2020年2月公開の「大人の女性にオススメしたい映画」3選

映画ライターとして多くの映画に触れている坂口さゆりさんが、2020年2月に公開される新作映画の中から、「大人の女性が観ると人生が豊かになる」作品を3作品、ご紹介します。

おすすめするのは、『ザ・ピーナッツバター・ファルコン』『巡礼の約束』『ソン・ランの響き』。

兄弟、夫婦、親子、友達、恋人…。大切な人と過ごした濃密な時間は、それがどんな関係であっても、人生を輝かせてくれる大切なものになります。今回ご紹介する映画は3本とも、心に響く、人間と人間の絆を描いた物語です。

■1:17館から1490館に上映規模が拡大した大ヒット米国映画『ザ・ピーナッツバター・ファルコン』

『ザ・ピーナッツバター・ファルコン』ボートに乗る3人
© 2019 PBF Movie, LLC. All Rights Reserved.

大切な人を失くした喪失感は、実際に経験しないとわかりません。

『ザ・ピーナッツバター・ファルコン』タイラーとザック
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映画『ザ・ピーナッツバター・ファルコン』の主人公、漁師のタイラー(シャイア・ラブーフ)は、最愛の兄を亡くして以来、自暴自棄に陥っている。漁に身を入れるどころか他人の獲物を盗んで生活し、それがバレると逆ギレして逃走。ボートで逃げ出すが、そこには老人養護施設から脱走し、プロレスラーを夢見るダウン症の青年ザック(ザック・ゴッツァーゲン)が乗っていた……。

『ザ・ピーナッツバター・ファルコン』タイラー
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大好きな兄の死という大きな喪失を抱えたタイラーと、ダウン症の青年ザックが旅するロードムービー。ザックがボートに乗っていたのは、子供のころからの「プロレスラーになるという夢」を叶えるためでした。

彼が逃走したのは老人養護施設。若者であっても、身寄りのないザックを受け入れてくれる施設は、そこしかなかったのです。何度も逃走を試みていたザックですが、ついにパンツ一丁で脱出に成功。施設から追われる身となるのでした。

『ザ・ピーナッツバター・ファルコン』ザック
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そんなザックに出会ったタイラーは、ザックがダウン症だからといって色眼鏡で見ることも、特別視することもありません。着る物も食べる物も所持金もないザックにあるのは、プロレスラーになる夢だけ。タイラーはしかし、そんなザックの純粋な夢に引かれ、彼の夢を叶えようと奮闘していきます。

喪失感を抱えたタイラーを癒すかのように、タイラーの肩にそっと手を回すザック。そんなザックに身を預けるタイラーの姿に観る者も温かな気持ちになるはず。バディとして絆を深めていくふたり。ザックはタイラーにとって、神様からの贈り物だったのかもしれません。

Movie Information

自暴自棄になっていた青年とプロレスラーを夢見るダウン症の青年との、出会いと成長を描くハートウォーミングな物語。監督:タイラー・ニルソン、マイケル・シュワルツ 出演:シャイア・ラブーフ、ダコタ・ジョンソン、ザック・ゴッツァーゲンほか。ヒューマントラストシネマ渋谷ほか全国公開中

■2:妻と夫、父と息子…家族の絆が夫婦それぞれの視点から描かれる感動の物語『巡礼の約束』

大切な約束を守れなかった経験をおもちでしょうか。ある意味、それは約束を破られるよりもつらい。自分自身のダメさ加減に呆れ果て、いつまでも心にわだかまりが残るものです。

『巡礼の約束』ウォマとロルジェ
©GARUDA FILM

チベット映画『巡礼の約束』の女性主人公・ウォマも、そんなわだかまりを抱えています。彼女はロルジェと再婚しても、亡くなった前夫との間で交わした約束をずっと果たせず、悶々としていたのでした。チベット文化圏の人々にとって「約束」は非常に重い意味をもつといいます。だからこそウォマは、後半明らかになる前夫にした約束――遺灰を持ってラサ巡礼に行くという約束――を、ずっとロルジェに言えず、悩み続けていました。

ウォマは自身が重い病に冒されていることを知って初めて、前夫との約束を果たすため、聖地ラサ巡礼の旅を決意します。やがてロルジェはウォマを追い、そしてウォマの前夫との息子・ノルウと3人で巡礼に参加。

本作は3人それぞれが約束を果たそうとする「約束」の物語です。チベットの雄大な土地を背景に、人間の心の揺らぎを巧みに描き出します。

映画は前半に妻ウォマ、後半に夫ロルジェを主人公として構成。ソンタルジャ監督は、主人公が変わることでリスクはあったものの、「夫婦というひとつの存在としてとらえる」ことで、映画が成立するのではないかと考えたそうです。実際その言葉どおり、中盤から病に倒れた妻に代わって、ロルジェがノルウを連れてラサへ向かうことで、物語に厚みが増していきます。

自分の命と引き換えに、前夫との約束を果たそうとした妻へ抱くロルジェの複雑な思いは、亡くなったウォマを供養する寺で、ロルジェを思わぬ行動に駆り立てます。

妻が大事に持っていた前夫とのツーショット写真を破り、別々に貼ってふたりを引き離してしまうのです。まるで死んだふたりを一緒にするものか、と言わんばかりに。

また、ウォマが亡くなったことで、血の繋がらない父子の関係も危ういものになってしまいます。ノルウはロルジェのせいで自分が祖父母に預けられたと思っており、ロルジェには怒りを覚えているのでした。

『巡礼の約束』ロルジェと息子ノルウ
©GARUDA FILM

互いに複雑な気持ちを抱えながらも、大切な人を亡くしたことには変わらない、ロルジェとノルウ。ただ、ロルジェはどんな時にも、すべてのものの幸せを願い祈る事を忘れません。旅の途中で出会った仔ロバを連れて、“父子”は雨が降ろうが雪が降ろうが、ただひたすら旅を続けます。

