現況に相対して超越するような、ふたつのポップスの形

女性の声にもっと、耳を傾けなければ。FEIST(ファイスト)の音楽に触れるたび、いつもそんな思いが去来する。それほど彼女の歌は、こちら男性の思考や感覚とは違ったものをバックボーンとしてつくられているように感じる。その硬質で少しかすれた声、決して美声ではないかもしれないが、だからこそ普遍的で、「生(き)」の女性性をそこに見てしまう。そして、音楽の核にある彼女自身を思うとき、彼女の周囲をとりまく(ように見える)、ぶしつけなマチズモ(男性性)の存在を強く意識してしまう。畢竟それはこの国の女性が直面している環境にも通じるものだ。 

そんな彼女が6年ぶりにリリースした新作。『PLEASURE』というタイトルと、可愛らしいジャケットのアートワークを念頭に聴き始めると、まずタイトルチューンにガツンとやられることになる。
「快楽のルールは私が決める」と宣言するようなこの曲に、最近顔が似て来たとの噂もある(ネットを掘るとすぐ比較画像に当たる・笑)、パティ・スミスを重ねる人もいるかもしれない。ここでのロック調のテンションは、この後アルバムの中で何度か現れる。過去の作品ではどちらかというとシンガーソングライター色が強いというか、アコースティックギター&歌によるフォーキーなイメージだったが、今回はより音圧があり、強いビートが耳に残る。とても10年前のAppleのCMで「1、2、3、4」とファニーなダンスを披露していたのと同一人物とは思えない。
『PLEASURE』を聴き進めるうちに味わえるのは、タイトルとは対照的に、苦味というか、感情の襞が生み出す影の感触だ。それは、冒頭述べたように女性の実相を端的に表現しているようにも感じる。21世紀にもなってもまだジェンダーに関して狭隘な日本社会に生きる男にとっては、少し身につまされる感じだ。リリックのプロテスト性は強くないかもしれないが、その音楽表現には、現況への対抗や批判性が滲んでいるように思えてならない。勘ぐりすぎだろうか。ともかく、大音量でこのアルバムを聴いていると、やや打ちひしがれるような心境になりながらも、不思議と前向きな力が湧いてくる。ポップ・ミュージックは楽しいだけじゃくてもいい、そんな風にも思えた。 もっとも、彼女がかつて在籍していたバンドがラモーンズの前座を務めていたり、過激なライブパフォーマンスで知られるピーチズ周辺に彼女がいたこともあるという逸話を知ると、むしろ今作ぐらいのサウンドのほうが自然なのかもしれない。
前作『METALS』を聴いたときには、よく比較されるジョニ・ミッチェルより、むしろ同郷でもレナード・コーエンを連想した。丁寧な歌、落ち着き、そして曲のスケール感。それは圧巻だったと同時に、どこかよそよそしさも感じられた。最新作にはむしろ逆の魅力がある。彼女の存在感は聴き手に近く感じる。ナラティブなストーリー性以上に、より感覚的なフレーズや言葉が生む音楽的な刺激。さらに声のゆらぎ、ノイズ混じりのギターサウンド、環境音も含めて、音響的な効果がロック的でラフな雰囲気を生み出すことに寄与している。そのあたりは今回本作のプロデュースを務めたルノー・ルタンやMOCKY(モッキー)に負うところが大きいのかもしれない。

 
 

ところで、そのモッキーが7月下旬に最新作をリリースする。本ブログ初期に紹介したモッキーだが、今回のファイストの新譜においては、彼が持つ音楽&音響的な様々な「ひきだし」はむしろ抑制的に、ファイストの音楽のソリッドネスを引き立たせるため注意深く使われているように見えた。
一方彼の新作においては、自身の緩いヴォーカルをフィーチャーしたAOR風の曲あり、ディスコ調のグルーヴあり、レトロ&モンドなインストゥルメンタルありと相変わらず実にさまざま。アルバムに通底するのはいわば「脱力感」で、ファイストの新作とは好対照をなしている。ただ、両者を交互に聴くうちに、それらに表現の違いはあっても、実は同根のスタンスがあるように思えてきた。
両者のベースにあるのは、ポップ・ミュージックの現況に対する違和感のようなものではないだろうか。ファイストのソリッドで切実な歌と、モッキーの多彩な音楽性をともなった肩肘張らないサウンド、いずれも現代のものでありながらも、シーンの最前線から少し逸脱しているように感じられる。もしかしたらそれは、彼らがアメリカを常に傍で見てきた、カナダの出身だからなせる業なのかもしれない。 音楽とビジネスは不即不離で、「ヒットして多く売れる」ことは成功にちがいない。ただ、だからといって、大衆に膾炙しているサウンドやビートなどを、ビジネス的成功を目論んでむやみに用いることは、ビジネスのコアである音楽自体をかえって損ねることになりはしないだろうか。音楽そのものの性格が受容されてはじめて、その音楽が媒介するビジネスは始まるわけで、音楽の受容過程(行為)にいたずらにビジネスセンスを盛り込むことは、音楽を音楽以外の何か(たとえば、単に流行ってる音、とか)に変えてしまうことになるのかもしれない。
こんな風に書くと、音楽を提供する側からナイーブにすぎると批判されるのだろう。でも、いちリスナーとして、上記のような考えを頭の片隅に置いておくことは、いくらか有効な気もする。常に音楽を「聞かされる」のではなく、能動的に「聴く」ために。そういえば、今回のモッキーの新譜には、『THE MOXTAPE vol.4』のシリーズ名と併せて、『HOW TO HIT WHAT AND HOW HARD』というなかなか意味深なタイトルが付されていたっけ。

MOCKYのレーベル「windbell」のinformation

http://windbelljournal.blogspot.jp/2017/06/mocky-how-to-hit-what-and-how-hard.html

FEISTのサイト
http://www.listentofeist.com/home

この記事の執筆者
『エスクァイア日本版』に約15年在籍し、現在は『男の靴雑誌LAST』編集の傍ら、『MEN'S Precious』他で編集者として活動。『エスクァイア日本版』では音楽担当を長年務め、現在もポップスからクラシック音楽まで幅広く渉猟する日々を送っている。