若さは時を経るごとに失われていくものだが、渋さは歳を重ねるほど深めていくことができる。5年後、10年後に、より魅力的な紳士になるための方策をメンズファッション業界が誇る渋いふたりの男から学ぶ。
ファッション界の重鎮に学ぶ真の紳士道
MEN'S Preious(以下MP) 紳士たるもの渋くあれ、というのが今回、われわれが提案したいテーマのひとつなのですが、どうすればおふたりのように渋い大人になれますか?
白井 まず申し上げたいのは、渋い男というのは自分で意識するものではないということです。渋い色を身につけようとか、渋い服装をしようとか、そういう演出ではないんですよね。あたりまえのことですが。
赤峰 渋いというのは傍はたから見てそう思うものですからね
白井 ヘンに若づくりしないことが基本になるんじゃないでしょうか。私が若いときは、むしろ早く歳をとりたいと思っていたくらいです。
赤峰 白井さんの時代は、今より魅力的なオヤジが周りに多かったですよね。こんなふうに歳をとりたいと憧れていたものです。明治・大正の大人は、生活様式が格好よかったんですよ。当時は既製服などありませんから、服は誂あつらえるもの。三つ組み・吊りズボンで仕立てたスーツを着て出かけて、帰ってきたらお袋が「お帰りなさいませ」と出迎える。脱いだジャケットを衣い桁こうにかけて、和服に着替える。帯は※兵児帯。それで居間で晩飯を食べる。そんな姿を見て、これが大人なんだと思っていました。
白井 そうそう。はき物は雪駄じゃなくて下駄ね。今から見ると、そういう男は渋いと映るだろうけど、それが昔はあたりまえでした。僕らもそんな大人に自然と憧れていた。スーツも紺を着ると若く見えちゃうから、ベージュや茶を着たりしてね。
MP そういう大人像がおふたりのベースになっているということですね。では、おふたりのファッションのルーツはどういったところにあるのでしょう?
白井 原体験になっているのは進駐軍ですね。小学校2年生のときに終戦を迎えて、その後は毎日のように街ゆく人を見るわけなんですが、その服装が単純に格好いいなと思いました。私は靴をピカピカに磨くのが好きで、今でも自分で手入れをしているんですが、それも進駐軍のカルチャーに影響を受けたことですね。
赤峰 戦後、西洋の映画や音楽なども音を立てるようにやってくるわけですから、若者にとってみれば刺激の嵐なわけです。
白井 そう。ハリウッド映画なんかもそのひとつで、服装に関しても影響を受けました。当時はファッション雑誌なんかないですし、映画しか洋服の着こなしを参考にできるものがなかったですから。
赤峰 私も若いときはヨーロッパの映画に夢中でした。イタリアの※ネオレアリズモ映画は特によく見ましたね。ロベルト・ロッセリーニ、ルキノ・ヴィスコンティ、フェデリコ・フェリーニなどなど。それからフランスのフィルム・ノワールにも影響を受けています。スタイルの礎ですね。
白井 映画は意外と脇役が格好いいんだよね。『裏窓』で※ウェンデル・コーリイが演じてた刑事役とか。ダブルブレストのスーツを着ていて、派手ではないんですけれど、たたずまいが不思議と印象に残るんです。
赤峰 刑事役の服装は印象深いものがたくさんありますよね。私も映画館で『お熱いのがお好き』の※ジョージ・ラフトの服装を見て、これは痺しびれるなと思ったりしていました。
白井 映画で服装を学んだというのは世代によるところも大きいですね。
赤峰 そうですね、アメリカ映画に夢中になって、アメリカントラッドに傾倒した人もいるし、ヨーロッパ映画が好きだった人もいる。私はいろいろな国の映画から影響を受けて、いいとこ取りしているような感じでしょうか。※ウェイアウトの時代にはボタンダウンシャツをつくったり、実は今まで、さまざまなテイストに挑戦してきたんですよ。
MP おふたりは長い時間をかけてご自身のスタイルを構築してきたわけですが、昔から変わらないポリシーのようなものはありますか?
