令和2年4月1日にスタートした新制度「配偶者居住権」とは?「残された妻が遺産分割で生活が苦しくなる」ことを防ぐための制度です

日本の高齢化率(全人口に占める65歳以上の人の割合)は増加の一途をたどっており、総務省統計局の調査では2019年は28.4%。それに伴い、相続が発した場合の被相続人(亡くなった人)の高齢化も進んでいます。

被相続人のうち80歳以上の人の割合は、1989年に38.9%だったのが、2013年には68.3%まで増加(第25回税制調査会「財務省説明資料〈相続税・贈与税〉」2015年10月27日より)。

人口の高齢化は進んでいるのに、相続に関するルールを定めた民法は、1980年以降、大きな改正がないまま運用されていたため、旧来の法律では対応できない事例が目立つようになっていました。

日本の高齢化率(全人口に占める65歳以上の人の割合)は増加の一途
日本の高齢化率(全人口に占める65歳以上の人の割合)は増加の一途

そこで、2018年7月、遺言書の書き方や遺留分の考え方など、相続の手続きに関する民法が見直され、2019年1月から順次施行されています。そして、この法改正で創設された制度のひとつが、今年(2020年)4月1日に施行された「配偶者居住権」です。

配偶者居住権は、自宅に関する権利を、住む権利(居住権)と、売却などをする権利(所有権)に分けることで、妻が遺産分割によって住み慣れた自宅を売却することなく、その家に一生涯無償で住めるようにした制度で、夫に先立たれた高齢の妻の生活の安定を図ることを目的に作られました。

前編記事では、ケイコさんのケースをもとに、配偶者居住権を使って、夫の先妻の子どもとの相続トラブルを避ける方法、利用にあたっての注意点などを確認しました。

【前編】「夫には前妻との間に子どもがいます。遺産分割するためには、私が住む自宅を売却しなければならないのでしょうか?」

配偶者居住権は、夫に先立たれた高齢の妻が、遺産分割によって生活が困窮しないよう、配慮して作られた制度ですが、評価額の計算方法から、上手に活用すれば相続税を抑えられる可能性もあります。

そのため、ケイコさんのように相続トラブルの火種がない家庭でも、節税対策として利用が検討されています。

後編では、配偶者居住権を活用した節税対策について、前編に引き続き『自分でできる相続税申告』(自由国民社)などの著書があり、相続問題に詳しい税理士の福田真弓さんにアドバイスしていただきます。

配偶者の税額軽減を使えば、相続税は無税になるけれど……

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世田谷区若林界隈

【ケーススタディ】ソノコさん(65歳)が、トキオさん(70歳)と結婚したのは40年前。新婚生活は、六畳二間の小さなアパートからスタートし、2年後、一人娘のノリカさんを授かりました。

その後、子どもの成長に伴って郊外の分譲マンションに引っ越しましたが、25年前に念願の一戸建てを東京・世田谷区に購入しました。

10年前、娘のノリカさんは結婚。夫のヨウイチさんと共有名義でマンションを購入し、そこで子どもたちと暮らしています。

世田谷の自宅は、ソノコさんの趣味を生かした古民家風の木造住宅で、名義はすべてトキオさんになっています。家のほかには、預貯金が少しありますが、それらは生活費として取り崩しているので、めぼしい相続財産は自宅のみといえるでしょう。

「今は夫婦ともに元気ですが、夫も70歳。そろそろ、相続について考えておいたほうがいいかなと思って、先日、地元の不動産業者に自宅の評価額を調べてもらったところ、建物が1000万円、土地が6000万円で合計7000万円ということでした。

どうやら相続税の基礎控除額を超えてしまうらしいのですが、何かよい対策はあるでしょうか?」(ソノコさん)

相続税には、相続財産が一定額までは課税されないように配慮した基礎控除額があり、誰でも【3000万円+600万円×法定相続人の数】を相続財産から差し引くことができます。

トキオさんが亡くなった場合、法定相続人は、妻のソノコさんと娘のノリカさんのふたりなので、このケースの基礎控除額は【3000万円+600万円×2人=4200万円】。トキオさんの相続財産の合計は7000万円なので、原則的には基礎控除額の4200万円を超えた、2800万円に相続税が課税されることになっています。

「ただし、夫の財産の形成には妻の貢献もあったという考え方から、戸籍上の妻は、通常よりも有利に夫の財産を相続できるように配慮された『配偶者の税額軽減』を利用することができます」(福田さん)

配偶者の税額軽減は、相続財産の法定相続分、もしくは1億6000万円のいずれから高いほうの金額まで、相続税が非課税になるというもの。

トキオさんの相続財産は7000万円なので、ソノコさんが自宅の権利をすべて相続して、配偶者の税額軽減の申告をすれば、今回の一次相続では相続税はかかりません。

「なーんだ、それなら安心」と思うかもしれませんが、問題はこの先、ソノコさんが亡くなった場合の2次相続での負担が大きくなる可能性があるということです。

持ち家に住んでいる別居親族は、小規模宅地等の特例は使えない!

