ブロードウェイやウェスト・エンドにミュージカルがあるように、東京・木挽町には歌舞伎がある。日本独自のソング&ダンスを含む芸能として継続、発展してきた歌舞伎。その中心人物のひとりが坂東玉三郎だ。
例えば、歌舞伎座の八月納涼歌舞伎では、第一部の中村七之助が女形の大役・政岡を演じる「伽羅先代萩(めいぼくせんだいはぎ)」の監修(事実上の演出)をすると同時に、第三部では自身の主演・演出で「新版 雪之丞変化」を上演。その「雪之丞変化」の冒頭は、劇中劇の「伽羅先代萩」で、玉三郎=雪之丞が政岡を演じ、七之助が敵役で絡むという、実にシャレた趣向で楽しませてくれた。これ、観客サーヴィスであると同時に、後進(七之助)を育て、自身も新たな挑戦をするという、二重三重の意図を感じる快挙だと思う。
そんな風に、いつも、確たる芸で伝統を継承しながら同時に新しい何かを開拓していくのが玉三郎の歩み方のように見える。
鼓童の新たな世界を、リズムの変化で導き出す玉三郎の洞察
その玉三郎が、太鼓芸能集団 鼓童と組んだ舞台作品『幽玄』は、“和”をやりたい、という鼓童からのリクエストで始まったらしい。
以下は取材時の玉三郎自身の発言によるが、2000年代初頭から鼓童と関わってきた玉三郎は、芸域の拡張を図ろうとする鼓童にリズムの柔軟化を促す。基本的にタイトな2拍子/4拍子しかない和太鼓に奇数拍子/変拍子を持ち込んで、従来のリズム感覚から離れてみることを提唱した。その上で2拍子/4拍子の世界に戻った時の、太鼓奏者たちの意識の変化を目論んだという。そうした試行錯誤を繰り返しながら、玉三郎の指導の下、鼓童は新たな地平に踏み出していったわけだが、先の「“和”をやりたい」発言の背景には、鼓童が奇数拍子/変拍子を西洋音楽的な志向と感じていた事実があるのではないか。……と、これは玉三郎の分析。
邦楽の高い壁を乗り越えて生まれた、超ジャンルの熱い舞台
そこで持ち出されたのが、『幽玄』に組み込まれている、能を中心とする邦楽の世界。和太鼓の世界と近しいように見えるが、実は、微妙に伸び縮みする邦楽のリズムの吸収は、鼓童の奏者たちにとっては一からの出発に等しい難関だったらしい。それを乗り越えたがゆえの熱い演奏と、巧みな演出による視覚的なパフォーマンスが、『幽玄』にはつまっている。玉三郎に導かれた鼓童の芸能が、歌舞伎/和太鼓/能/邦楽といったジャンルの枠を意欲的に踏み越えていく。その熱量の放射が『幽玄』という舞台の核心だったわけだ。
そんな瞬間を捉えた、シネマ歌舞伎 特別篇『幽玄』は、自らも見事な舞踊を披露している玉三郎自身の監修により、画像・音像ともに映像化に合わせて丁寧に再構築され、美しさが増している。日本流リズム&ダンスのひとつの到達点を改めて目撃する機会がやって来る。
シネマ歌舞伎 特別篇『幽玄』
- シネマ歌舞伎公式サイト
- 公開日:9月27日(金)〜10月17日(木)
- 上映場所:東京・東劇ほか全国の映画館で公開
料金:一般料金 2,100円(税込) 学生・小人 1,500円(税込)
シネマ歌舞伎 特別篇『幽玄』予告動画
- TEXT :
- 水口正裕 ミュージカル研究家
公式サイト:ミュージカル・ブログ「Misoppa's Band Wagon」