日本画家・鏑木清方の所在不明だった「幻の名作」が44年ぶりに再登場、東京国立近代美術館で公開
1975年以来、44年もの間、所在不明となっていた鏑木清方の幻の名作、「築地明石町」(1927年)が、東京国立近代美術館で観られる機会がやってきます。
美人画家として、上村松園と並び称された鏑木清方。その代表作「築地明石町」は、幸運にも戦禍を免れ、清方自身が出品の仲介役となり、しばしば展覧会に出品されるようになりました。
しかし、1972年に清方が亡くなると、翌年から3回にわたって開催された「回想の清方」シリーズの3回目(1975年)に出品されたのを最後に、「築地明石町」は忽然と姿を消したのです。
まるでミステリーのように、画家の死とともに人々の前から姿を消した作品。しかも、題材は謎めいた美しさの女性。このエピソードがさらに作品への期待を盛り上げます!
幻の名作「築地明石町」は、実在のモデルが存在する珍しい作品でもある
明治期に外国人居留地だった明石町(現在の東京都中央区、聖路加国際病院の所在地、築地に隣接)。
辺りは朝霧で白く霞み、佃の入江に停泊した帆船のマストを背景に、髪はイギリス巻、単衣の小紋の着物に黒い羽織姿の女性が、朝冷えに袖を掻き合わせてふと振り返る様子が描かれます。
イギリス巻とは、およそ100年前、明治の女性たちの間で流行した、三つ編みをまとめて、ピンで留めたヘアスタイル。まとめ髪が、真っ白な首筋の美しさを引き立てています。
白い肌に映える口紅、鼻緒など、ところどころに入った赤や、洋館の垣根の水色と着物のトーンが、さりげなくリンクしているのも、透明感とモダンな印象を受ける作品です。
清方夫人の友人、濃いまつ毛の長身美女がモデル
実はこちら、清方の作品としては珍しく、実在のモデルが存在します。それは清方夫人の女学校時代の友人であった、江木ませ子さん(1886〜1943)でした。
清方自身「夜会結び、またイギリス巻と云ったやうだが、このくらい明治をよくあらはす髪かたちはあまりない。上背のある美女…江木ませ子さんにはそれが似合った」(「『明石町』をかいたころ」『鏑木清方文集1 制作餘談』)という文章も残しています。
清方が明治の明石を回想すると現れる、朝霧の中に浮かぶ、スラリと長身の美女。清方に絵を習いに来ていたというませ子さんですが、きっと画家に「描きたい!」と思わせる、強い吸引力のある、チャーミングな女性だったのでしょう。ますます、その魅力を直接、拝見したくなってきました。
寸法・コンセプトの同じ「新富町」、「浜町河岸」とあわせて三部作
もともと「築地明石町」と、「新富町」、「浜町河岸」の3点は、三部作として構想された作品でした。清方自身も自作自解で「三部作」と記し (『鏑木清方』毎日新聞社、1971年)、3点は寸法も同じなら、コンセプトも同じ。おそろいの表具、おそろいの内箱があつらえられ、3つがひとつに入る漆塗りの外箱に収められています。
■清方が通った小学校がある「新富町」
1878年に新築された新富座は、櫓のない建物と、ガス灯、絵看板が特徴の新式の劇場でした。新富町は有数の花街でもあり、新富座の前を、稽古や宴席に向かう芸者たちが行き交いました。
新富座を背景に、当時の女性の雨の日の様子が興味深い作品です。蛇の目をさし、足元は、高くて歯の細い雨下駄。やや体を前のめりにして、先を急ぐ様子は、なんだか歩くのに技が要りそうですが、きっと当時の女性は粋な足さばきで、風のように去って行ったのでしょう。
そんな瞬間が想像できるような、当時の様子を垣間見られる作品です。
■1906年から1912年まで、清方が住んだ場所「浜町河岸」
隅田川に架かる新大橋は 1912年まで木橋でした。橋の対岸は深川安宅町。歌川広重の「名所江戸百景 大はしあたけの夕立」にも描かれた火の見櫓は、関東大震災まで残っていたと言います。
髪にバラの簪をさした娘が手にしているのは、舞扇。浜町の藤間(藤間流三家のうちのひとつ)からの稽古帰りの姿です。
他の2枚とは一味違い、カラフルな色みや、髪に挿したバラから、若さあふれるフレッシュな魅力を感じる作品です。舞扇を齧りながら、正面を見ずに歩く様子は、稽古の内容に想いを馳せているのか、一人で反省会をしているのでしょうか? なんだか10代の頃の部活帰りを思い出して、思わず微笑んでしまうような、愛らしさがあふれています。
しっとりと匂い立つような色気を放つ美人画は、どれも、明るい色の髪や大きな瞳、と行った現代の美の基準とは違いますが、これこそ日本女性として目指すべき!と言えるような、思わず見惚れる美しさで、一見の価値があります。
自分ごと、としてリアルに感じられる芸術
清方の目指す芸術は、我が事として共感が得られるようなもの。1923年に起きた関東大震災を契機に、再開発が進むなかで、清方は失われゆく明治の情景を制作のテーマに加え、「築地明石町」をはじめとした、名作の数々が生み出されました。
清方がじかに感じた、明治半ばのひととき。彼のレンズ通してみる、憧れや愛しさの念を感じる明治の景色には、写真では伝わってこない、情感を見ることができます。
現代に投影するとすれば、都心では、5年後、10年後とたくさん計画されている、再開発プロジェクト。そんな変化の多いなかに生きていると、彼の描いた、失われていく情緒や、自分が慣れ親しんだ景色への愛着を、明治のことながら、自分ごととしてリアルに共感することができます。
三部作のほかにも、名作が並ぶ特別展示が11月1日(金)〜12月15日(日)に開催
「鏑木清方 幻の「築地明石町」特別公開」では、「築地明石町」と「新富町」、「浜町河岸」の三部作のほか、「三遊亭円朝像」(1930年、重要文化財)や「明治風俗十二ヶ月」(1935年)など、東京国立近代美術館が所蔵する清方作品の名作も並びます。どうぞ、この貴重な機会をお見逃しなく!
問い合わせ先
- 鏑木清方 幻の「築地明石町」特別公開
- 会場/東京国立近代美術館 所蔵品ギャラリー10室
- 会期/2019年11月1日(金)〜12月15日(日)
- 開館時間/10:00〜17:00、金曜・土曜は20:00まで(入館は閉館の30分前まで)
- 定休日/月曜日(ただし11月4日は開館)、11月5日
- 観覧料/一般 ¥800(600) 大学生 ¥400(300) ※( )内は 20名以上の団体料金。いずれも消費税込
- 無料観覧日/2019年11月3日(日・文化の日)
- 主催/東京国立近代美術館、文化庁、独立行政法人日本芸術文化振興会
- ※本展の観覧料で入館当日に限り、同時開催の所蔵作品展「MOMAT コレクション」も観覧可能
- ※同時開催の「窓展(仮称)」(2019年11月1日〜2020年2月2日)は別途観覧料が必要
- TEL:03-5777-8600(ハローダイヤル)
- 住所/東京都千代田区北の丸公園 3-1
- TEXT :
- Precious.jp編集部
- WRITING :
- 神田朝子