「人生が楽しくなる映画」3選
映画ライターとして多くの映画に触れている坂口さゆりさんが、今月も「大人の女性が観ると人生が豊かになる」作品をご紹介します。
おすすめするのは、俳優としても活躍するジョナ・ヒルの初監督作で自身の半自伝的な青春時代を描いた『Mid90s ミッドナインティーズ』、世界的オペラ歌手のルチアーノ・パヴァロッティのドキュメンタリー映画『パヴァロッティ 太陽のテノール』、不甲斐ないダメ夫を演じる濱田岳と水川あさみによる爆笑夫婦を描いた『喜劇 愛妻物語』の3作品。早速、見ていきましょう!
■1:俳優としても活躍するジョナ・ヒル監督による半自伝的な青春映画『Mid90s ミッドナインティーズ』
米国での上映が4館から始まり1200館まで広がったという話題作。『21ジャンプルストリート』などの出演作で俳優としても知られるジョナ・ヒルの初監督作は、タイトル通り’90年代半ばを舞台にした青春映画です。
主人公は、いつも兄(ルーカス・ヘッジズ)にやり込められている13歳のスティーヴィー(サニー・スリッチ)。腕力では敵わない彼は早く大きくなって兄を見返したいと願っていました。
そんなある日、街のスケートボードショップを訪れたスティーヴィーは、ショップに出入りするちょいワル少年たちと出会います。スティーヴィーはそのうち、メンバーのひとりに声をかけられ……。
兄への対抗心、ヤンチャ少年たちへの憧れ、仲間に入れてもらえたときの喜び……。スティーヴィーの濁りのない瞳が眩しくて懐かしくて、照れ臭くて。かつてティーンだった自身のほろ苦い記憶が蘇えります。
映画全体から受ける印象もどこか最近の映画とは違う――。なんとなくでもそう感じたら、それは全編16mmフィルムで撮影したせいかもしれません。監督は時代の雰囲気と感覚を再現するために16mmフィルムにこだわったそうです。そんなところもぜひ味わっていただきたい映画です。
また、『Mid90s ミッドナインティーズ』と同じ日から公開されるドキュメンタリー『行き止まりの世界に生まれて』は、『Mid90s ミッドナインティーズ』と非常に親和性が高い映画です。
米国のサビついた「ラストベルト」で生まれ育った少年たちが、もがきながら必死に生きる。そんな彼らが興じるのは、やはりスケボーでした。機会があれば、2本合わせてご覧になると、それぞれの映画がさらによく理解できると思います。
Movie information
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『Mid90s ミッドナインティーズ』
脚本・監督:ジョナ・ヒル 出演:サニー・スリッチ、ルーカス・ヘッジス、キャサリン・ウォーターストン、ナケル・スミス、オーラン・プレナット、ジオ・ガリシア、ライダー・マクラフリン、アレクサ・デミーほか。
配給:トランスフォーマー
新宿ピカデリー、渋谷ホワイト シネクイントほかにて全国公開。
■2:その麗しき美声にうっとり♪ オペラ歌手パヴァロッティ初のドキュメンタリー映画『パヴァロッティ 太陽のテノール』
ルチアーノ・パヴァロッティ、プラシド・ドミンゴ、ホセ・カレーラスが3大テノールとして世界を席巻したのが1990年代。そのなかでも、パヴァロッティはトリノ五輪で荒川静香さんが金メダルを獲得したときに使用した、オペラ『トゥーランドット』の『誰も寝てはならぬ』でオペラファンに限らず日本人を魅了しました。
本作は、『バッグドラフト』『アポロ13』『ダ・ヴィンチコード』などを手がけた名匠ロン・ハワード監督がメガホンを取り、人生に光を当てたパヴァロッティ初のドキュメンタリーです。
オペラ『ラ・ボエーム』や『トスカ』など絶頂期のパフォーマンスや、3大テノールが世界で共演したステージの様子など、「満足はしたことはない。次はもっと上手に歌いたい」というアーティストとしての姿はもちろん、彼の前妻や娘たち、最後の妻といった家族の証言などを通して人間パヴァロッティの姿を紹介します。
この映画で、パヴァロッティの前妻は、「あの声に恋しない人なんている?」と告白していますが、本作を見ているだけでもパヴァロッティの声に聴き惚れること間違いなし。
