人生100年時代とはいえ、そろそろ親や祖父母世代が、終活を始めているかもしれません。子として気になることのひとつが、相続のこと。
よく「生前贈与」は相続税の節税になると耳にするため、親が健在なうちに贈与してもらおうと考えることもあるでしょう。しかし、そう簡単なものではなく、落とし穴もあるのです。
今回は、大手税理士法人での豊富な経験と広範な見識を有する、相続のプロフェッショナル、税理士の井口麻里子さんに、ある40代女性のエピソードを交えて贈与や相続の落とし穴と共に、今後どのようにするのが得なのかを解説いただきます。
亡くなる直前の「贈与」は相続税の節税にはならない!?

【ケーススタディ】40代のナオコさんは、今年の8月に父を亡くしました。父はまだ73歳と若かったのですが、2年前に見つかった癌のせいで入退院を数回繰り返し、ついにこの8月に息を引き取りました。
ナオコさんの実家は東京都目黒区です。父は目黒区という地価の高い場所に自宅を持っていたうえ、ある程度の預貯金、投資信託などもあったため、相続税がかかるのは必至、ということで、癌が発見されてからは次々と、ナオコさんたちに贈与をしてくれていました。
ナオコさんは、兄、姉、ナオコさんの3人兄弟なので、ひとり500万円ずつ、2年に分けて、もらいました。もちろん贈与税の申告や納付はきちんと手続きしました。
兄のツヨシさんは、ちょうどマイホームを建てるタイミングだったため、「住宅取得等資金の贈与」という、贈与税が非課税になる制度を使って、700万円の贈与を受けました。
姉のミヨコさんは小学生の子どもがひとりいますので、「教育資金の一括贈与」という贈与税の非課税制度を使って、子どもに対し1,500万円の贈与を受けました。ナオコさんは非課税の制度を使うのが面倒だったので、子どもふたりと夫へ、贈与税のかからない程度に100万円ずつ、2年に分けて贈与を受けました。
合計5,800万円を子どもや孫へ贈与し、父は亡くなりました。父の相続財産は、かなり小さくできたでしょう。そう思って、税理士さんに相続税の申告を依頼してビックリ!
なんと、亡くなる前3年以内にした贈与は、相続財産にもち戻して、相続税の計算の対象となるというのです。
ナオコさん3兄弟が2年に分けて受けた、贈与500万円×3人×2回=3,000万円は、相続税の計算の対象となってしまったのです。
相続人ではない孫への贈与や、非課税制度の贈与はセーフ!

ただし、この規定は「相続に際し財産をもらう人」に対する贈与のみ、となっているため、ナオコさんの子どもふたりと夫が受けた贈与は、相続財産にもち戻さなくてもよいという結果になりました。
なぜなら、父にとっての孫や娘の夫は相続人ではないため、遺言で孫や夫に財産を残すと指定されていない以上、この「相続に際し財産をもらう」ことはないからです。
また、兄のツヨシさん、姉のミヨコさんが受けた非課税制度の贈与については、亡くなる前3年以内にした贈与でも相続財産にもち戻さなくてもよい、特別の制度でした。
しかしながら、それ以外の贈与は相続税の計算の対象になってしまいました。
5,800万円減らせたと思った父の財産が、3,000万円戻され、結局2,800万円しか減らせなかったため、相続税は想定よりずっと大きくなってしまったのです。
贈与でもらうなら、時間をかけて小まめに行い、確実な相続対策を

「亡くなる直前に慌てて相続対策しても、ダメってことね」とナオコさんは友人のユミさんにこぼしました。
実はユミさんの父は、10年も前から相続対策として、子どもたちへ贈与を繰り返しているそうです。贈与は、ゆったりと時間をかけて小まめに行えば、とても確実な相続対策となるのです。
また国の方針には、『上の世代から下の世代へどんどんお金を流して、お金が必要な世代にどんどんお金を使ってもらい、経済を活性化させたい』という強い意志があるため、相続税を重く、贈与税を軽くする方向性にあるのです。
これからはこの政府の意図に乗って、相続まで待つのではなく、生きている間にどんどん下の世代へ贈与してもらいましょう。上の世代は感謝され、下の世代はとても助かる、とても効果的な相続対策になります。
2015年の相続大増税で、申告が必要な人が増加!

2015年、相続税の基礎控除額(非課税枠)が、従来の6割に引き下げられたことにより、相続税の申告が必要な人が倍増したのをご存知でしょうか?
「相続税の申告が必要な人」とはどういう人か? ずばり、基礎控除額を超えた人です。
基礎控除額は「3,000万円+600万円×法定相続人の数」で表されます。これを超えるか超えないか、我が家を、実家を振り返って、これだけは確認しておいてください。これを超えたら、申告は必要。
ただ、相続税の特例をフル活用すれば、納付する税金は0(ゼロ)、という結果になる可能性もあります。しかしながら、首都圏にご自宅をおもちで、ある程度の老後資金を蓄えておられる方は、軒並み相続税のことを考慮しなければならない時代となりました。
相続税の基礎控除額引き下げの代わりに、贈与税は優遇

2015年改正で相続税はぐっと増税になりましたが、反面、贈与税がぐっと優遇されたことは、実はあまり知られていません。
非課税で贈与できる制度を上手に利用して
贈与税が優遇された具体例としては、非課税で贈与できる制度が増えたことがあります。
教育資金の一括贈与、結婚・子育て資金の一括贈与、住宅取得等資金の贈与など。特に住宅取得等資金の贈与は、消費税増税で買い控えが生じないよう、増税のタイミングで親や祖父母から、子や孫へマイホーム取得のための資金を贈与したら、期間限定ではありますが、最高で3,000万円もの非課税枠が設けられたのです。
この非課税枠は、もらう人ひとりあたり3,000万円ですから、夫と妻がそれぞれの親や祖父母から3,000万円ずつもらえば、合計6,000万円、一切税金がかからずにもらえてしまうのです。それだけあれば、豪勢なマイホームを手にできますね!
20歳以上の子や孫へは、新たな優遇税率が適応に!
また、贈与税の制度が変わり、ふたつの税率ができました。
これまでは、誰から誰に贈与しても同じ税率表を使って、贈与税が計算されていました。
ところが、この2015年改正で、ふたつの税率表ができたのです。親や祖父母から、20歳以上の子や孫への贈与については、「特例贈与」といって、特別に優遇された税率が使えるようになったのです。
これまた、政府の意図がはっきり見えます。小さい子どもへの贈与ではなく、20歳以上という、お金を活発に使う世代への贈与が優遇税率の対象なのです。
贈与によって、親、祖父母の財産を減らすことは、最も確実な、そして素敵な相続対策です。あげる側は感謝され、もらう側は助かるし、嬉しい。プラスで相続対策にもなっているというわけですから。
子や孫として、遠慮なく親や祖父母に「改正で贈与税が優遇されたから、相続対策として贈与してほしいな」と提案してみましょう。
制度が変わったものの、そんなことはつゆも知らない、なんてもったいない! 知識があるのとないのとでは大きく変わります。相続対策を考えているなら、ぜひ参考にしてみてくださいね。
- TEXT :
- Precious.jp編集部
- WRITING :
- 石原亜香利
- EDIT :
- 安念美和子、榊原淳