7月29日より全国で順次公開される『ファウンダー ハンバーガー帝国のヒミツ』は、アメリカがいわば国是としてきた、必勝劣敗のアメリカン・ドリームの破壊力を、改めて観客に見せつける作品だ。世界中の誰もが知るマクドナルドの強さは、アメリカ中西部(ラストベルト)に生まれた主人公の「夢」の体現なのか?

マクドナルドの業績が悪くないそうだ・・・

 そうなのか。ぼくの家の近所、東急目黒線下丸子駅前のマックなんか、以前は閑古鳥が鳴いていたけどね。なにしろ3年前の中国鶏肉事件は「外食史上最悪」(AERA 2017年7/3号)の不祥事だったのだから、そこから立ち直るのは容易じゃなかったはずだが。

 アメリカンドリームの光と陰をテーマにした映画の三本目は、このマックの創業者レイ・クロックがいかにしてマクドナルドを始め、大成功させたかを描く『ファウンダー ハンバーガー帝国のヒミツ』(7月29日公開)だ。

© 2016 Speedee Distribution, LLC. ALL RIGHTS RESERVED
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 マックと言えば、ぼくは日本で一号店(銀座三越店内)ができたころからの付き合いだから、まあ、いろいろな思い出があるわけですよ。いまは、あれがうまいだ、これがダメだとナマイキなことを雑誌やウエブに書いたりしてますが、1971年にマックが上陸したとき、ぼくは高校一年で、「こんなにうまいものがあるのか!」というのが初マックの感想であった。塩から甘く脂っこい味は洗練などとはほど遠い、若く野蛮なぼくの舌に合ったのだ(もっともピクルスのディルの風味だけは、なかなかなじめなかったけど……)。

 娘が小さいころもよく寄ったなあ。子供はマックを与えりゃあ、それも例の事件のチキンナゲットを与えりゃあ大満足なんだから、手抜きと言われようが、忙しかった40代は助かったのである。今は、年に一度食べるかどうか。マックには酒がないし(といっても、あの極端な塩気とケチャップ味に合う酒はなんだろう?)、ケチャップとマスタードと同じぐらいケバケバしい店内では落ち着かないからだ。

 さて、さて、カンのいいひとは既にピンときたであろう。マクドナルドの創業者はマクドナルドさんではないのだ。正確に言うとですね、マクドナルドというハンバーガーショップは、たしかに1950年代、南カリフォルニアでマックとディック・マクドナルド兄弟が始めたハンバーガーショップです。店名もマクドナルドで、レジスタードトレードマーク。ところが、この店の味と、なにより、商品が数十秒ですばやくでてくるシステムにドギモを抜かれ、兄弟を拝み倒し、その支店をシカゴ郊外ではじめたのが、創業者と言われるレイ・クロックなのである。

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 クロックは、今の、いわゆるラストベルトにあたる中西部で業務用のミルクシェイクミキサーを売り歩いていたしがないセールスマンだ。自分じゃ何か新しいことを開発する能力はなかったのだが、見る目はあったのだな。やがて、このマクドナルドのハンバーガーの不思議に人を引き付ける力に確信を持ったクロックは、半ば強引にアメリカ各地に、当時珍しかったフランチャイズ方式でマクドナルドを広げていく。それが自分たちのハンバーガー作りにプライドを持つ兄弟との確執を生むのだが、クロックはあのテこのテを駆使し、結局兄弟からマクドナルドの商標だのなんだの一切合財を巻き上げてしまう。

 むろん莫大な金を払って手に入れた権利なのだけれど、兄弟は別にそんな大金が欲しかったわけではないのだ。なんというかな、働きもので、マジメで、1950年代のザ・アメリカ人のふたりは、誠実にハンバーガー作りを続け、皆から喜んでもらえればそれでよかった。アメリカ建国のピルグリム倫理をどこかに持っていたかんじがするんだ。そのハートの勲章のようなものをを、クロックは、ビリッと引きはがしてしまうのである。

 ぼくは日本人だからかねえ、クロックの欲深さと、手段を選ばないやり口が正直言ってトゥーマッチに思えた。日本のビジネスマンだったら、中国の諺ではないが「井戸を掘った人を忘れない」方式で、この兄弟をご開祖と奉り、本社内に銅像を建ててもフシギではない。毎年本社に招待し、事業の進展を説明したりするだろう。だが、クロックにはそんなセンチメンタリズムは1ミリもないんだね。マクドナルドはおれが始めた、と言ってはばからないのであるから。

 おそらく、この映画を観たアメリカ人も、「競争社会だからしかたがない」と両手を広げるひとが多いと思う。でなければ、こんな映画が作られ、公開されるわけがないじゃないか。第一マクドナルドが許さない。どこかで、クロックをアメリカンドリームの体現者として認めるところが、製作者にも観客にもあるのだ。

 もしビジネスマンのあなたが主人公クロックの立場にいたら、ここまで飽くなき成功を追求できるだろうか。この映画はそう自問しながら観るといい。

 後半、なぜそんなにまでしてマクドナルドの商標にこだわるのかとクロックが質問されるシーンがある。それはクロックが後年のマックの地球規模のサクセスストーリーをすでに予感していたとさえ思える答えで、ビジネスマンとはほど遠いフリーの物書きのぼくですらう~ん唸ってしまった。

「それはマクドナルドという名前だ。この言いやすさ、親しみやすさ、店に入ってみたいというかんじがするだろう? ほかのどんな名前でもダメなのだ」(完全なウロ覚えだが、大要はこんなかんじ)

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『ファウンダー ハンバーガー帝国のヒミツ』
7月29日(土)、角川シネマ有楽町、角川シネマ新宿、渋谷シネパレスほかにて全国ロードショー
オフィシャルHP http://thefounder.jp/

この記事の執筆者
TEXT :
林 信朗 服飾評論家
2017.7.12 更新
『MEN'S CLUB』『Gentry』『DORSO』など、数々のファッション誌の編集長を歴任し、フリーの服飾評論家に。ダンディズムを地で行くセンスと、博覧強記ぶりは業界でも随一。