本記事では、エッセイスト・光野 桃さんによる「グレージュ」についてのコラムをご紹介します。
「世界の中でも控えめで理知的な日本人の美しさを、わたしたちはグレージュから教えられた」
光と影のあわいを着る
ベージュの気品とグレーの知性。ふたつの色がケミストリーを起こす。それがグレージュ。ベージュだけでは甘すぎて、グレーだけでは真面目すぎる。けれどこれらが混ざり合うとき、まったく新しい、センシュアルで豊かな色の宇宙が誕生した。
その色は、誰よりも日本人によく似合った。オークル系の肌には、グレーの影をまとったベージュが映える。人生に生真面目なその性格には、ベージュという光を加えられたグレーが華を添えるだろう。世界の中でも控えめで理知的な日本人の美しさを、わたしたちはグレージュから教えられた。
この色の着こなしで、忘れられないひとがいる。
そのひとは俳優で、なぜかプライベートでともに旅をした。彼女はウェールズの森を訪ねる旅仲間の友人で、顔を見れば誰でもわかる長いキャリアの持ち主だった。五十代ときいていたが、四十代にしか見えない。若々しい笑顔が素敵な、感じの良い女性だった。
待ち合わせのヒースロー空港のカフェで、少し遅れてやって来た彼女を見たとき、なんて格好いいの! と驚いた。
グレージュのカシミヤのパーカーとストリングスパンツのセットアップに、黒のスエードのライダーブーツ。役柄から和服のイメージが強かったが、そんなわたしの思い込みを大きく裏切るセレブ感だった。
セレブといっても、これみよがしではない。それはグレージュという色のなせる業で、グレーだったら地味だろうし、ベージュだと少し浮いていたかもしれないと思う。
英国の八月、夜は暖炉に薪をくべる寒さだが、真夏のカシミヤ、というのも格好良く、グレージュはカジュアルを底上げしてくれる色だと知った。
この色を生かすには素材が大切な要素である。艶のある素材。重厚感のあるシルクや上質のカシミヤが合うのではないだろうか。
麻であれば目のつんだ光沢のあるもの、革製品なら表革よりスエードがしっくりくる。
この旅で、彼女はいつも小さなバロックパールのピアスをつけていた。光のあたり方によって、グレーに見えたりゴールドを感じさせるベージュに見えたりする。
ああ、グレージュという色はバロックパールにも似た光と影の「あわい」の色なのだな、と思った。だからその精妙なニュアンスを美しいと感じるのだ。
純白の真円パールが動きを止めた完成度によって、冠婚葬祭に用いられるのとは真逆に、配合ひとつでさまざまな表情を生み、いい意味で定まらない、固まらないグレージュは、生きて動いている。
それは明日を見るまなざしと呼応し、日が昇る前の夜明けの空の色にも似た、大人だけが感じとれる希望の色といえるだろう。
※掲載した商品は、すべて税抜です。
商品問い合わせ先
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- PHOTO :
- 佐藤 彩
- STYLIST :
- 小林 綾
- WRITING :
- 光野 桃
- EDIT :
- 田中美保