キャリアを重ねて、ひととおりの仕事はできるようになった。それなりのポジションにもついている。でも、なんとなく行き詰まったように感じるのはどうして?

 ―――30代、40代を過ごしていると、どこかで一度は抱く気持ちではないでしょうか。これからの「働き方」を考えるうえでのヒントをいただきに、ライフネット生命保険会社の出口治明会長にお話をうかがいました。

日本を代表する企業で走り続けた後、60歳で戦後初の独立系生命保険会社を開業。業界でもっとも名を知られた経営者であると同時に、1万冊以上の本を読み、世界1200以上の都市を旅して培った知識は、まさに教養の達人です。大局的なものの見方に裏付けられた、しなやかな考え方や生き方に、凝り固まった思考が解きほぐされること必至です!

仕事に役立つかどうか、など考えなくていい

出口治明さん

――― 出口さんご自身が、30代40代でやっておいてよかったことはなんですか?

やっぱり、人との出会いと、本、旅の3つですね。日本生命保険に入社して30歳で大阪から東京に転勤になり、ロンドンに赴任するまで僕は主として大蔵省を担当していました。金融制度改革のまっただ中で、保険業界に限らず、メディアや銀行、証券など、いろんな業界の人と出会って、毎晩一緒に酒を飲んで。人から学ぶものってこんなにたくさんあるんだなと。

週末はひとりでひたすら本を読んでいました。わりと自由がきく職場だったので、夏と冬には2週間ずつ休みをとって世界を旅して、本で読んだところをブラブラ歩きまわる。ライフワークバランスですね。たくさんの人に会って話を聞いて思い出もたくさんでき、それが今でも滋養になっている気がしますね。

――― お誘いもきっと多いですよね。人間関係に疲れてしまうこともありそうですが。

数多くの人と会っていると、「まぁこの人は1回でいいかな、あんまり面白くないな」というのがなんとなくわかるんですよね。有名企業で社会的地位が高くて名刺は立派だけれど、飲んでもあまり楽しくないしお説教ばかりだなとか。逆に、この人は特に役職もないけれど、話の引き出しが多いなぁ、楽しいからまた会ってみたいなとか。

結局、そういう場面で人間が判断を誤るのは、「この人は取引先で地位も高いから、付き合っておいたら得だろう」などと、余計なことを考えるから。「飲んで、ご飯を食べて楽しいかどうか」だけで見ていけば、面白い人にたくさん出会える。本も面白いかどうか、旅も行きたいかどうか。自分の気持ちに素直に選ぶことですね。仕事に役立つかどうかなど一切考えずに、気持ちの赴くままに人、本、旅を選ぶほうが自分の糧になりますね。

――― 本も仕事関係のものを優先してしまい、好きな小説や、興味はあるけどまったく仕事に役に立たなさそうなものは後回しになってしまう気がします。

ある講演会で、「毎週本を読んでいるのですがまったく頭に入りません」という相談を受けました。どんな本を読んでいるのですかと尋ねたら、「上司が本好きでどんどん薦めてくるんです」と。上司から降りてきた本なんて無視しなさい、とお伝えしました。それがすべての原因です。自分が面白そうやなと思う本を読んでいけばいくらでも頭に入りますから、と。

出口治明さんの本棚

――― そう言っていただけると気が楽になりますね。読まなければいけない本が多くて、速読に憧れた経験のある方もいると思います。

上司から本が降りてきたらにっこり笑って「ありがとうございます」と言っておけばいいのです。興味がある本ならともかく、イヤイヤ読んでもまったく意味がないので。

それに、本をたくさん読むために速読なんてしなくていい。本は著者との対話です。人の話を聞くのに早回しでは頭に入ってこないですよね。僕はオールオアナッシングで、本文の最初の10ページを読んで面白ければ最後まで読む。面白くなければご縁がなかったということで、そこで止める。人との出会いも同じです。呼ばれた会合は、まずは行ってみる。きっとみなさんもわかりますよね。その人たちと話していてワクワクするかどうか。社内であればまずはランチに行きましょう。日頃は直接仕事を一緒にしていない人とでも。

――― 部下の方とも気軽にランチに行かれるのでしょうか。

はい。今日も4月に入ったばかりの新人に誘われてランチに行ってきました。なんでも悩みがあるとかで、「出口さん、聞いてください」と言われたので。

――― 会長にいきなり1対1でランチのお誘いとは、その新人さんは度胸がありますね。入社早々、お仕事の悩みですか?