『巡礼の約束』ロルジェとノルウの旅の途中
©GARUDA FILM

果たして、ふたりが歩き続けた先に何が見えたのか。不思議なことに、彼らの巡礼の旅を見ているだけで、私の心も清められたような気がします。

Movie Information

悲しみ、嫉妬、葛藤、怒り……。さまざまな思いを超えて、妻から夫、父から息子と巡礼の約束を果たそうとする家族の絆の物語。監督・共同脚本:ソルタンジャ 出演:ヨンジョンジャ、ニマソンソン、スィチョクジュヤ、ジンバほか。2月8日から岩波ホールほか全国順次公開。配給:ムヴィオラ

■3:美しき男たちの運命的な出会いにときめく!『ソン・ランの響き』

『ソン・ランの響き』ユンとリン・フン
©2018 STUDIO68

今月の3本目は、1980年代のサイゴン(現ホーチミン市)を舞台にしたベトナム映画『ソン・ランの響き』を紹介します。主人公は借金の取り立て屋ですが、本作はヤクザ映画ではありません。ベトナムの民族楽器ソン・ランと大衆演劇カイルオン(ベトナムの大衆オペラ)を愛する男たちの物語です。

各国でさまざまな賞に輝いている本作。2018年の第31回東京国際映画祭では、主演のリエン・ビン・ファットが、若手俳優に与えられるジェムストーン賞を獲得しています。

『ソン・ランの響き』ユン①
©2018 STUDIO68

裏町を仕切る高利貸のもとで働くユン(リエン・ビン・ファット)は、ある日、ユンはカイルオンの劇場へ取り立てに向かう。借金を返済できないと言う団長の態度に、ユンは舞台衣装にガソリンをかけて燃やそうとするが、それを見た劇団の若きスター、リン・フン(アイザック)が慌てて止めに入る。事情を知った彼は、自らの腕時計と金の鎖を差し出し、残りは興行が終わってからとユンに訴えるのだった。

ある日、町の食堂でひとり食事をしていたリン・フンは彼を妬んだ男たちに絡まれ、殴り合いになる。居合わせたユンが助けるが、リン・フンが昏倒したため家で介抱することに。目覚めたリン・フンは舞台に穴を空けた事を後悔して出て行くが、鍵を失くしたことに気づき再びユンの家へ出向く。

最初はぎこちなかったふたりだが、テレビゲームを始めたことで次第に打ち解ける。やがてユンは父がカイルオンの伴奏者だったことを語り、リン・フンもまた、親に最初は役者になることを反対されたこと、初主役の舞台を観に来る途中で両親がバス事故で亡くなったことを話す……。

『ソン・ランの響き』ユン②
©2018 STUDIO68

「奏者と演者にテンポを与えながら、人生のリズムを刻みつつ、芸術家の品性を導いていく」というソン・ランが、ふたりの男たちを結びつけます。実はソン・ランには「ふたり(ソン)男(ラン)」という意味もあるそう。

リン・フンに促されたユンが、弦楽器を両手で弾きながら片足でソン・ランを踏み、リン・フンの歌の伴奏をするシーンは本作のハイライト。哀愁を誘う音色、楽器を優しくていねいに扱うユンの姿は気高く、リン・フンの声とひとつに溶け合います。

『ソン・ランの響き』リン・フン
©2018 STUDIO68

ユンは忘れていた音楽への思いをリン・フンによって思い起こされ、新たな道を切り開こうとします。リン・フンもまた、ユンとの出会いによって、観る者がドギマギするほど感情のほとばしる演技をするように!

観る者は、美しき男たちの運命的な出会いに胸をときめかせつつ、暗い予兆が当たらないことを祈らずにはいられません。恋する喜びと切なさが絶妙に入り混じった一本です。

Movie Information

借金の取り立てを生業とするユンと、ベトナムの伝統歌劇「カイルオン」の花形役者リン・フンがひょんなことから親しくなっていく。新たな道を歩もうとしたユンだが、彼には抗えない運命が待っていた。規模は異なりますが、『さらば、わが愛/覇王別姫』(93年)を少し感じさせる作品です。監督:レオン・レ 出演:リエン・ビン・ファット アイザック スアン・ヒエップほか。2月22日から新宿K's cinemaほか全国順次公開

 

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この記事の執筆者
TEXT :
坂口さゆりさん ライター
BY :
『Precious3月号』小学館、2020年
生命保険会社のOLから編集者を経て、1995年からフリーランスライターに。映画をはじめ、芸能記事や人物インタビューを中心に執筆活動を行う。ミーハー視点で俳優記事を執筆することも多い。最近いちばんの興味は健康&美容。自身を実験台に体にイイコト試験中。主な媒体に『AERA』『週刊朝日』『女性セブン』『朝日新聞』など。著書に『バラバの妻として』『佐川萌え』ほか。 好きなもの:温泉、銭湯、ルッコラ、トマト、イチゴ、桃、シャンパン、日本酒、豆腐、京都、聖書、アロマオイル、マッサージ、睡眠、クラシックバレエ、夏目漱石『門』、花見、チーズケーキ、『ゴッドファーザー』、『ギルバート・グレイプ』、海、田園風景、手紙、万年筆、カード、ぽち袋、鍛えられた筋肉
PHOTO :
© 2019 PBF Movie, LLC. All Rights Reserved.、©GARUDA FILM、©2018 STUDIO68
WRITING :
坂口さゆり(映画ライター)
EDIT :
宮田典子(HATSU)、喜多容子(Precious)