木工の神様と謳われたピエールルイジ・ギアンダ氏が当主を務めていたが、惜しくも2015年に他界。彼の死後、後継ぎのいない工房は、高級クラフト家具の老舗であるイタリアのプロメモリア社に買収されたが、その道のりは簡単ではなかった。高品質の家具づくりを得意とし大型製品を扱うプロメモリア社は、訃報以前から、精密な小物をも手がけるボッテガ ギアンダのものづくりに対する哲学を理解していたが、互いに歩み寄るのには2年を要したのである。

今では伝説となったギアンダ氏は、木工づくりの可能性を突き詰める稀代の名匠だった。オリベッティのショールームを設計したガエ・アウレンティ氏、『スーパーレッジェーラ』の椅子をデザインしたジオ・ポンティ氏などをはじめ、イタリアを代表する数多くの建築家に慕われるとともに、精緻な木工作品の時代を築いたのである。

手のひらに載るほどの極小ケースに超絶技が凝縮

ボッテガ ギアンダのピルケース

ピルケースを手に持つと、精緻につくり込まれた滑らかな曲線や、厚さ2mmに満たない蓋がぴったりと隙間なく閉まることに感動する。ボッテガ ギアンダのなかでも、究極の木工製品のひとつだ。3種類の木材で展開。右/アッシュ材¥33,000・中/ローズウッド・左/黒檀各¥38,000(カッシーナ・イクスシー青山本店〈ボッテガ ギアンダ〉)税抜、参考価格

ボッテガ ギアンダの代表的な作品は、金具を一切使わずに、木材のはめ込み技術のみでつくったコーヒーテーブルや磨き上げた細幅のピーチ材を均等に並べたシェルフ、ブックスタンドなど、細部まで精密につくり込まれた温もりあふれるものばかり。さらに、極小の木工細工として、その存在が知られているのが、ピルケースだ。

「信じられないほど研ぎ澄まされた形と完璧な仕上げ。初めてピルケースを見たとき、胃が痛くなりました。こんな凄いものがあるのか、と」

プロメモリア社のロメオ・ソッツィ社長がピルケースを手にして話す。

縦25×横40×高さ10mmのごく小さなサイズだが、繊細な流線型のピルケースは、ボッテガ ギアンダが誇る、木工の超絶技巧を凝縮した逸品だ。1930年代、ミラノの薬品会社のためにつくったピルケースが、そのはじまりだといわれている。しかし、ほかにも、フィアット元会長ジャンニ・アニエリ氏の自宅と別荘の内装をギアンダ氏が手がけていた頃、アニエリ氏が、マレッラ夫人へのプレゼントとして特別なピルケースを注文したことから製品になった、というエピソードも残る。

「芸術作品レベルの、希有な木工製品を生み出すボッテガ ギアンダは、プロメモリアのなかでとても重要です。いわば木のジュエリー部門という位置づけです」

ギアンダ氏は生前、「木工は見るのではなく、触って感じることが大事だ」と、アトリエで言い続けていた。他に類をみない小さなピルケースは、触ることで価値が湧き出る、まさに究極の木工作品である。

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PHOTO :
小池紀行(パイルドライバー/静物)
WRITING :
矢部克已(UFFIZI MEDIA)
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