英国製品の本質的魅力とは、ひとつの機能をかなえるための質実剛健さにあり、その追求の中から生まれる「用の美」としてのエレガンスにある。ときに所有者の生命よりも長く、輝きを放ち続けるそれらは流行も、国境も超えて紳士たちを虜にする、世界定番として君臨し、いわば長く安心して使い続けられる「お買い得」な品として存在してきたのだ。いつしかそんな気高き思想を忘れ、衰退の途にあった英国におけるものづくりに今、在りし日の美しさが再びよみがえりつつある。それは決して単なる懐古趣味ではない。『英国名品』の輝きを歴史から紐解く。

ものづくりの進化に原点回帰という選択

 英国の街は、いつも変わらない印象を受ける。だが、よく見ると、街を歩く人々のファッションや二階建てバスのデザインなどその風景は変わり、少しずつ進化している。英国の「名品」も、新たな要素を加えながらその魅力を増している。

 もし、タイムマシンがあったらあなたは未来と過去のどちらにスイッチを切るであろうか。1974年、英国の映画人は過去をさかのぼり、1930年代を舞台にした『オリエント急行殺人事件』を製作した。大陸横断鉄道の中で起きる密室殺人を題材にした名作ミステリー劇。その列車の内装や登場人物の服装には、モノがていねいにつくられ、時間がゆっくり流れていた頃の優雅な雰囲気が、活き活きと再現されていた。

 当時の英国は、ザ・ビートルズが解散して、ジミ・ヘンドリックスが急逝するなど、’60年代に花開いた若者文化やサイケなファッションが極限まで行き着いたとき。次の時代の空気を模索する映画人の気分は、大英帝国が栄華を極めた時代へと回帰していた。ちょうど同時期、日本では大阪万博で昇りつめた宇宙的なファッションが一段落して、旧国鉄が提唱したディスカバー・ジャパンによる、日本の原風景をめぐる旅が大衆の心をとらえていた。

 そして今、世界のファッションは再び原点回帰の潮流にある。目まぐるしく変化し新しさを追うものづくりが高度情報技術によってさらに加速した反面、ゆっくりとていねいにつくられ、長い間愛用できるモノへの渇望が芽生えてきたからである。

 もちろん英国におけるものづくりの現場でも、そんな大英帝国時代のクラフツマンシップは見直されている。現代のファッションブランドのデザイナーやデザインチームは、時代考証のためこぞって’30〜’40年代の英国製ヴィンテージウエアを分析するのだが、彼らがそこに着目する要素のひとつは、生地の質感である。そのしっかりした手触りや経年変化の味わいは、現代の生地に見られない表情で、実に深みがあるのだ。

 その時代、すでに英国の生地づくりは19世紀末の産業革命によって機械化が進んでいた。とはいえ、いまだ人の手によるアシストが不可欠な機材は多く、スピードは今ほど速くなく、手織りの味も残っていた。製糸の段階で糸に加えられた撚りによる自然な伸縮性と、空気を包むふくらみ感が生地の中で生きていたのだ。

 そんなふうにゆっくり織られた生地は糸がリラックスしているから、服に仕立てると着る人とともに動きながら、体になじんでいく。そしてそんな服は、決して着た人から浮き立つことはなく自然に見える。つまりゆっくり織られた生地やていねいな仕立ての積み重ねが、当時の紳士のエレガントな雰囲気を醸し出していたのである。

 現代の最新式の織機は当時の約3倍のスピードで生地を織り、人の手もかからなくて効率がよく、コストも抑えられる。だが、糸を高速で引っ張り、強いテンションをかけたまま織るので、生地が平面的な仕上がりになる。こうした違いが徐々に知られ始め、現代の英国では昔の設備が残る工場で往年の生地を復刻するつくり手たちが動き始めている。もちろん手間とコストをかけなければならないが、彼らはそこに代えがたい価値を見いだしているのだ。その熱意の根底には、リアルなモノが持つ独特な質感への感動があり、それを伝えようとする想いがある。

ストイックで機能的なデザイン

1940年代まで世界最高の技術大国として君臨した大英帝国。その時代につくられた洋服こそは、現代では失われたクラフツマンシップの集大成なのだ。その代表格といえるのが、写真の’40年代製モーターサイクルコート。通称「マップポケット」とも呼ばれる地図の出し入れがしやすいよう斜めに設置されたスラントポケット。ライディングブーツを固定し、体に密着させるためのベルト。防風性を備えた肉厚のキャンバス地、チンストラップや前合わせの工夫、シャツスリーブ……。その複雑無比なディテールは、現代を生きるデザイナーたちがものづくりをするうえでの、指針にもなっている。
1940年代まで世界最高の技術大国として君臨した大英帝国。その時代につくられた洋服こそは、現代では失われたクラフツマンシップの集大成なのだ。その代表格といえるのが、写真の’40年代製モーターサイクルコート。通称「マップポケット」とも呼ばれる地図の出し入れがしやすいよう斜めに設置されたスラントポケット。ライディングブーツを固定し、体に密着させるためのベルト。防風性を備えた肉厚のキャンバス地、チンストラップや前合わせの工夫、シャツスリーブ……。その複雑無比なディテールは、現代を生きるデザイナーたちがものづくりをするうえでの、指針にもなっている。

 戦前の英国製ヴィンテージウエアが注目されている要素のもうひとつに、機能的なデザインがある。この時代の服で人気があるのは、スポーツウエアやミリタリー、そして探検服なのだが、そこに見られる無骨で素っ気ないディテールは、飽きのこない魅力を感じさせる。

 当時の英国で、最初にこのような機能服を利用したのは貴族階級であった。彼らはお屋敷の中で社交のために着飾ることに飽き、戸外に飛び出してスポーツや探検を始め、そのための用途別のウエアが開発された。戸外に出た貴族たちは競技や発掘調査といった目的を優先したので、着飾ることは二の次であった。決して華やかではないが、目的を遂げるために打ち込むそのストイックな男性像は、ロマンやエレガンスを感じさせ、こうしたライフスタイルを生み出した英国の先進性は、世界中の男たちに影響を与えた。洋服自体の機能的デザインとともに、その飾らない姿勢も、今に通じるものとして見直されているのだ。

 英国製品はもともとロングライフを目的につくられているものが多いが、そんな原点回帰の潮流を受けて生まれた新しい「名品」からは、さらに一歩踏み込んだアプローチが見られ、面白い。それはつまり、英国人によるディスカバー・ブリティッシュなのだ。

この記事の執筆者
TEXT :
織田城司 ライター
BY :
MEN’S Precious2016年秋号 紳士の心を昂ぶらせる「英国名品」のすべてより
アパレルメーカーで店舗運営やなどを手がけた後に独立。現在ではファッションに関する歴史や文化について数多く執筆。ファッション誌や文化誌への寄稿が多い。
クレジット :
撮影/戸田嘉昭・唐澤光也・小池紀行(パイルドライバー/静物) スタイリスト/武内雅英(code)文/織田城司