白井 オーセンティックであるということでしょうか。クラシックとはちょっとニュアンスが違いますね。クラシックというと、いかにも古めかしい感じがするでしょ。でも、昔から流行りものは嫌いなんです。流れて行くと書くとおり、一過性のものですからね。トレンドとか聞くと、逆に避けたくなっちゃう。
赤峰 まったくもって同感です。トレンドに流されても、身になることは少ないと思いますね。今、サステナビリティとかエシカルといった概念が服飾業界にも浸透しつつありますが、それでも依然として、年間10億着もの洋服が廃棄されているそうです。一過性の流行の大量生産・大量廃棄を繰り返して、何がサステナビリティかということですよね。それなら、古きよきスタンダードを汲んだものを買って、長く着るほうがよほどいいわけです。
白井 それと、あまり好みをコロコロと変えないことですかね。クラシコイタリアブームの時代は、ついこの間までアルマーニを着ていた人が突然キートンに鞍替えして得意になっていたりとか、そんなのがいっぱいいたんです。感心しないですね。
赤峰 自分も一時期クラシックをやっていてねなんてことを言う人がときどきいますが、それは本物のクラシックじゃないんですよ。何事も、長く続けることは凄く大切なんです。そうすることで、少しずつスタイルが身についてきますし、渋さにも繫がるんじゃないでしょうか。
白井 今の若い人にアドバイスしたいことがひとつあるんです。それは、多少無理をしてでも良質なものを買ったほうがいいということ。そして、それを長く使い続けること。そうすると、服が自分のものになっていく感覚を味わえるはずです。
赤峰 われわれの感覚からすると、ピカピカの新品というのはちょっと気恥ずかしいんです。シャツのそで口がヨレてきたりなんかすると、ちょっとうれしくなっちゃいますね。
白井 ※ルチアーノ・バルベラさんなんかも、結構擦り切れたシャツを着たりしてるんですよね。
赤峰 しかし、そうやって経年変化させるにはモノがよくなければダメ。だから質にこだわるべきなんです。素材がいいだけとかじゃなくて、つくりも大切ですね。スーツでいうと、表地がいくら高級でも芯地が粗悪では意味がないわけです。しっかり手間暇をかけてつくられたものでないといけない。料理と一緒です。しっかり時間をかけてダシをとって、手間を惜しまず調理すれば、濃い味付けをしなくても美味いのです。
白井 そう。インスタントとか化学調味料みたいなのはよくないし、飽きる。服もしかりです。私も最近は何十年も前に買ったものしか着ていません。このA・カラチェニのスーツは1996年に仕立てたものですし、もっと古いものもいまだ現役です。
赤峰 スーツに関しては、一度ビスポークを経験してみることを強くおすすめします。既製服というのは万人向けに最大公約数のフィットでつくるわけですから、完璧に体に合うということはまずありません。100%自分に合ったスーツを着て、それを長い時間かけて着込んでいくと、服が体に寄り添ってくるようになります。そうなってからが本番ですよ。
白井 あとはブランドだけで良し悪しを判断しないことも大切です。私が大好きだった仕立てのシャツ屋さんで「エンドウ」というお店があったのですが、海外の有名ブランドよりずっと質がよかった。いいものを長く着ていれば、自然と見る目も養われてきますから、そういう意味でもメリットがあるのです。
MP では次に、渋い着こなしについてお伺いします。おふたりとも、よく見ると独特なポイントがたくさんありますね。白井さんはカフの上から時計を着用されていますが……。
白井 これは※ジャンニ・アニエッリが元祖と言われていますよね。ルチアーノ・バルベラさんも実践していました。暑い時期にはいいんですよ。手首がかぶれたりしないんで。
MP 赤峰さんは時計をしているほうのカフをペロリとめくっていますね。
赤峰 これは単純に時計を見やすくするためですね。私はシャツのカフスを手首ぴったりに仕立てて、そでをブラウジングさせるのが好きなものですから。そうすると、カフの端をめくらないと時計が見えないのです。あとは、服装はアシメトリーなほうが格好いいかなというところもありますね。ネクタイだって、ディンプルやノットが完全に左右対称になっているより、多少無造作なほうが味があっていいですよね。タイは鏡を見ないで結べるようになって一人前と思っています。
白井 理由や意味のないハズシみたいなのはいただけないですね。クラシコイタリアブーム以降、そういうのが蔓延してしまいましたが。
赤峰 この間、スーツの胸ポケットに高級ブランドの万年筆を挿している若者がいて、ヒネリのテクですなんて言うんです。じゃあお前、その万年筆を使って、紙に縦で字を書いてみろと言ってみたら、書いた字がヘロヘロなわけですよ。そういうのは極めて滑稽ですよね。
MP それはきまりが悪い(笑)。では、おふたりから見てこの人は渋いなと思うのは誰ですか?
赤峰 ※古波蔵保好なんかは渋いですよね。味があって粋だと思う。
白井 一見なんでもないんだけどね、なんでもあるんですよ。それがいちばん難しくて、なかなかできないんです。
赤峰 なんでもあるごっこは簡単なんです。昭和初期のスタイルをコピーするとか、古いヴィンテージを着るとかね。でも、それではコスプレになってしまう。
MP 両者の差はどこなのでしょう?
白井 ひとつはさっき話に出ていた服を自分のものにするということと、あとは所作じゃないでしょうかね。たとえば帽子にしても、ただ被ればいいわけじゃないんです。車内や室内ではちゃんと脱帽するとか、基本的なマナーが骨身に染み付いていて、それが自然とできなければいけない。日本人は食事するときにスーツの上着を脱ぐでしょ。あれも本当はよくないんですよ。
赤峰 英国紳士と食事していると、テーブルにつくときはさりげなくジャケットのボタンを外す、立ち上がると留めるという所作を実に自然と行うのです。基本ですが、普段から習慣づけていないと、どうしてもぎこちなくなってしまいます。
白井 『太陽がいっぱい』で※モーリス・ロネがアラン・ドロンに魚の食べ方を教えるシーンがありますけど、そこでは完全にロネの存在感がドロンを食っちゃってるよね。
赤峰 最初の話に戻りますが、渋いというのはライフスタイルなんです。衣・食・住・遊にバランスよく通ずる人は、独特の気配を醸し出します。その気配こそが渋さの源といえるでしょうね。
- TEXT :
- MEN'S Precious編集部
- BY :
- MEN'S Precious2019秋号より
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- PHOTO :
- 川田有二
- STYLIST :
- 河又雅俊
- COOPERATION :
- 家所純子
- WRITING :
- 小曽根広光