モダン・ジェントルマン、変わらぬ「らしさ」

モダン・ジェントルマン像は多種多様に幅が広がったが、そんな時代にあっても、変わらないジェントルマンらしさがあるとすれば、いったい何だろうか。3つ考えてみた。

まずは、何があってもあまり感情ないし本心を見せず、静かに受け流す態度である。

戦時中に「落ち着いて、そのまま毎日を続けよう(Keep Calm and Carry On)」という標語が考案され、21世紀に復活しておみやげ品などにも使われているのだが、まさにその態度に普遍的なジェントルマンらしさがある。実は、この精神は17世紀から変わらず、清教徒革命の動乱のさなかに、アイザック・ウォルトンが釣りの本『釣魚大全』を書いている。動乱の時代だからこそ心穏やかに釣りのことでも考えようじゃないかという、見方によってはかなりアナーキーな姿勢の表れがこの名著である。

次に、アンダーステイトメント、それとセットになったユーモアである。

アンダーステイトメントとは、ドラマティックなことを極めて控えめにさりげなく表現してみせること。そのさりげない表現自体が強烈なアイロニーとなって、えもいわれぬおかしさがたちのぼる。反対語はハイパーボル、誇張である。

このアンダーステイトメントは、イギリスが誇る巨匠ヒッチコックが映画の技法として駆使したことでも知られる。大事件が起ころうと激情にかられようと死体が転がっていようと、あたかも日常であるかの調子で、騒ぎ立てることなく、興奮しすぎることなく、さりげなく。制御を効かせれば効かせるほど、じわじわくる。

アンダーステイトメントは、装いにおいても表現される。ひねりのあるジェントルマンスタイルで人気を誇るジェレミー・ハケット氏は、3年前に行ったトークショーのなかで、ジェントルマンの装いに必要なことは何かという質問に、「気づかれないこと(Unnoticed)」と答えてくれた。ダンディズムの祖、ジョージ・ブライアン・ブランメルが、「通りを歩いていて振り向かれたら、君の装いは失敗である」と語ったこととも通じる。ブランメルは2時間半かけて「さりげない」ネッククロスを構築したが、モダン・ジェントルマンは、型にはまらず、そのときの気分に応じた形でポケットチーフを「さりげなく」挿す。型をたたき込まれているから型をくずせるという余裕があるところが心憎いのだが。

そして最後に、「わかりにくさ」、これに尽きる。

どこまでが本心がわからない。どこで排他の線引きをしているのかわからない。さりげなさすぎて皮肉なのかユーモアなのか明瞭にはわからない。おそらくすべてに意図があるのだろうが、それはついぞ明かされない。50のシェイドどころか100のシェイドもありそうな、明から暗までの、コントロールされたグレーの魅力。それがあるからこそ、ジェントルマンは昔も今も、かくもブランド力を失わないのである。

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WRITING :
中野香織
コーディネート :
森 昌利・大平美智子