「今大好きで付き合っている女性がいるんだけれど、結婚するには1年くらい待ってからのほうがいいでしょうか?」という話でした。「すぐ結婚したらいいと思う」と答えました。

――― すごい(笑)! いろんな意味で興味深い方ですね。フラットな社風も伝わってきます。

人間は、おもしろいかどうか会ってみないとわからない。向こうがせっかくご飯を食べたいと言ってきたのを断っても、なんの得にもなりませんので。30代、40代のころは、会いたい人も読みたい本も行ってみたい場所も山ほどあったので遊び倒したんですけれど、今思えばもっと遊んでおけばよかったと思います。忙しいときのほうが実は遊べるんですよ。限られた時間だからこそ集中できる。

人生をムダにしたいなら、「人によく思われたい」と思うこと

――― 30代、40代、働く中で、何かうまくいかなかったことはありますか?

いっぱいありますね。1週間に1、2回は、必ず上司とケンカしていました。だいたいケンカになるのは会議なので、午前中に多いんですよ。体も元気だし、脳がよく働く時間帯です。大事な意思決定や会議は午前中のほうがいいんですよね。そこで、上司が根拠なき精神論を振りかざしてアホなことを言うのでケンカになる。

ただ、そういうときはカッカしていたらロクなことがないので、お昼をたっぷり食べに行きます。当時は、勤めていたのが有楽町だったので、近くの銀座にすごくおいしいものを食べに行くんです。仲のいい同僚と上司の悪口を言いながらおいしいものを食べて、そうするとスッキリして午後には「まぁ、えぇか」となります(笑)。

――― ケンカする勇気がなかなかありません(笑)。職場では摩擦を起こさずソツなくこなさなければ…と思っているところがあるかもしれません。

人生をムダにしたいならこの3つをどうぞ、と常々言っていることがあります。ひとつめが「済んだことに愚痴を言う」。ふたつめが「人を羨む」。そして、3つめが「人によく思われたいと思う」です。みんなに好かれたいということは、八方美人になって、人に合わせて言うことが変わるということ。もしくは、自分の言いたいことが言えなくなる。自分の本心と行動にギャップが生まれて、苦しむことになります。

昔の中国の諺で、「天知る、地知る、我知る、人知る」という言葉があります。最後が他人ですからそれより前に、自分の言動は自分自身がよくわかっているわけです。自分が正しいと思うことをしていれば、人にどう思われても気にすることはない。みんなにいい人だと思われたいというのは、なんの価値があるんですかと。

「天知る、地知る、我知る、人知る」を解説する出口さん

――― 世代的にちょうど中間管理職の立場の女性からは、上司の顔を立てなくてはいけないし、後輩には嫌われたくないという声も聞きます。

年功序列の考え方を持っているからじゃないでしょうか。年功序列は世界標準ではありません。欧米では履歴書に年齢欄があるだけでも問題になります。年上の人、年下の人という考え方は捨てるべきですね。

ちょっと見かけ年寄りやなとか、ちょっと若いなとか、それくらいで十分じゃないでしょうか。実際の年齢に関係なく、同じ対等な人間として見ればいいと思います。世界ではそれが標準ですから。

年功序列を捨てて、「年齢フリー社会」へ

――― 世界では履歴書に年齢の欄があるだけで問題になるくらいなのに、日本の年功序列は、どうして長らく変わらないんでしょう?

