大人の女性におすすめ! 2020年初夏の最新「映画」3選
映画ライターとして多くの映画に触れている坂口さゆりさんが、今月も「大人の女性が観ると人生が豊かになる」作品をご紹介します。
おすすめするのは、ポルトガルの世界遺産シントラの町を舞台にしたイザベル・ユペールの主演作『ポルトガル、夏の終わり』、2002年から放送されたNHKの人気ドキュメンタリーシリーズ「秩父山中 花のあとさき」を映画化した『花のあとさき ムツばあさんの歩いた道』、絶滅寸前の渡り鳥を救うため無謀な挑戦に挑んだ父子の実話に基づく映画『グランド・ジャーニー』の3作品。
どれも人生を大切にしたいと思える作品ばかりです。
■1:イザベル・ユペール主演、死生観をつきつけられる感動作『ポルトガル、夏の終わり』
イザベル・ユペールは超人だ――。彼女を見るといつもそう思ってしまいます。だって、なんなのでしょう、この若さといったら! 時間の流れを止めることができる力でももっているのか?と思いたくなります。
そんな彼女が最新作『ポルトガル、夏の終わり』で演じるのは、大女優フランキー。夏の終わりのバケーションと称し、“この世のエデン”と呼ばれるポルトガルの世界遺産の町シントラに親族と親友を呼び寄せます。
実はフランキー、自身の死期が迫っていることを感じており、自身が亡き後の段取りを整えようとしていたのでした。ところが、集まって来た者たちはそれぞれが問題を抱えていて、フランキーの思い描いていた通りに事は運びそうにもなく……。
私自身、母を亡くしてから、自分の死だけでなく、家族の生死を考えるようになりました。自分が死んだ後に残された人々に幸せでいてもらいたい、と思うフランキーの気持ちにはすごく共感するものがあります。
死はだれにでも平等にやってきますが、それがいつなのかはだれにもわかりません。人生もまた、自分の思う通りにはいかないことは、長く生きていればだれもが実感すること。でも、だからこそ、人はよりよく生きたいと願うし努力もできる。
離婚寸前の夫婦の思い、そんな両親の姿に心痛める娘、妻を失いかけている夫の喪失感。恋人ではなく自分自身を選択する友人……。たった1日の中で錯綜する人々の思いは、観る者に人生についての気づきを与えてくれるに違いありません。
舞台となったポルトガル・シントラの町は、この映画のもうひとつの主役です。ラストシーンの舞台となる「ペニーニャの聖域」は神様を讃えたくなるほどの美しさ。新型コロナウイルスの流行が終息したら、行ってみたい! そう思わずにはいられませんでした。
Movie Information
監督・脚本:アイラ・サックス 出演:イザベル・ユペール、ブレンダン・グリーソン、マリサ・トメイ、ジェレミー・レニエほか。近日、Bunkamuraル・シネマほか全国順次公開予定。配給:ギャガ
■2:美しい山里の四季と共に生きる老夫婦の、謙虚で尊い人生に心打たれる映画『花のあとさき ムツばあさんの歩いた道』
「ことばは神であった」と聖書に書かれているように、古今東西で「ことばには言霊が宿る」と言われます。私自身、さまざまな「ことば」に励まされて生きてきました。
この『花のあとさき ムツばあさんの歩いた道』は、NHKで大反響を呼んだドキュメンタリーシリーズ『秩父山中 花のあとさき』が映画化されたものですが、心に響くたくさんのことばが詰まったドキュメンタリー作品。今、新型コロナウイルス禍で気分が鬱々としている人や、元気がない人にぜひおすすめしたい1本です。
舞台は、埼玉県秩父市吉田太田部楢尾。失われていくふるさとに花を植え続けた小林ムツさんと、夫の公一さん夫妻を中心に、かつては養蚕と炭焼きで賑わった山間の集落の、18年にわたる記録です。
ムツさんは、26歳の時に隣村から嫁いできました。村は山の斜面にあり、ムツさんは小さな体に大きな籠を担ぎ、山の上まで続く段々畑を毎日何度も往復して過ごしたそうです。養蚕と炭焼きの時代が終わると、秩父の山々には国策で杉が植えられ、高度成長期の住宅ブームを支えます。
しかし、やがて安い輸入木材に押され、放置される山が次第に増えることに。それと共に人影もなくなっていき、ムツさんと公一さん夫妻は失われていくふるさとに花を植え始めるのでした……。
