スーツで正装する必要が薄れつつある現代において、スーツの存在意義とは何だろうか。
制服のようにスーツを着る必要がなくなれば、無味乾燥な量産スーツは激減するだろう。一方、重要な場面で、最高のバージョンの自分で臨まねばならない場で、いわば勝負服としてのスーツの価値は、高まるはずである。世界を舞台とするビジネスや社交の場において、自分の核となるアイデンティティを引き立て、自他に最高の効果を及ぼすスーツとなれば、装いのルールが混迷する時代においては、いっそう貴重となる。
紳士の新しい装いが、 日本屈指の生地メーカーから始まった
今こそ必要なのは、世界のいかなる舞台に立とうと日本のアイデンティティを誇ることができる、華のある日本製のスーツである。日本のプライドを香らせ、個人に最大限の力を発揮させ、場に信頼感を与え、また日本の持続的発展にも貢献するスーツ。そんな至高のスーツを創り上げるプロジェクトが始動した。
果敢に挑むのは、中外国島とアルデックスである。
毛織物ファクトリーの老舗、中外国島が2019年秋、満を持して発表したのが、「Chugai Kunishima1850」というスーツ向けの生地コレクションである。海外の生地の色出しを印象派のモネの絵に喩えるならば、「Chugai Kunishima1850」は北斎の浮世絵。一見、普通のネイビーが光の当たり具合により絶妙に表情を変える。
潤いのある適度なハリ感が、触れて心地よい。世界最大の生地見本市ミラノウニカでは絶賛を博し、すでに海外ブランドからの注文が殺到している。
究極の仕立て映えを目ざしてつくられたこの生地から、アルデックスが理想のスーツを縫い上げる。
補正の少ないバランスのよい美しさを追求し、CADでパターンを起こし、CAM(自動裁断機)で裁断する。ここから先の工程は、熟練職人が、いわば生地と会話をしながらミシンと手縫いを使い分けて縫い上げていく。裁断までを機械化するのは、むしろ手縫いの過程を重視するため。貴重な職人技術をこの過程に注力するための合理化である。かくしてイタリアのやわらかさでもない、イギリスの堅牢さでもない、強くてしなやかな、「日本らしい」印象と着心地が生まれる。
このように日本の伝統的産地とそこで働く人々を守る優しさのある環境から生まれたスーツは、新時代の倫理も含めた現代的な美しさの凜とした結晶である。(至高の「伝え手」/中野香織)
中外国島の生地
日本を代表する生地産地、尾州(尾張一宮を中心としたエリア)。その中でも最古の歴史を誇る、1850年創業の毛織物ファクトリーが「中外国島」である。生地づくりに適した硬度の低い水を使える地の利と、高度な技術レベル。そして湿度や温度、空気の流れまでを厳密にコントロールする、管理体制。そのすべてを備えたこちらの生地は、今や世界のメゾンブランドからの引き合いも絶えないという。そんな老舗が2019年に設立したのが、自社ブランド「Chugai Kunishima 1850」。その奥ゆかしくも華やかな色彩と質感は、日本画の美意識を彷彿させる。
アルデックスの仕立て
「Chugai Kunishima 1850」の上質な生地を、スーツとして具現化するパートナーが、「アルデックス」。愛知県豊橋市を拠点とする、1958年創業の工房ブランドだ。イタリアンサルトを彷彿させる工芸品のようなスーツを量産するために、こちらはいち早く裁断を自動化。その分の手間と人件費を縫製やアイロンといった工程に注ぎ込むことによって、世界屈指のクオリティを実現した。若い職人の育成、障碍者雇用、工場のバリアフリー化……。「洋服づくりは人づくり」と山口達三社長が語るように、そのものづくりには人間本位の思想が宿っている。
※2019年冬号掲載時の情報です。
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- TEXT :
- MEN'S Precious編集部
- BY :
- MEN'S Precious2020年冬号より
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