三島由紀夫没後50年となる2020年。東京文化会館では、東京バレエ団による三島の人生や美学をモチーフとしたバレエ『M』が、日生劇場では三島作品をオムニバス形式で上演する舞台『MISHIMA 2020』が、幕を開けます。

『M』には東京バレエ団のプリンシパルの上野水香さん、『MISHIMA2020』の戯曲『憂国』(『(死なない)憂国』)にはダンサー・振付師の菅原小春さんが出演します。

おふたりの出会いは、遡ること数か月前。元バレリーナで女優の草刈民代さんが立ち上げたプロジェクト「dancers eight」が自粛期間中に作成した「#Chainof8」でした。コロナウイルスの影響で踊る場を失ったダンサーのために、映像で踊りをつなげるという“今だからできる”試み。この動画にて、上野さんと菅原さんは遠隔で共演しています。

でも、ふたりが会うのは今回が初めて。作品についての解釈や「踊ること」について、ジャンルを超えて通じ合うおふたりの対話を前編・後編に分けてお送りします。

 
上野水香さん
バレリーナ/東京バレエ団プリンシパル
(うえの みずか)5歳よりバレエを始め、1993年ローザンヌ国際バレエコンクールでスカラシップ賞受賞後、モナコに留学。2004年東京バレエ団に入団。日本人女性ダンサーでただひとり、振付家の故モーリス・ベジャールから「ボレロ」を踊ることを許されている。
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菅原小春さん
ダンサー・振付師
(すがわら こはる)幼少期に創作ダンスを始め、小中高生の時に数々の有名ダンスコンクールで優勝。2010年に渡米、独自のダンススタイルが評価され、一目置かれるダンサーとなる。2014年以降女性ダンサー初のナイキアスリートとしても活動。
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東京バレエ団プリンシパルダンサーの上野水香さん×ダンサー・振付師の菅原小春さんの独占対談・前編

「菅原さんは、エネルギッシュで自由でパワフル!」上野さん

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上野さん着用分/ドレス¥500,000(ERDEM 〈アーデム〉)、靴¥77,000(Malone Souliers 〈マローン スリエ〉)、菅原さん着用分/ドレス¥90,000(ADEAM)、ピアスWG大¥40,000 WG小¥33,000 YG¥36,000 (MARIA BLACK)、靴¥39,000 (ファビオ ルスコーニ)

――まずは、お互いについての印象を教えてください。

上野さん(以下敬称略) 「すごい」と思いました。「#Chainof8」を制作するときに、草刈民代さんから菅原さんが撮影した仮の動画を見せてもらったことがあって。草刈さんから曲を渡されていたので自分なりにイメージはしていたのですが、それとはまったく違う踊りが目の前にパーッと飛び込んできました。

菅原さんの踊りは、自然体でありながら音楽的でもある。映像から飛び出てきそうな程のエネルギーを感じられる、すごいアーティストだと思います。

菅原さん(以下敬称略) そんなことを言っていただけて、恐縮です(笑)。上野さんが踊っている動画を見て真っ先に感じたのは、「つま先で立っている! すごい!」という喜びでした。

誰にでもできるわけではなく、伝統的なクラシックバレエを貫いて、日々努力を重ねているからできること。トレーニングやケアをしながら自分と向き合い続ける芯の強さは美しいと、上野さんの佇まいから感じました。

上野 ありがとうございます!

――実際にお会いしてみていかがですか?

菅原 バレエをやっている方は、もっと凛として近寄りがたい空気をまとっているのかと思っていたのですが、もしかしたら上野さんはフワッとした方なのかもしれない……(笑)。芯の中に柔らかさがある感じ。それが上野さんの踊りだと思いました。

上野 言われてみると、確かにフワッとしているのかもしれません(笑)。バレエの世界では私みたいなタイプはあまりいないんです。のんびりしているから気づけないことも多くて「ダメだなぁ」と反省することもありますが、それが自分の踊りの個性につながっているのかもしれませんね。

菅原 見抜けた!(ニヤリ)

上野 (笑)。菅原さんは、すごくエネルギッシュで自由でパワフル! 映像から感じた前向きなエネルギーがお会いして一瞬で伝わってきて……。きっとそれが菅原さんの魅力なのだと勝手に思っています。

菅原 すごい……! うれしいです。

「『三島さんはすごく愛されている』と感じました」菅原

――三島由紀夫作品を舞台で演じることへの想いを聞かせてください。

上野 『M』は、ひとつの作品を取り上げるのではなく、三島由紀夫の生涯やスピリットを振付師の故モーリス・ベジャールのフィルターを通して描かれた世界です。「M」は三島由紀夫のMであると同時に、モーリス・ベジャールのM、母(Mother)のM、などさまざまな意味が含まれています。

ストーリーがあるようないような、とりとめのないシーンが描かれているようで、実はすべてつながっているようでもあり、非常に哲学的な作品です。

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『M』 PHOTO:Kiyonori Hasegawa

――上野さんが演じられる「女」という役柄は、どのようなキャラクターなのでしょうか?

上野 三島作品や三島さんの人生の中に登場した女性たちをベジャールさんの解釈で具現化した創造の産物だと解釈しています。男性が否が応でも惹かれてしまうような魅力があるけど、いざ男性が目の前まできたら突き放すような強さもある。男性にも負けずに向かっていく、とてもシャープな女性です。

私は今回3回目の出演で、前回の公演は10年前でした。

菅原 10年前……!