福寿草、梅、桜……。ふたりが植えた花々は春になると人々の目を楽しませてくれます。「花が咲くと何にも忘れるがね、かわいいなぁと思って。花って、香りがそれぞれ違うし、色も違うし、みんな器量いっぱいに咲いてくれるから、かわいいよー」
そんなムツさんのことばと、山里に咲き誇る花たちの映像にほっこりする一方、相棒だった公一さんが亡くなった後、大事にしていた畑が猪に荒らされているのを見て、ムツさんは言います。
「(おじいさん)どこに行ってしまったんだか。なんとなくなぁ。寂しくも恐ろしくもないんだけど、つい涙もろくなっちゃった。1年経てばいいよ、て、友達に言われる。ほど日が経てば。まだ大丈夫ですよ。身体がしっかりしてるから。今少しおじいさんが居てくれれば最高だったんだけれども。でも人生なんて本当に呆気ねぇもんだが。83歳になったけども、ほんと、あっという間で過ぎたよー」
今でさえあっという間に感じるけれど、83歳になってもそう感じるのか……。ムツさんのそんなことばを聞くと、人生をもっと大切に生きなくてはいけないな、なんていう気にもなってきます。
何があっても毎日コツコツと畑を耕し、花の世話をし、自然と対話しながら生きる。自然に聴く謙虚な姿勢がいかに尊いことか。しっかりと大地に根を張って生きてきた人のことばは重い。説得力があります。
本作を観たのは、ちょうど新型コロナ関連のニュースで「ことばの軽さ」が気になっていた最中。それだけに、本作は私に大きな喜びと安心を与えてくれました。
Movie information
監督・撮影:百崎満晴 出演:小林ムツ、小林公一、新井武、篠塚ヨネほか。近日、シネスイッチ銀座ほか全国順次公開予定。配給:NHKエンタープライズ、新日本映画社
■3:ヨーロッパの大空を野鳥たちと一緒に飛んで行く! 壮大なる映像美で贈る『グランド・ジャーニー』
私も鳥と一緒に大空を飛んでみたい! 少年とともに大空を飛ぶ雁たちの姿がなんとも気持ちよさそうで、高所恐怖症ながらそんな思いに駆られてしまった映画が『グランド・ジャーニー』です。
14歳のトマはオンラインゲームに夢中の思春期の少年。母親パオラと彼女のパートナーと3人で暮らしていたが、パオラの仕事の都合で南仏カマルグに暮らす気象学者の父親クリスチャンのもとで5週間過ごすことに。
クリスチャンは雁の研究をしているちょっと変わった気象学者。密かに、超軽量飛行機を使って人間が雁たちと共に空を飛び、渡り鳥に安全なルートを教えるという、だれもが無謀だという計画を立てていました。
研究にふさわしい大自然に囲まれたカマルグですが、トマにとってみればそこはWi-Fiが繋がらず、ゲームもできない退屈な田舎でしかありません。暇をもて余すトマですが、ひょんなことから孵化した雁たちの“親”となることに……。
絶滅寸前の雁たちを引き連れて、思わぬ冒険をすることになったトマ。悪天候やトラブルにも負けず乗り越えていく。男の子ってこんなふうに成長していくんだなぁと、なんとも頼もしくまぶしく見てしまいました。
本作は、映画『WATARIDORI』(2003年)の制作にもかかわった、気象学者であり鳥類愛好家のクリスチャン・ムレクの実話に基づく物語です。ムレクはフランスでは「バードマン」の愛称で親しまれ、ここでは脚本や飛行・雁担当を務めました。
撮影も、実際に野鳥たちと空を飛んで行われたとか。観る者の気持ちも高揚させてくれるのも、そんなリアルな撮影が生きているからなのでしょう。
Movie information
監督:ニコラ・ヴァニエ 出演:ジャン=ポール・ルーヴ、メラニー・ドゥーテ、ルイ・バスケスほか。近日、全国公開予定。配給:クロックワークス
- TEXT :
- 坂口さゆりさん ライター
- BY :
- 『Precious6月号』小学館、2020年
- PHOTO :
- ©2018 SBS PRODUCTIONS / O SOM E A FÚRIA、©2018 Photo Guy Ferrandis / SBS Productions、©NHK、©2019 SND, tous droits réservés.
- WRITING :
- 坂口さゆり(映画ライター)
- EDIT :
- 宮田典子(HATSU)、喜多容子(Precious)