本記事では、エッセイスト・光野 桃さんによる「グレージュ」についてのコラムをご紹介します。

「世界の中でも控えめで理知的な日本人の美しさを、わたしたちはグレージュから教えられた」

光野 桃さん
エッセイスト
(みつの もも)おもな著書に『白いシャツは、白髪になるまで待って』(幻冬舎)『これからの私をつくる29の美しいこと』(講談社)『中川原信一のあけび龍』巻頭エッセイ(文藝春秋)など、多数。

光と影のあわいを着る

ピアス_1,グレージュ_1
ピアス 手前から/¥170,000・¥98,000(ボン マジック)

ベージュの気品とグレーの知性。ふたつの色がケミストリーを起こす。それがグレージュ。ベージュだけでは甘すぎて、グレーだけでは真面目すぎる。けれどこれらが混ざり合うとき、まったく新しい、センシュアルで豊かな色の宇宙が誕生した。

その色は、誰よりも日本人によく似合った。オークル系の肌には、グレーの影をまとったベージュが映える。人生に生真面目なその性格には、ベージュという光を加えられたグレーが華を添えるだろう。世界の中でも控えめで理知的な日本人の美しさを、わたしたちはグレージュから教えられた。

この色の着こなしで、忘れられないひとがいる。

そのひとは俳優で、なぜかプライベートでともに旅をした。彼女はウェールズの森を訪ねる旅仲間の友人で、顔を見れば誰でもわかる長いキャリアの持ち主だった。五十代ときいていたが、四十代にしか見えない。若々しい笑顔が素敵な、感じの良い女性だった。

待ち合わせのヒースロー空港のカフェで、少し遅れてやって来た彼女を見たとき、なんて格好いいの! と驚いた。

グレージュのカシミヤのパーカーとストリングスパンツのセットアップに、黒のスエードのライダーブーツ。役柄から和服のイメージが強かったが、そんなわたしの思い込みを大きく裏切るセレブ感だった。

セレブといっても、これみよがしではない。それはグレージュという色のなせる業で、グレーだったら地味だろうし、ベージュだと少し浮いていたかもしれないと思う。

英国の八月、夜は暖炉に薪をくべる寒さだが、真夏のカシミヤ、というのも格好良く、グレージュはカジュアルを底上げしてくれる色だと知った。

この色を生かすには素材が大切な要素である。艶のある素材。重厚感のあるシルクや上質のカシミヤが合うのではないだろうか。

麻であれば目のつんだ光沢のあるもの、革製品なら表革よりスエードがしっくりくる。

この旅で、彼女はいつも小さなバロックパールのピアスをつけていた。光のあたり方によって、グレーに見えたりゴールドを感じさせるベージュに見えたりする。

ああ、グレージュという色はバロックパールにも似た光と影の「あわい」の色なのだな、と思った。だからその精妙なニュアンスを美しいと感じるのだ。

純白の真円パールが動きを止めた完成度によって、冠婚葬祭に用いられるのとは真逆に、配合ひとつでさまざまな表情を生み、いい意味で定まらない、固まらないグレージュは、生きて動いている。

それは明日を見るまなざしと呼応し、日が昇る前の夜明けの空の色にも似た、大人だけが感じとれる希望の色といえるだろう。

※掲載した商品は、すべて税抜です。

商品問い合わせ先

PHOTO :
佐藤 彩
STYLIST :
小林 綾
WRITING :
光野 桃
EDIT :
田中美保