フェスティバル・オブ・スピードではさまざまな催しがたくさん行われているが、イベントの軸となっているのは、いろいろなカテゴリーのクルマが丘の上まで駆け上がる“ヒルクライム”だ。

 数年前まではタイムを測定することも行われ、そのシーズンを戦っている最中のF1マシンをF1ドライバーが走らせ、驚異的なタイムを叩き出していた。今ではタイム計測は行われなくなったが、みんなかなりなペースで駆け上がっていく。

 名前は知っていても初めて見るクルマ、写真で見たことがあっても実物は初めてのクルマ、展示してある姿は見たことがあるが走るのを見るのは初めてのクルマ……。

 クラシックカーやレーシングマシンなどが走るところを見ることができるのは、このイベントの大きな特徴で、それが大きな楽しみにもなっている。イベントには自動車メーカーが何社も協賛していて、発売前のクルマやさらに前のコンセプトカーを走らせたりする。

 今回、マクラーレンの「GT」の助手席に乗ってヒルクライムを体験することができた。

大陸横断旅行にも対応するマクラーレン・GT

初のグランドツアラーとして日本でも今年発表されたマクラーレン・GT。
初のグランドツアラーとして日本でも今年発表されたマクラーレン・GT。

 ドライバーは、ミッチェル・ホールというレーシングドライバー。フォーミュラ・ルノーを戦っている若手有望株。

 GTは発表されたばかりの新型で、走っている姿を公開するのは世界初となる。僕も、陽光の下で見るのは初めてだ。改めて眺めてみて、控え目なエアロパーツや滑らかな曲面と曲線が連続するエクステリアデザインの特徴がよくわかる。特に、斜め後ろから見た姿にGTらしさが良く現れていると思う。

 これまでのマクラーレン各車はダイナミックパフォーマンスの達成を最優先するがゆえに、ボディスタイリングはエアロダイナミクスの追求に終始していた。そこがまたマクラーレンの魅力であるわけだけれども、このGTはそこから踏み出して“新しいマクラーレン”を形作っているように見える。

 4月にウォキングのMTC(マクラーレン・テクニカルセンター)で発表前のGTを見せられた時にも、開発責任者のダレン・ゴダード氏は、GTのコンセプトを次のように語っていた。

「サーキット走行を楽しめるパフォーマンスを備えながら、大陸横断旅行も可能な多用途性を併せ持っている」

 現在、マクラーレンはアルティメット、スーパー、スポーツというモデル・ヒエラルキーをパフォーマンス順で垂直に構成しているが、GTは垂直には連ならず、少し横にズレて多用途性というもうひとつの軸に重心が定められた。

 そのために、GTには広大なラゲッジスペースが用意されている。フロント150リッター+リア420リッターで合計570リッターという積載量はライバルたちを大きく凌ぐ。大陸横断旅行にはこれくらい必要だろう。

マクラーレン・GTのラゲッジ。ミッドに搭載されるエンジン高を下げ、排気系の取り回しを工夫することで、ゴルフバッグも積める容量(420L)を確保した。
マクラーレン・GTのラゲッジ。ミッドに搭載されるエンジン高を下げ、排気系の取り回しを工夫することで、ゴルフバッグも積める容量(420L)を確保した。

素晴らしい足を備えたマクラーレンの走り

 さて、フェスティバル・オブ・スピードのヒルクライムのスケジュールはとてもタイトだ。ミッチェルも、「1日3回走る」と言っていた。

 現代のF1マシン、1970年代のル・マンカー、1960年代のラリーカー、戦前の高性能車、1960〜70年代のアメリカン・マッスルカーなどといった具合に細かくさまざまにカテゴライズされたクルマたちが、上がっては降りてくる。だから、パドックは順番を待つクルマと走り終わったクルマでごった返している。

 パドックから出て、スターティングエリアの前で順番を待っていると、ミッチェルがGTについていろいろと教えてくれる。

「僕もここで初めてGTに乗ったけれど、路面からのショックをうまく吸収するサスペンションに驚かされたよ」

 GTのサスペンションは「プロアクティブ2」と呼ばれるもので、路面状況や挙動の変化によってダンパーの働きを油圧アクチュエーターによって電子制御するものだ。

「あと、ステアリングがスーパーやスポーツシリーズほど少しだけクイックではないところが違うかな」

 最高出力620psと最大トルク630Nmを発生するツインターボ過給された4.0リッターV8エンジンをカーボンファイバーシャシーのミドに搭載するという構成は他のマクラーレン各車と共通している。0-100km/h加速が3.2秒、0-200km/h加速は9.0秒、最高速度は326km/h。

興奮のヒルクライムステージ

マクラーレン・GTのドライバーを務めたミッチェル・ホール氏。
マクラーレン・GTのドライバーを務めたミッチェル・ホール氏。

 スタートの合図が下されたと同時に、ミッチェルはGTを全開加速させた。

 ウッ!

