唐揚げにレモン、「みぞみぞする」、行間案件、泣きながらごはん、不可逆……そんなキーワードに、思わず顔がほころぶ人も多いのでは? 2017年1月期に放送され、大きな話題を集めたテレビドラマ『カルテット』。松たか子さんが主演を務めた本作は、満島ひかりさん、高橋一生さん、松田龍平さんとのテンポのよいかけあいや、人生の機微に触れる名ゼリフが大人の心をつかみました。
謎と伏線を巧みにちりばめた脚本の妙もしかり。30歳を過ぎ、夢叶わず、人生の下り坂の前に立つ男女4人。弦楽奏者の彼らはカラオケボックスで偶然出会い、軽井沢で共同生活を送ることに。でも、その“偶然”には大きな秘密が隠されていて――。
DVDとBlu-ray BOXが発売され、ファンの声が再燃している人気ドラマの制作秘話を、本作を担当したTBSテレビ・プロデューサーの佐野亜裕美さんにうかがいました。
生きにくさを抱えている人の背中を押したい
最初に坂元さんとお会いしたのが4年ほど前ですね。脚本家さんは、どの局のどの時間帯でとか、誰がプロデューサーで…ということを気にされる方も多い中、「仕事をしてみたい俳優さんで“当て書き(あらかじめ誰が演じるか決めてから脚本を書くこと)”できる場を用意してくれるなら」とおっしゃってくださる方で。まずは私自身がお仕事をしてみたいなと思う俳優さんと、坂元さんが注目している俳優さんのリンクしている部分を探りながら絞り込んでいきました。企画の内容を妄想しつつ、まずは座組を考えて、みなさんのスケジュールを調整しながら機をうかがって、4年かけて実現できました。その間に『ウロボロス』『おかしの家』『99.9』といった別作品もつくりながら。幸せな4年間でしたね。妄想している間が本当に楽しくて(笑)。
はい。でも、映像作品ではまだがっつり組まれたことがないと。私は『運命の人』という作品でアシスタントプロデューサーとしてご一緒したことがあったのですが、映画や舞台を拝見して松さんは稀代のコメディエンヌだと思っていて。坂元さんには「松さんでコメディがやりたいです」とお伝えしました。かつ、単独主演というより、女性ふたりの化学反応が観たいなと。坂元作品のミューズというか、メンターのような存在である満島さんと松さんは初共演だし、面白くなりそう!…というのが始まりです。
少なくとも私自身にはまったくなくて。人に“泣けるスイッチ”があるとして、「ここでしょ」と押してくる作品が、どちらかというと苦手なんです。そういう作品があってもいいとは思うんですが…。坂元さんと物語の中身を詰めていく前段階でよく話していたのは、表現というのは生きにくさを抱えている人の背中を押すべきものだ、ということ。
私も高校時代に学校へ行けなかった経験がありまして。周りとなじめないと感じていたり、居場所を探していたりする人たちに、「そのままでいいよ。そのままでも生きていけるし、こんなやり方だってあっていいよね」という、社会とのある闘い方を提案できたらいいなという思いがありました。登場人物たちはみんな不器用で、ある価値観においては負け続けてきたんですが、そういう人たちを描いたドラマがあってもいいんじゃないかと。大成功はしないけれど、人生ってそういうものだからって。
「夫婦とは?」を考え尽くした第6話に号泣
この4人で何をしましょうかとなったときに、夫婦の話をやりたかったので松さんと一生さんが夫婦、満島さんと龍平さんが夫婦という設定も考えたんですが、女同士があまりからめないなと思ってやめました。そこから姉妹にしようかとか、4人のベクトルをどうつくるのか試行錯誤しましたね。ただ、今までの役のイメージもあって、現実感のないどこか浮世離れした方たちなので、無理に世間一般に近づけようとしても難しい。「浮世離れした関係のまま面白いやりとりをしたほうがいいんじゃないか」と坂元さんがおっしゃって。嫉妬とか不倫とか、三角関係、そういう現実的な要素をあえて入れないと決めました。だからこそジャンルレスというか、「結局なんなの?」という物語になったんじゃないかと。
そうですね。観る人がそれを求めているのかもしれないとも思うんですが、すべての作品が均一化してしまっては意味がない。この4人にしかできない、なんだかわからないけど面白いねというものになったらいいなと。それにせっかくオリジナルなので、最初から答えがわかっている物語ではなく、どこに連れて行ってくれるかわからないものをやりたいよねと。そんなわけで、俳優さんたちもまったく先が見えないまま撮影がスタートしました。
視聴者の方からも大きな反響をいただきましたが、やはり6話ですね。坂元さんは当初から「6話あたりで、巻夫婦の回想だけの話をしたい」というお考えがあり、打ち合せで「これは家族の話だからお互いぶっちゃけましょう」と言ってくださって。私自身、早くに結婚して6年を経て離婚し、その2年後に再婚を経験しています。どんなことでモメたか、どんなことが苦しかったか、たくさんお話ししました。それを坂元さんが汲みとって、自分でも言葉にできていなかった気持ちまで見事にセリフに変えてくださった。初稿を読んだときは、涙が止まりませんでした。松さん演じる妻、宮藤官九郎さん演じる夫。どちらに共感するかは人によって違うと思いますが、私は断然、相手がわかってくれないもどかしさを抱える宮藤さんの役柄のほう。読んでいていろんなことがフラッシュバックして、自分の過去に戻っていく感覚でしたね。