年功序列は、戦後の高度成長時代の名残なんですよ。戦後は人口が増え続けたので、高度成長し続けることができた。バブル崩壊までの30~40年間、日本の平均経済成長率は約7%です。“72のルール”というのがあって、<72 ÷ 金利もしくは成長率=元本が倍になる年数>なんですね。72 ÷ 7 = 約10ですよね。ということは、約10年で年収500万円だった人は1000万円になるということ。これが30年、40年続きました。

ただし、生産性は急には上がらないので、成長スピードに合わせて人をたくさん採らないといけません。人不足ですから、たくさん採用して辞めないようにするには、終身雇用がいちばん。さらに、転職もしづらいように企業間で暗黙の紳士協定を結ぶ。要は、同業他社に転職することができないようにしてしまったんです。

――― 雇用する企業にとって都合がいい仕組みなんですね。

はい。終身雇用になると自ずと年功序列になります。なぜかと言うと、人事評価ほど嫌な仕事はないからです。人間って自分の能力を最低3割増しに思っていますから、誰かに評価されるとたいてい文句を言います。「自分の数字が上がらないのは、赤字の顧客を与えられたからだ」「あいつは贔屓されている」とかなんとか。だから、5年たったら誰でも係長とか、10年たったら課長とか、そういう制度がいちばん簡単なんですよね。結果的に高齢者ばかりの会社にならないよう「60歳で定年です」と決めて辞めてもらえばいい。当時は退職金や年金を払えたので、誰も文句を言いません。

そう考えると、「新卒一括採用、終身雇用、年功序列、定年制」というのは、人口が増加して高度成長していた時代のみに成り立つ、ガラパゴス的な慣行だとわかりますよね。戦後の日本ではこの仕組みがあまりにもうまくいきすぎて、社会全体に年功序列的な考えかたが染みついてしまった。でも、海外にはこの概念はありません。世界の指導者には、40代が多いのです。体力も経験もバランスが取れていて、いちばん頑張れるときですからね。

――― 読者の方は、まさにいちばんいい時期に来ているということですね。

そうです。ビジネスパーソンとしていちばんいい時期に、上に気を遣ってやりたいことができないのはもったいないことです。

出口治明さんの手元

――― 後輩の成長のために、出口さんが気をつけていらっしゃることはありますか?

ちゃんと教育をすれば人は育つ…という考え方は、すごく傲慢だと思っています。たとえば、プロ野球選手。日本中からスカウトマンが探してきたトップ5の選手に、英才教育を施して一所懸命育てたところでみんながレギュラーになれるわけではない。人には個性があり、適性がある。誰でも管理職ができるわけではありません。

人材は「育てる」よりもむしろ「見つける」と考えたほうがいいと思います。適性を見つける。日本は一律にみんなを同じように育てようとしますが、そんなことはありえない。企業もひとりひとりをよく見て、その人に合った研修を受けさせてあげることが大事ですね。

――― 実際はひとりひとり見る余裕もなく、むしろ「部下が思いどおりに動いてくれない」もしくは「自発的に動いてほしい」…と一度は考えてしまうように思います。

まずご自分の小中学校時代を振り返ってみてください。ご飯を食べさせてもらい、掃除や洗濯など生活の大半が親がかりですよね。それでも子供は親の思いどおりにはなりません。職場の上司は部下の衣食住の面倒を見ているわけでもなく、偶然同じ職場に居合わせて、せいぜい7~8時間一緒に働いているだけ。強いて言えば、少し経験が長いぶん、仕事の一部を教えているくらい。そう考えれば、部下が思いどおりに動かないのは当然だというリアルな認識がもてるのではないでしょうか。

それから部下に接するときの肝は、最初は60点で目をつぶることです。よく知られている「2・6・2の法則」があります。これはどの集団でも「しっかりと働く優秀者が2割、普通の人が6割、残りの2割は働かないし成績もよくない」という構成になるという話です。この実験の興味深いところは、働かない集団を排除すると、普通の6割から転落した者が2割を形成し、また2・6・2に戻るという点です。アリをはじめ、あらゆる動物にあてはまる生物学の研究で、人間の組織においても同じことがいえるとされています。普通以下の人が大半であることはむしろ正常なんですよね。人を動かす役割になったときに大切なのは、こういった「人間社会のリアリティ」を知ることです。

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この記事の執筆者
TEXT :
Precious.jp編集部 
2017.7.15 更新
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クレジット :
撮影/フカヤマノリユキ 構成/佐藤久美子