カルチャーの目利きが、それぞれ独自の視点で専門分野を語る連載『Precious Culture』内のBookコラム。今月、女優でエッセイストの美村里江さんがおすすめする一冊は、出版社「ミシマ社」の代表・三島邦弘さんの『パルプ・ノンフィクション 出版社つぶれるかもしれない日記』です。
「リトルプレスの社長がつづる出版裏事情に自身を重ねて思う。当事者意識って大切だ‼」―美村さん
タイトルの閃(ひらめ)きから始まったという本書は、5年という長い制作期間中、常にライブ感にあふれ軽妙な筆致だ。「執筆時に自分語りは避けたい」意思があったそうだが、狭間に著者の人生も詰まっていて、そこも楽しい。
「社員十数名の小さな出版社(の社長)奮闘記」という表現で間違いない内容だが、身近な出来事に感じさせるものがある。
たとえば、「出版不況」ではなく「出版不狂」、「本が好き!」という狂おしい想いが足りないのが原因では?という視点。こんなふうに冗談やたとえ話、ときに妄想を交え、読者には未知であるはずの出版裏事情を実感させてくれる。
静岡県焼津市の「湊のやど 汀屋(みぎわや)」で行われた社員合宿が特に面白い。社員の役割+名前まで入れ替えて、疑似の打ち合わせをするというものだ。
「自分ではない人間を演じる」という気恥ずかしさのハードルを越えた先で、それぞれ募っていた思いやアイデアがスパークしていき、とても有意義な会議となったそうだ。これとよく似たある演出家のワークショップの課題を思い出した。
役者全員で紙を引いて、そこに書かれた数字を自分だけで確認。1から順に偉い立場の人、という設定で「会社」を即興演劇し、終了後にだれが何番だったか振る舞いから予想するというものだ。結果、「会社員やったことない俺たちにはわからん…」と途方に暮れてしまったという。
この視点で考えれば、会社員の演技には実際会社勤めしてみるのが有効。編集者にとっては、想いを込めた自著の執筆が最も刺激的な書籍体験かもしれない。
- TEXT :
- Precious編集部
- BY :
- 『Precious10月号』小学館、2020年
- WRITING :
- 美村里江
- EDIT :
- 宮田典子(HATSU)、喜多容子(Precious)