シーンとなりますよね。私の今の夫もこのドラマの制作に携わっていたので、編集のときに「いやぁ、切ないねー」と言っているのを聞いて、「え! どのあたりが?」と気になりながら怖くて聞けなくて(笑)。ただ、お互いそういう感情があると気づくことで、優しくなれたり許してあげられたりする。それでいいのかもしれないなと。もちろん議論する夫婦がいてもいいですよね。知人の男性は、帰宅するやいなや奥様に「今すぐ『カルテット』観て」と言われて。録画を観終えたら今度は、「こういうことだから、夫婦って」と言われたらしく(笑)。日ごろは表に出さない感情や鬱屈を、「あぁ、こういうことだったんだ」ってわかる瞬間を得られるのが、物語の力だなとあらためて思いました。
高橋一生演じる“家森さん”は、なぜヴィオラ奏者になったのか
放送前に番宣で『東京フレンドパーク』に出たときから、4人のお茶の間感がすごくよくて。俳優さんたちの中には共演して仲よくなってプライベートでも遊ぶ……という方々もいますが、その気配はゼロ。でも、お互いの距離感を上手にはかりつつ、さりげなく隣にいる。前室とかでも、誰かがいたらフラ~ッとやってきたりするし、かと言ってそれぞれひとりの時間に戻っていくのも自然で。このドラマでやりたいことって、まさにこの空気感だなって。大人な4人に、現場は救われていましたね。
坂元さんって、ひとりにつき15枚くらいのキャラクター表をつくってくださるんです。普通は、ドラマの中でこの人の身にどんなことが起こるのかが書かれているんですが、それ以前の人生、彼らがどんなふうに生きてきたかが書かれていて。たとえば高橋一生さん演じる家森さんがなぜヴァイオリンではなく、ヴィオラ奏者になったのか。中学までヴァイオリンをやっていたけど感情がこもってなくて「うまいんだけど魂がない」と指摘されてヴィオラに転向した。でも、結局ヴィオラでも同じことになって、なぜこの僕が目立たないヴィオラなのか……と高校の部活でモメた、とか(笑)。龍平さん演じる別府さんが、「あいつはドーナツの穴のような奴だ」と会社で言われていた、とか。形が変わってエピソードに生かされたものもあれば、最後まで使われなかったものもあります。ひとりひとりの役に愛が感じられて、まるでラブレターみたいでしたね。
一生さんは、「(家森という役は)なんでもできるけど、なにもできないみたいな器用貧乏なところが自分に似ていてすごくうれしかった。坂元さんはわかっていらっしゃるな」というようなお話をされていたのが印象的でしたね。カメレオン的になんでもこなせてしまうって、役者さんとして本当に素晴らしいことだと思うのですが、ご本人はそれが苦しかった時代もあるのかなと。坂元さんは人物の本質を見抜かれる方。坂元さんの目にはどういうふうに社会や人がうつっているんだろうと不思議でした。
連続ドラマの台本は最終的に、38枚くらいにしないといけないんですが、坂元さんの初稿はだいたい60枚くらいでくるんです。このまま出版できればいいのに、というくらい。泣く泣くカットしたシーンやセリフもあります。もちろんできあがったものがすべてですが、切るのはつらい作業でしたね。
放送中はTwitterでも盛り上がりが。いい意見だけでなく、批判もちゃんとほしい
ファンの方の分析力と、それを言葉にする力がすごいんですよね。面白いツイートだなと思ってホームを見にいくと、普段はアニメが好きだったり、BL好きだったりする方もいて。こういう方たちにも届いたんだな…とうれしくて、楽しく読ませていただきました。
最初は宣伝目的で始めましたが、自分がオタク気質なので、ファンの方々に楽しんでもらえることができたら…と思って。かといってドラマ本編の見どころの説明は違うというか、放送を観ていただいて伝わるものがすべて。それに、公式アカウントなのに誰が書いているかわからないのは嫌だなと。そんなことを考え、私が見た現場の風景を伝えたくて、本名を名乗って放送のない日も発信していました。喜んでくださる方はたくさんいましたが、一方で「自己顕示欲が強い」というご意見もいただきました。
はい。自分ではその意識がなかったので、発見でもありましたね。公式HPの掲示板だと、基本的にはポジティブな意見をいただくのですが、Twitterではネガティブな意見もある。それが自然だし、つまらないと思う人もいるだろうなって。批判もちゃんとほしいと思っていまして。そういう面でのメンタルはわりと強くて、あまり傷つかないんです。一度、こちらのミスが原因で、ストーリーについて誤った考察が拡散してしまって、それを訂正するときにもやはり名乗ってお詫びしました。