上野 そうなんです。『M』の振りは難しいので、前回はとにかく踊りをしっかりやることに夢中でした。今回は作品の背景や精神的な部分を理解して、三島さんとベジャールさんのスピリットの融合まで表現するのが課題ですね。

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『MISHIMA2020』

菅原 私は今回、共演者の話を聞いたり、自分が話したりしたことを振り返って「三島さんはすごく愛されている」と感じました。亡くなってから50年も経っているのに「三島さんはこういう人だったよね」とそれぞれの捉え方で作品にしていくわけですから。

もしかしたらご本人は「俺、もう死んだぜ。死んだのにまだ俺のことをゴタゴタ言っているの?」と思っているかもしれないけど。三島さんが自決という方法で表現した『憂国』を、演出家で映画監督の長久允さんが真逆に捉えて、現代の解釈で脚本を書いています。

――菅原さんがNHK大河ドラマ『いだてん』に出演されたときのインタビュー記事で、人見絹枝さんの役を引き受ける際に「魂を燃やせるかどうか」が決め手だったと拝見しました。今回の麗子役を引き受けるときにも何か感じるものがあったのでしょうか?

菅原 三島さんから「やってみろよ」というお告げをもらったと思っています。

これまで文学に触れてこなかったのに、突然私の人生にポンッと「三島由紀夫」という存在が現れた。でも、彼が世界に遺したものの中には私が知らないことがたくさんありすぎて、自分の表現がまだ『憂国』(死なない『憂国』)を演じるに至っていないと気付かされました。これは、三島さんからの挑戦状です。

――挑戦状ですか……?

菅原 はい。そこから三島さんについて調べていくにつれて、命を張って国を守ろうとしたのは彼の美学ではあるけど、「三島さん、踊っていたら死ななかったんじゃないですか」と言えるくらいの気持ちを持てるようになりました。踊りにはそのくらいのパワーがあるし、その想いを表現に換えられると確信したから引き受けました。

上野 うん(深くうなずく)。人がうれしいときって自然に飛び跳ねたり、体を動かしたりして表現しますよね。それが踊りの根源だと言われていて、踊ることは生きる喜びであり、人とわかり合う喜びでもある。

――では、菅原さんが演じる麗子という役柄について教えてください。

菅原 原作の麗子は、夫の信二より一歩下がったところにいる1936年の妻そのもの。信二の頼みを聞き、畳一畳離れた場所で自決を見届けます。私が演じるのは、原作の麗子に「そのまま切腹させちゃうの? 止める術があったんじゃない?」と言える2020年の強さを持った麗子です。

現代は、ちょっとしたきっかけで生死を分けるスイッチが「コンッ」と入ってしまいます。そこで相手を止められるか……信二を救えるかどうかは、麗子のユーモアにかかっている。女性は男性を守れるくらい強く生きられると体現する役柄です。

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撮影中もなごやかに雑談し、笑いあっていたふたり

上野 それは、『M』とも通じるところがあります。女性がただ男性の後ろを付いていくだけでなく、ただ強いわけでもない。男性にとっての救いになるところがポイントなのでしょうね。私、『憂国』(『(死なない)憂国』)の台本を読ませてもらったんですけど……。

菅原 面白いですよね。「こんなふうに作品を捉えたのか」というところが。

上野 そうですね。死ぬことで遺したいメッセージもあるかもしれないけど、やはり人は生きないと。『憂国』(『(死なない)憂国』)は、そのことをすごく打ち出していると思います。

菅原 2020年を生きる信二と麗子して感じたことを腐ってしまう前に表現に換えて、原作の信二と麗子、そして三島さんにぶつかっていく覚悟です。三島さんには「今生きている奴らはこういう風に捉えたか」と笑ってもらえたらうれしいです。

上野 三島さんに「もしかしたら『生きる』っていいことなのかもしれない」と思ってもらえるような舞台に仕上がったら、それが成功でしょうね。

菅原 作品を通じて「うちらは生きることを選んだから」って言えたらいいなと思います。


表現のジャンルは違えど、踊ることへの想いで通じ合う上野さんと菅原さん。踊りと真摯に向き合い続けるおふたりの姿は、とてもしなやかで美しいと感じます。後編は、働く女性としてのお話や意外な素顔についてお送りします。

作品詳細

  • MISHIMA2020
    会場/日生劇場
  • 会期/2020年9月21日(月・祝)~22日(火・祝) ※3公演+オンライン配信1公演
  • 『憂国』(『(死なない)憂国』) 出演/東出昌大、菅原小春
  • 『橋づくし』 出演/伊原六花、井桁弘恵、野口かおる、高橋努
  • 2020年9月26日(土)~27日(日) ※3公演+オンライン配信あり
    『真夏の死』(『summer remind』) 出演/中村ゆり、平原テツ
    『班女』近代能楽集より 出演/麻実れい、橋本愛、中村蒼
  • M
  • 会場/東京文化会館
  • 会期/2020年10月24日(土)14:00~、10月25日(日)14:00~
  • 出演/柄本弾、宮川新大、秋元康臣、池本祥真、樋口祐輝、上野水香、金子仁美、沖香菜子、政本絵美、川島麻実子 他

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この記事の執筆者
フリーランスのライター。企業の採用サイトやパンフレット、女性向けの転職サイト、親向けの性教育サイトなどで取材記事を執筆。好きなもの:中村一義、津村記久子、小川洋子、マンガ、古いもの、靴下など
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STYLIST :
菅原さん:上杉美雪
HAIR MAKE :
上野さん:石川ユウキ(Three PEACE)、菅原さん:国府田圭
WRITING :
畑菜穂子
EDIT :
小林麻美