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持ち家に住んでいる別居親族は、小規模宅地等の特例は使えない

自宅(居住用不動産)の相続では、亡くなった人(被相続人)の配偶者や同居していた子どもなどの親族の相続税負担を軽くできる「小規模宅地等の特例」という制度があります。

小規模宅地等の特例は、残された家族が暮らしていくために必要な、自宅や事業用の店舗などを失わないように配慮した制度で、土地部分の相続税の負担を減額してくれるというものです。

特例の対象になるのは、自宅の場合は被相続人が住んでいた自宅の建っている土地で、敷地面積330㎡までは課税価格を8割減額してくれるので、利用できれば大きな減税効果が期待できます。ただし、利用には一定要件があり、親族ならだれでも使えるわけではありません。

「配偶者は無条件で利用できますが、子どもは原則的に同居していることが利用の条件です。別居している子どもも一定要件を満たせば特例の対象になる『通称・家なき子特例』も設けられていますが、制度を悪用するケースが目立つようになったため、2018年4月から要件が厳格化されています」(福田さん)

以前は、相続開始前3年以内に自分、または配偶者が所有する家に住んでいなければ、家なき子特例を利用することはできました。でも、親の家の相続に備えて、自分の持ち家を子どもの名義に書き換えて、自分は賃貸住宅で暮らすなど、制度の隙をついて納税を逃れるケースが報告されるようになったのです。

そのため、別居の親族で家なき子特例を使うためには、「三親等内の親族や、特別の関係にある法人が所有する国内の家に住んでいないこと」「過去に自分や配偶者が所有していた家に住んでいないこと」という要件が加えられたのです。

「実家に住民票を移せば使えるのでは?」といった考えも浮かぶかもしれませんが、居住要件は、実際に住んでいるかどうかで判断されるので、住民票を移しただけでは、小規模宅地等の特例は利用できません。親の介護のために、半年間だけ実家で同居していたといったケースも、対象にはなりません。

夫と共有名義のマンションで暮らしているノリカさんは、家なき子特例を使えません。ソノコさんが亡くなった場合の2次相続では、法定相続人はノリカさんひとりだけになるので、相続税の基礎控除額は【3000万円+600万円×1人=で3600万円】となります。

自宅の評価が変わらない場合、ソノコさんの相続財産は7000万円となり、基礎控除額の3600万円を超える3400万円が課税価格となるので、ノリカさんは相続税を480万円支払わなければなりません。

そこで考えたいのが、新設される配偶者居住権の活用です。

配偶者居住権を利用すると、相続税が340万円も節税できる!

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世田谷区三軒茶屋上空

「配偶者居住権を利用するときの自宅の評価額は、建物は住宅の残存耐用年数と配偶者の平均余命などで計算し、配偶者居住権に基づく敷地の利用権は、土地の時価と配偶者の平均余命などをもとに計算します。居住権分部は売却することができず、配偶者の死亡によって消滅するので、2次相続時には遺産としてカウントされなくなるのです」(福田さん)

住宅の残存耐用年数は、木造なのか鉄筋なのかなど構造によって異なり、トキオさんが所有する築年数25年の木造住宅の場合は8年です。これをもとに、7000万円の自宅の配偶者居住権を計算してみましょう。

今、トキオさんが亡くなったと仮定すると、配偶者であるソノコさんの居住権・敷地利用権の評価額は4048万円、子どもであるノリカさんの所有権は2952万円になります。

トキオさん死亡時の一次相続では、戸籍上の配偶者であるソノコさんは、自分が相続する居住権部分に配偶者の税額軽減を使えるので相続税はかかりません。

一方、ノリカさんの取り分には、一時相続では相続税が135万円かかります。でも、将来的にソノコさんが亡くなると居住権部分は消滅してしまうので、二次相続では相続税は発生しなくなります。

配偶者居住権を使わずに、一時相続でソノコさんが7000万円の自宅をすべて相続すると、2次相続でも娘のノリカさんは同じように7000万円を相続することになり、相続税が480万円かかります。でも、ソノコさんが配偶者居住権を利用すれば、ノリカさんが支払うのは1次相続時の135万円だけでよくなります。

つまり、何も策を講じないと480万円かかる相続税が、配偶者居住権を設定することで135万円になり、345万円も節税できることになるのです。

このように、評価額の計算方法から、配偶者居住権はトラブルのない家庭でも利用が検討されています。配偶者居住権は、2020年4月1日以降に発生した相続から利用が可能です。相続を有利に進めるための選択肢のひとつとして、頭に入れておきたい新制度です。

福田真弓さん
税理士
(ふくだ まゆみ)1973年、神奈川県横浜市生まれ。青山学院大学経営学部卒。2003年1月に税理士登録。税理士法人タクトコンサルティング、および野村證券(株)で、富裕層への相続や事業承継対策を提案。2008年12月に独立し、相続税・贈与税の税務申告をはじめ、会計税務やマネー全般に関する個別相談・提案業務などを行う。新聞記事へのコメント、雑誌の取材や記事執筆、講演、セミナー、テレビ出演の実績も多数。著書に『自分でできる相続税申告』(自由国民社)など。共著書『身近な人が亡くなった後の手続のすべて』(自由国民社)は、累計76万4000部のベストセラーに。

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この記事の執筆者
1968年、千葉県生まれ。編集プロダクション勤務後、1999年に独立。医療や年金などの社会保障制度、家計の節約など身の回りのお金の情報について、新聞や雑誌、ネットサイトに寄稿。おもな著書に「読むだけで200万円節約できる!医療費と医療保険&介護保険のトクする裏ワザ30」(ダイヤモンド社)がある。