「大人の女性にオススメしたい映画」3選
映画ライターとして多くの映画に触れている坂口さゆりさんが、今月は「大人の女性が観ると人生が豊かになる」作品を3作品ご紹介します。
おすすめするのは、『在りし日の歌』『カセットテープ・ダイアリーズ』『ペトルーニャに祝福を』の3作品。こんなときだからこそ、改めて本当に幸せに気づかされたり、明るく前向きな物語に勇気をもらえたり、心のモヤモヤがすっきり晴れるような映画に元気をもらいましょう!
※本記事は、2020年4月7日の緊急事態宣言の発出前に製作されたものです。新型コロナウィルス感染拡大の影響で、各映画の公開に延期・変更があります。上映状況は随時公式HPをご確認ください。
■1:何があっても共に生きる夫婦を通して、中国激動の30年史を描く映画『在りし日の歌』
1980年代半ばから始まる激動の中国30年間を背景に、一人息子を亡くした夫婦の悲喜こもごもを描いた人間ドラマです。
ヤオジュンとリーユン夫妻、インミンとハイイエン夫妻は共に、中国地方都市にある国有企業で働く労働者仲間。同じ日に生まれた息子たちにシンとハオと名づけ、親しくつきあっていました。
ところが1994年のある日、川に遊びに行ったふたりのうち、ヤオジュンとリーユン夫妻の息子シンが命を落としてしまいます。深い悲しみに暮れる夫妻は、やがて住み慣れた故郷を捨てて、だれも知らない土地で暮らし始めます。そして、月日は流れていき……。
時代に翻弄された夫婦を主人公に、物語は現在と過去を行きつ戻りつしながら、激動の中国史を浮き上がらせていきます。たとえば、ひとりっ子政策がとられた’80年代。ヤオジュンとリーユン夫妻はふたり目の子を授かりますが、ハイイエンに気づかれ無理やり堕胎させられてしまいます。
そして、リーユンは二度と妊娠できない体になってしまうのでした。そんな過去を背負った夫婦が一粒種のシンを失ってしまうのです。シンの死は二組の夫婦にとって、いつまでも消えない暗い影を落とすのでした。
大切な息子を亡くしたふたりの悲しみは、本当のところ、夫婦ふたりにしか理解できないことでしょう。そして、失った息子の代わりに養子を取ったことでの苦労も分かち合えるのはふたりだけです。
ヤオジュンとリーユン夫妻のように、どんなことがあろうとも「お互いのために生きている」と言い合える夫婦関係を築くまでに、一体どれほどの歳月がかかることか。
長い年月をともにすることで味わえる幸せがあるーー。ヤオジュンとリーユン夫妻の姿が心を打つのは、改めてそんな事実に気づかせてくれるからかもしれません。
Movie Information
監督:ワン・シャオシュアイ 出演:ワン・ジンチュン、ヨン・メイ、チー・シー、ワン・ユエン、ドゥー・ジャン、アイ・リーヤーほか。角川シネマ有楽町、Bunkamuraル・シネマほか全国公開中。 配給:ビターズ・エンド ※上映状況は各劇場のHPで確認 にてご確認ください。
■2:思いがけず人生を好転させる、音楽の力に心震える青春映画『カセットテープ・ダイアリーズ』
2018年は『ボヘミアン・ラプソディ』でクイーン、2019年は『イエスタデイ』でザ・ビートルズの名曲の数々を聴き直すことになりましたが、今年は米国を代表する大物シンガーソングライター、ブルース・スプリングスティーンにハマってしまいそうです! 彼の名曲をモチーフにした映画『カセットテープ・ダイアリーズ』を見ながら、若かりしころの甘酸っぱい思い出がまざまざと蘇ってきました。
映画はスプリングスティーンの音楽と出合ったことで、自分自身の人生を進み始める少年ジャベドの物語です。
舞台は1987年、英国の田舎町ルートン。保守的な町だけに、パキスタン系の16歳の少年ジャベドにとっては生きづらくて仕方がありません。
移民への偏見や差別を受けることは日常茶飯事。家の中でもパキスタン家庭の伝統が息づいていて、父親の命令には絶対服従。父への反感を抱きながらも反抗はできず、おとなしくやり過ごすという、リア充な青春には程遠い日々を送っているのでした。
そんなジャベドがムスリム系の陽気なクラスメイト、ルーブスと親しくなります。ある日、彼が貸してくれた音楽は、米国で《ボス》と呼ばれるロック界の重鎮、スプリングスティーンの『ボーン・イン・ザ・USA』と『闇に吠える街』のカセットテープ。
初めて聴いたその音楽は、まるでジャベドの気持ちを歌っているかのようで大きな衝撃を受けるのでした。生きた言葉を乗せた音楽には、人の一生を左右する力があるのです。
どこか萎縮しながら生きてきたジャベドが、スプリングスティーンの音楽を知ったことで生き方が変わる! “自分の言葉”を見つけ、未来に向かって歩き出す!