「キング・オブ・ハイC」と称された、高音を軽々と出す並外れた音域と声量はまさに「人類史上最高の歌声」。本作ではその歌声を最新音響技術で再現し、『誰も寝てはならぬ』はもちろん20曲を堪能できます。
パヴァロッティファンならほとんど初出の映像という、まだ見たことがない人間パヴァロッティの姿を楽しめるはず。パヴァロッティを知らない人も、豪快ながら歌にはとことんこだわった彼に魅了されるのでは。
U2のボノは言います。「彼が偉大なのは、犯した過ちや希望や欲望、人生のすべてを歌にぶつけているからだ」と。
神様から与えられた最高のギフトを最大限使い切ったパヴァロッティ。彼は「人生を幸せに生きる術」も観る者に教えてくれます。
Movie information
- 『パヴァロッティ 太陽のテノール』
- 監督:ジョン・ハワード 出演:ルチアーノ・バヴァロッティ、ボノ、プラシド・ドミンゴ、ホセ・カレーラスほか。
配給:GAGA - TOHOシネマズ日比谷ほか全国公開。
■3:ダメ夫ぶりがお見事!濱田岳&水川あさみが愛憎渦巻く夫婦を演じ切った『喜劇 愛妻物語』
シリアスなテーマの映画を多く見ていた8月。そんななかで『喜劇 愛妻物語』には大笑いさせてもらいました。
売れない脚本家の豪太(濱田岳)は大学で知り合ったチカ(水川あさみ)と結婚して10年目。5歳の娘アキ(新津ちせ)と3人で暮らしていますが、年収は50万円程度だけに、生活はもっぱらチカのパート収入が頼りです。若いときは豪太の才能を信じていたチカですが、今や豪太のあまりのダメ男ぶりにすっかり呆れ果ててゴミ扱い。
口を開けば夫を罵倒する言葉しか出てきません。当然、夫にセックスをせがまれてもチカは断固拒否。性欲に苛まれる豪太はどうにかして妻を懐柔しようとするのですが……。
そんなある日、豪太は旧知のプロデューサーから自身のホラー映画の脚本が映画化されることになったことを知らされます。と同時に、別に提案していた「四国にいる高速でうどんを打つ女子高生」の脚本を進めるように、ほとんど強制されてしまいます。
本を書くためには取材しなければなりませんが、取材費は出ず豪太は自腹を切るしかありません。金もなく、車の運転もできない豪太は、恐る恐るチカに運転を頼み込みます。仕方なく、チカが苦しい家計を切り詰めて手配した親子3人の「四国旅行」は、東京から高松まで鈍行列車に乗る強行軍に……。
月収ではなく年収50万円。家計を預かる主婦にとってこれはキツイ。1歩譲って、それでも真剣に仕事をしている姿を見せてくれる夫なら、まだ我慢する気になれる(かもしれません)。
でも、いくら罵倒しても人をイラつかせるヘラヘラ笑いを浮かべてやることなすこといい加減。おまけに浮気をしようとするし、酔っ払った女性のスカートのなかを覗こうとして警官にはしょっ引かれるし、こんな夫、本当にどうなんでしょ!?
チカと一緒に罵倒したくなるような豪太ですが、彼を演じる濱田岳さんが超ダメ夫にうってつけで笑いっぱなし!! 洋の東西を問わず、数多くのイケメンに取材してきた私ですが、実は今、一番取材をしたいのが彼なんです。
存在自体で見る人を楽しませるーー。そんな力をだれもがもっているわけではありません。彼の出演作に興味津々です。本作でチカの強烈な罵倒も見る側が納得し同情できるのも、豪太の徹底したダメぶりがあってこそですから。
とはいえ、散々夫を罵倒しながらも支えてきたチカにも遂に限界が。そこから映画は心を揺さぶる怒涛の展開。10年という時間が経ったからこそ得られる愛に心打たれました。
この夫婦、実は足立監督夫妻がモデルなんだとか。実在する夫婦がモデルだと聞けばますます、夫婦のカタチもいろいろあっていいんだと励まされる女性は多いのではないか、と思われます(笑)。
Movie information
- 『喜劇 愛妻物語』
- 脚本・監督:足立紳 出演:濱田岳、水川あさみ、新津ちせ、大久保佳代子、坂田聡、宇野祥平、黒田大輔、冨手麻妙、河合優実、夏帆、ふせえり、光石研ほか。配給:キュー・テック
- 2020年9月11日(金)から新宿ピカデリーほか全国公開。
- TEXT :
- 坂口さゆりさん ライター
- BY :
- 『Precious10月号』小学館、2020年
- EDIT :
- 宮田典子(HATSU)、喜多容子(Precious)