代がはじまっているのである。
隠しきれない存在感がある「J12 ファントム」
その節目にさっそうと姿をみせたのが、新生「J12」をベースにした特別な「J12 ファントム」である。黒の「ファントム」はブラックのラッカーダイヤルとインデックス、ベゼルとその上の数字もブラックを重ねる。高耐性セラミックのブレスレットはもちろん、リューズ上にもセラミックのカボションをあしらった。抑えに抑えた暗色による統一から、漆黒のシックなシルエットが立ち上がる。いっぽう白バージョンでは同じ手法をとることで、明度100パーセントのブライトで清楚な上品さが透過する。コントラストや視認性の先入観から自由になり、常識を超え、「ファントム」は夢幻の魅力を得るのである。
約70時間のパワーリザーブを誇る新生「J12」のためのムーブメント“キャリバー 12.1”
ファントムと聞くと“怪人”と思ってしまうのは、ミュージカルのセンセーショナルな演出のせいなのだろう。フィランスの小説家ガストン・ルルーが1909年に書いた小説は何度もミュージカル化され、いまも「オペラ座の怪人」「ファントム」ともに世界中で上演されている。小生の大好きなバレエにも、ローラン・プティ振付の「ル・ファントム・ドゥ・ロペラ」という傑作がある。しかしその原作タイトルも、田中早苗の初訳(平凡社,1930)では怪人ではなく“オペラ座の怪”とした。
女性に最適なクォーツムーブメント搭載の33ミリモデル
むしろファントムは心を揺るがすような“まぼろし”、不思議な魅惑がこもる超常現象の意味にとると腑に落ちる。今世紀を代表する超高級車は「ロールス・ロイス・ファントム」を名乗る。ロールス・ロイスはエンジンを始動してもボンネットに立てたコインが倒れず、その静かさが“ファントム“の由来だとも伝えられる。シャネルの「ファントム」は、どれだけ気配を消しても圧倒的な存在の確かさを見せる。ないようである確かな手応えは、本当の“本物”だけがもつ魅力なのである。
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- TEXT :
- 並木浩一 時計ジャーナリスト