ただ、ドラマ自体にはあまり突っ込まれることがなかったんです。一生さんや龍平さんが主要キャストなのに出番がほとんどない回もあり、ファンの方からクレームが来るかと心配していたのですが、まったくなくて。しかも俳優さんたちも「次の回はちょっと楽できるね~」みたいな(笑)。「出番が少ない!」とか何かしらあっても不思議はないのですが、ガツガツしてない。素敵な方たちです。
ずっと「居場所」を探してきた
漫画家になりたかったくらい大好きです。素晴らしい総合芸術で、かつひとりで完結できる。それがよかったのに、絵が壊滅的にヘタで。「ダメだ、向いてないわ」と諦めました。小説や映像作品も含めて物語全般好きなんですが、特に少女マンガというものは、居場所を求める人たちの話が多いですよね。 “女三界に家なし”とは言いますが、ここ最近自分がつくってきた作品を思い返して、共通点って何かなと考えると「ここにいてもいいよ」と言われたい人たちの話をつくりがちだなと。自分自身が周りになじむ方法や闘い方がわからなくて、居場所をずっと探してきたということもあって。本当に人とのコミュニケーションって難しい(笑)。それが自分の作風なのかもしれないですが、うまく物語に昇華できればいいなと思います。
元々は弁護士になろうと思って法学部に入ったんですが、あれ?あんまり面白くないぞ?と、なんとなく勉強し続けてこの先どうするんだろう?……とふと気付いてしまって。それで大学3年生のときに、表象文化論という、演劇や映画、マンガの研究ができる学部に転部しました。就職活動では出版社を受けようとも思ったんですが、あまりに好きすぎて適正な距離がとれないし、作家さんの描いたものを客観的に見られないんじゃないかと。じゃあどうしようと考えたときに、私は地方出身だったので、お金をかけられない人や、年をとって出歩けない人でも気軽に観られるテレビの間口の広さに魅力を感じていました。同時に、こちらがいいと思うものを一方的に垂れ流すような、暴力性にも惹かれた。意図せず偶然目にしたものに心惹かれて、観続けてもらえるような物語がつくれたらいいなと思って、テレビ局に入りました。
2006年に入社し、情報バラエティの『王様のブランチ』を経て、2009年にドラマに異動して『渡る世間は鬼ばかり』のADに。当時は、仕事で何か理不尽なことがあるとすぐ反抗してしまって、協調性はないし、できないADとして有名だったんです。その後APを1本やって、異動になった上司が担当する予定だった単発ドラマを「やる?」と聞かれて、「やります!」とふたつ返事で引き継いで、プロデューサーになってしまいました。幸運なことです。あのとき法学部から転部してよかったなと思います(笑)。
そうですね。『99.9』もそうですし、今後も弁護士を題材にしたドラマをやってみたいです。
作品を応援してくださる方がメッセージをくださるのは本当にうれしいですね。AD時代から視聴者の方の声に救われていて、「もう、無理」と泣きながら準備した仕事も観ていてくださる人がいる。美術担当のADとして携わった『官僚の夏』でいただいた感想もいまだにとってあります。
『ウロボロス~この愛こそ、正義』のときは、会社に花束とお手紙をいただいて。Twitter上で出会った10人くらいの女性視聴者の方々が、お金を出し合って贈ってくださったそうで、感激しました。今って、Netflixなどオンデマンドでいつでも作品が観られるけど、観る時間は人によってバラバラだから、見知らぬ人と同時期に盛り上がることはできないですよね。その点テレビなら、お茶の間がネット空間にも広がって、知らない人同士が一緒に観ながら楽しめるし、制作側にリアルタイムで感想を伝えてくださる。ありがたい進歩です。
プライベートで映画やドラマを観るときは、イケイケでいたいのに能力が見合ってなくてうだつの上がらない状態になってしまっている人が、人との出会いで乗り越えていく……というストーリーが大好きで、元気をもらっています。子供を産む前の働く女性を主人公に、そういう話をつくってみたいのですが、まだつかみきれていないんですよね。というのも、今、自分が34歳でその真っ只中にいまして。40代になって客観視できるようになったら、ぜひ挑戦してみたいです。
“大人の恋は、やっかいだ。”『カルテット』DVD&Blu-ray 好評発売中
ある日、4人は“偶然”出会った。女ふたり、男ふたり、全員30代。夢が叶わず、人生のピークに辿り着くことなく、ゆるやかな下り坂の前で立ち止まっている。カルテットを組み、軽井沢でひと冬の共同生活を送ることになった彼ら。しかし、その“偶然”には、大きな秘密が隠されていた――。ほろ苦くて甘いビターチョコレートのような大人のラブストーリー×ヒューマンサスペンス。
- TEXT :
- Precious.jp編集部
- PHOTO :
- 相馬ミナ(佐野さん分)
- EDIT&WRITING :
- 佐藤久美子