ショーウインドーは、シーズンテーマをビジュアルとして打ち出し、通行人に購買意欲を高めるための役割を担っています。全世界同じコンセプトを搭載し、そのイメージを印象づけるブランドが大多数ですが、「銀座メゾンエルメス」のアプローチはひと味違います。それでは、一体何が違うのでしょうか?

エルメスのショーウインドーが特別な理由とは?

7月に公開された「Studio de Crecy(スタジオ・ド・クレシー)」によるユニークなショーウインドー ©️Satoshi Asakawa
7月に公開された「Studio de Crecy(スタジオ・ド・クレシー)」によるユニークなショーウインドー ©️Satoshi Asakawa

「エルメス」のショーウインドーが他と違う理由は、まるで今にも動き出しそうな、通行人の視線を引き込む「引き寄せ力」にあります。その「引き寄せ力」を生み出している秘密は、「世界各国で異なるアーティストとコラボレーションをしている」ことにあるといいます。

そう、つまり、「銀座メゾンエルメス」で発表されるショーウインドーは、限られたシーズンに、ここでしか見られないということ。

たったの3〜4か月で入れ替わる寿命の短いショーウインドーを1店舗限定でつくるということは、エクスクルーシブの極みですよね。2001年からスタートし、100回を超えたこのショーウインドープロジェクト。実は、担当キュレーターとアーティストの、骨の折れるようなやりとりが、素晴らしい作品を生み出していたのです。

今回は、今公開されている「スタジオ・ド・クレシー」とのコラボレーション作品ができるまでの流れを、特別にインタビューさせていただきました。

スタジオ・ド・クレシー
2012年、マリー=フランス・ド・クレシーがパリのサントゥアンを拠点に始めたスタジオ。スタッフ各自のスキルと能力を生かした制作方法を尊重し、現在のメンバーは7人。プロジェクトの内容により国内外のさまざまなデザイナーとコラボレーションを行うなかで、メンバー全員がつねに「サステイナブルで素材を生かした美しさ」を共有する。

【制作秘話を独占インタビュー】廃材をリサイクルした「銀座メゾンエルメス」のショーウインドーができるまで

さまざまな素材をアートに再生した話題の作品 ©️Satoshi Asakawa
さまざまな素材をアートに再生した話題の作品 ©️Satoshi Asakawa

今回エルメスとコラボレーションしたのはパリを拠点に活動する「スタジオ・ド・クレシー」。彼らのモットーは、「素材のリサイクル」です。ものづくりという行為自体が内包する環境問題を課題とし、通常は廃棄されてしまう素材を使って、アート作品に仕上げています。そこに宿るのは、サスティナブルな美しさ。

今回は「夢を追いかけて」というテーマを受け、スーパーのプラスチックバッグやフルーツを包むネットなどを巧みに使い、夢のような世界を見事表現しています。エルメスからのオファーを受け、どのように作品をつくりあげていったのか、その過程について詳しく話を聞きました。

エルメスとのやりとりは、まるでダンスのようだった

Q. メゾンエルメスのウィンドーディスプレーを手がけて、感じたことを教えてください。

A. エルメスの素晴らしいところは、ブランドの考え方を常に刷新し続けているところだと思います。今回のコラボレーションで特に感じたのは、アーティスト側の自由な表現を認め、引き出し、高め合おうとするフラットな姿勢。そこに力関係や支配や犠牲など、何ひとつ存在しなかったのが印象的でした。

お互いのアイディアをピンポン玉のようにやりとりし、ひとつのものをつくり上げていくさまは、まるでダンスのよう。あらためてエルメスの深い土壌を感じました。

Q. エルメスの2019年の年間テーマは「夢を追いかけて」です。このテーマをどのように作品に落とし込んだのですか?

「妖怪」からインスパイアされ、茶目っ気あるモンスターを表現 ©️Satoshi Asakawa
「妖怪」からインスパイアされ、茶目っ気あるモンスターを表現 ©️Satoshi Asakawa

A. エルメスらしい大きくて自由なテーマだと思いました。私たちがまずイメージしたのが、あるランドスケープです。小さなものがたくさん重なり合った集積による、境界線のない自由な風景。それはシュルレアリスムのような、想像の扉の向こう側にあるものです。