“Talk about a dream , try to make it real”
そんなスプリングスティーンの言葉を地でいく、清々しい青春映画。こんなご時世だけに、前向きな映画は気分転換に打ってつけです。
Movie information
監督:グリンダ・チャーダ 出演:ヴィヴェイク・カルラ、クルヴィンダー・ギール、ミーラ・ガナトラ、ディーン=チャールズ・チャップマンほか。TOHOシネマズ シャンテほか全国公開予定。 配給:ポニー・キャニオン ※4月17日を予定していた公開が延期されました。改めて詳しい公開日程は公式HP にてご確認ください。
■3:女性の生きづらさをユーモアたっぷりに描く、実話ベースの映画『ペトルーニャに祝福を』
「史学科で学んでも就職先がないよ」。マケドニアを舞台にした映画『ペトルーニャに祝福を』が始まって間もなく、思い出したのは、高校時代に世界史が得意だった同級生のこと。
当時は四年制大学へ進む女性が多くはなく、女性、四大、史学科はまるで就職への足かせになるかのような言われよう。実際そうだったのかもしれませんが、どうにもモヤモヤした気持ちが残ったことを覚えています。
本作の主人公ペトルーニャも四年制大学の史学科を卒業したものの、学歴相応の就職先はなく、両親と同居、ウェイトレスとして働く32歳の女性です。しかも彼女、太めで美人ともおしゃれとも言い難い。ボーイフレンドもいません。
そんな彼女に母親は知人のつてで探してきた繊維工場での就職をすすめます。ミシンを踏む従業員としてではなく事務業務。「本当の年齢を隠して25歳と言うのよ」としつこく忠告する母にうんざりしながらも、ペトルーニャは友人から服を借り、面接に向かいます。
ところが、面接を受けてみれば、面接官は「42歳に見える」と暴言を吐き、おまけにセクハラまで……。
最悪の面接に怒り心頭、モヤモヤを抱えながらの帰り道、ペトルーニャはキリストの受洗を祝う「神現祭」の群衆に遭遇します。それは司祭が川に投げた十字架を最初に見つけた男性が、1年を幸福に過ごせると信じられている祭。日本でいえば、西宮神社の「福男選び」のようなものでしょうか?
開門と同時に男たちがダッシュし、参拝一番乗りの「一番福」を目指すという正月の風物詩を思い出してしまいました。
そんな祭の人並みに飲まれて川沿いまで来たペトルーニャは、投げ込まれた十字架を見て思わず川に飛び込み、十字架をゲットします。ところが、男たちは喜ぶ彼女の手から十字架を奪い取り、ペトルーニャと罵り合いに。いきりたつ男たちをなだめる司祭ですが、場は混乱。その隙にペトルーニャは十字架を奪い取って逃走、自宅へ戻るのでした。
前代未聞の成り行きに、警察や祭の取材にきていたテレビ局の女性リポーターまでも巻き込んで一大騒動に発展。ペトルーニャはついに警察へ連行されてしまうのですが……。
冒頭はどこかユルさを感じさせ好印象を感じられないペトルーニャですが、物語が進むほどにどんどん魅力的になっていく! 警察署内に連行されてからの彼女の凛とした態度には、神々しささえ感じます。男性たちから見れば男の祭で十字架を奪った女は許せない。
でも、ペトルーニャの行動は私たちに根本的な疑問を投げかけます。なぜ祭は男だけのものなのか? なぜ女性が参加してはいけないのか? 女性は幸せを得る権利がないのか……?
この物語は、実際にマケドニア東部の町で起こった事件がベースとなっているそう。テオナ・ストゥルガル・ミテフスカ監督が感じた、社会に深く根づいた女性蔑視や社会の同調圧力への苛立ちが、監督を映画制作へ駆り立てたといいます。
とはいえ、本作は決して堅苦しいフェミニズム映画でも悲劇でもありません。ペトルーニャを演じたゾリツァ・ヌシェヴァさんはコメディ女優だそうですが、彼女から醸し出される雰囲気も相まって、ユーモアさえ漂います。観終えたあとは実にスッキリ。元気になること請け合いです。
Movie information
監督:テオナ・ストゥルガル・ミテフスカ 出演:ゾリツァ・ヌシェヴァ、ラビナ・ミテフスカほか。 2021年初夏より岩波ホールほか順次公開。配給:アルバトロス・フィルム ※4月25日を予定していた公開が2021年初夏に延期されました。改めて詳しい公開日程は公式HP にてご確認ください。
- TEXT :
- 坂口さゆりさん ライター
- BY :
- 『Precious5月号』小学館、2020年
- PHOTO :
- © Dongchun Films Production、©BIF Bruce Limited 2019、© Pyramide International
- WRITING :
- 坂口さゆり(映画ライター)
- EDIT :
- 宮田典子(HATSU)、喜多容子(Precious)