 猛烈な加速で上半身がシートに押さえ付けられ、ヘルメットがヘッドレスト部分に喰い込むのがわかった。ジェントルな走りを勝手に想像していたから、猛烈な加速に驚かされた。

 すぐに前方には右コーナーが迫っている。ミッチェルはその手前で軽く短くフットブレーキを踏んだ後、右にステアリングを切り、緩やかに登っていくコースで再び加速を続けた。

「この後、小さな段差や舗装の繋ぎ目が連続するから、そこでGTがいかに巧みにショックを吸収し、スムーズに走り切るか確かめられるよ。ホラッ」

 ミッチェルの言う通り、GTは段差と舗装の繋ぎ目をスコスコッという音だけでほとんどショックを伴わずにクリアした。フラットな姿勢を保ちながら、サスペンションだけが一瞬でジワッと路面からの入力を減衰させた。謳い文句通りだ。

「もう一か所くるぞ」

 ヒルクライムコース終盤近くの、右、左と切り返す途中にも小さな段差があったが、GTの身のこなしは変わらず、実に滑らかだ。

 走行モードはトラックモードを選び、パドルでマニュアル変速している。細く長いストレートで、ミッチェルはGTをさらに加速させていった。再び強烈な加速Gが加わってくる。プロのレーシングドライバーが鞭を入れると、ホンの一瞬だったが獣の本性を垣間見ることができた。

 まだまだ加速を続けている最中にあった細いストレートの途中にフィニッシュラインがあった。ミッチェルはアクセルを緩め、惰性で走らせていくと丘の頂上の広場へとコースマーシャルによって導かれた。

 GTを停め、表に出てヘルメットを脱いだ。丘の上の涼しい風が気持ち良い。

 フィニッシュまで1分間ぐらいだっただろうか?

「1分15秒ぐらいじゃないかな」

 限界の何パーセントぐらいのアタックだったのか?

「70、いや60パーセントぐらいかな。ハハハハッ」

 広場には、次々と他のクルマが駆け上がってくる。すでに販売されている何台ものフェラーリやランボルギーニ、フォードGT、ジャガーFタイプSVO、マクラーレン・セナ、セナGTRなど。また、これから発売が予定されている、カモフラージュ柄のラッピングが施されたレクサスLCコンバーチブルやランドローバー・ディフェンダーなどもこのグループの面々だ。

 それらのクルマと見較べて、マクラーレンGTの容姿は穏やかで抑制が効いていて、とてもエレガントだ。強い日差しをウインドウ周りのクロームメッキパーツが反射して眩しい。

 グループのクルマが揃うと、同じコースをゆっくりと走ってパドックへ戻った。コースの途中にはあちこちに観覧席が設けられていたり、芝生には多くの観客が鈴なりになっていた。

抜群の足回りでコースをしなやかに駆けるマクラーレン・GT。
抜群の足回りでコースをしなやかに駆けるマクラーレン・GT。

自動車ブランドの世界観を訴求する工夫

3座のハイパーカー、マクラーレン・スピードテイルも展示されていた。
3座のハイパーカー、マクラーレン・スピードテイルも展示されていた。

 丘の中腹には広大なオートキャンプ場があるから、そこから通うのも楽しい。以前にはなかったオートバイのモトクロスやトライアルの実演などを見るのも面白いだろう。自動車メーカーはコースでクルマを走らせるだけではなく、自らのブースでさまざまなエキジビションを行って観客を飽きさせない。

 マクラーレンも、GTの発表の他に現行ラインップ各車や、最高速403km/hで106台限定生産ですでに完売している「スピードテイル」などを展示する他、ブロック玩具のレゴ社とコラボして制作した実物大のレゴブロック製マクラーレン・セナを持ち込んで人気を集めていた。また、今年5月に亡くなったニキ・ラウダが自身3度目の世界チャンピオンを獲得したF1マシン、マクラーレン「MP4/2」も壇上に飾って故人を偲んでいた。

 単に現在販売しているクルマを陳列するだけでなく、ヒルクライムで新型車を走らせる一方、このように自らのブランドの世界観をいかに訴求するか、それぞれの自動車メーカーはこの場を活用していた。

 他にも出展している関連メーカー、関連団体なども同じで、とても1日や2日ではすべてを見尽くすことができないほどイベントは充実している。今年で27回目を数えるが、回を追うごとに規模が拡大し、来場者が増えているのは前述の通りだ。

 助手席とはいえ緊張したヒルクライム走行を終え、ヴーヴクリコのバーでひと休み入れた。クルマだけでなく、シャンパンのようなメーカーもオフィシャルパートナーとして協賛を続けている点もこのイベントの大きな価値となっている。

 クルマというものはとても魅力的だけれども、現代ではライフスタイルの一部をかたち作る存在だ。クルマだけ提示しているようではオタクやマニアしか集まらない。“それはイギリスのモータリゼーションの層の厚さ”と諦めてしまうのは悔しいけれども、日本でもこうしたイベントがそろそろ開催されても良い頃合いだと思う。誰もが“イギリスで最も素敵な季節”と呼ぶ初夏に行われるグッドウッド・フェスティバル・オブ・スピードの楽しみは尽きない。

実物大のサイズで製作された「レゴ」マクラーレン!
実物大のサイズで製作された「レゴ」マクラーレン!

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この記事の執筆者
1961年東京生まれ。新車の試乗のみならず、一台のクルマに乗り続けることで得られる心の豊かさ、旅を共にすることの素晴らしさを情感溢れる文章で伝える。ファッションへの造詣も深い。主な著書に「ユーラシア横断1万5000km 練馬ナンバーで目指した西の果て」、「10年10万kmストーリー」などがある。