そこに日本の妖怪を西洋的に解釈した、ムッシュとマダムのモンスターを登場させることにしました。その生き物はなんでも食べてしまいます。美しいものもそうでないものも。エルメスのスカーフも、廃棄される廃材でさえも……。彼ら彼女らはさまざまなものを取り込み、消化し、渾然一体となって成長していく姿を表現しました。

Q. 製作過程において、スタートからブラッシュアップさせた点はどんなところですか?

A. ふたつあります。

初期段階の提案書から抜粋
初期段階の提案書から抜粋

ひとつは、妖怪という生き物が単なるオブジェに見えてしまわないよう、パーソナリティーをもたせる工夫を凝らしました。目や手をあしらって息吹を吹き込み、生き物としてのキャラクターを確立させたのです。

テーブルウエアを中心にディスプレーアイテムを選出 ©️Satoshi Asakawa
テーブルウエアを中心にディスプレーアイテムを選出 ©️Satoshi Asakawa

また、エルメスの商品を際立たせて見せるためにはどうしたらいいのかについても、活発に意見を交わしあいました。スカーフはアート作品を構成する素材としてすでに使用しています。ならばそのやわらかな素材と相反する硬い素材、クリスタルやテーブルウエアを登場させて、商品は商品としての存在感を際立たせることにしたのです。

エルメスのスカーフを再利用

Q. エルメスのスカーフをアート作品の一部に取り入れるアイディアは、当初からあったのでしょうか?

初期段階の提案書から抜粋
初期段階の提案書から抜粋

A. 私たちは「素材のリサイクル」をテーマに、通常は廃棄される素材を使って、アートへと昇華させています。その製作過程を実際にパリで見たエルメス側から「さまざまな理由で販売にいたらなかったスカーフを使うのはどうか」という提案があったのです。

目には見えない私たちのビジョンを理解し、さらにエルメスとして何ができるのかを再解釈し、目に見えるビジョンとしてサジェスチョンする。そのやりとりはとても快適で有意義なものでした。

Q. パリから離れた東京でディスプレーを展開するのに苦労した点、工夫した点はどんなところですか?

パリから郵送された、精巧な模型
パリから郵送された、精巧な模型

A. 実際の設営まで来日はせず、ずっとパリと東京でやりとりする日々でした。ただ今はスカイプもメールもあるので、密なコミュニケーションは取れたと思います。

また、パリで精密な模型をつくり、それを見ればすべてがわかるように指示書として送りました。サブ的なオブジェはエルメス側から日本の制作会社にオーダーを入れてもらったのですが、彼ら彼女らの理解力と技術力はハイレベルで、とても助けてもらったと感じています。

Q. 実際の日本での設営はどのように進んだのでしょうか。

A. 2019年7月16日に前のディスプレイを撤去し、17日の営業時間はウインドーにカーテンをかけ、営業クローズから明け方までかけて私たちの設営を行い、18日にお披露目となりました。重要なのが、事前に制作会社で一度組み立てて完成させること。当日は時間が限られているので、それを再設置する作業に集中することで進行をスムーズにしたのです。

Q. 改めて、今回の成功の秘訣があれば教えてください。

A. ただのデコレーションに終わらせないためにストーリーを抽出し、メゾンとアーティストで共有したことでしょうか。これができていると、ブラッシュアップのアイディアが出やすくなり、完成度が増していきます。

ウインドーの中の商品を、店舗に陳列されている状態とは違う、ソウルやエネルギーを放つ存在として際立たせるためにもすごく重要なことだと思います。


メゾンとアーティストの深い理解があって完成する「銀座メゾンエルメス」のウインドーディスプレー。スタジオ・ド・クレシーのメンバーは、今後はオートクチュールの技法を使って、廃棄される素材をさらに希少なアート作品へと昇華していく予定と語ります。この作品が鑑賞できるのは2019年10月半ばまで。ぜひ足を運んでみてはいかがでしょうか。

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この記事の執筆者
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WRITING :
本庄真穂
EDIT :
石原あや乃