「ファントムハンズ」によるクラフツマンシップの革新

家具工房「ファントムハンズ」で見たインド職人の驚くべき可能性

『ファントムハンズ』インド製ヴィンテージ家具のオンラインストアを手がけていたディーパク・シュリナット氏が、かつてこの地でピエール・ジャンヌレらが手がけていたミッドセンチュリー家具の再生産を思い立ち、設立。南インドのバンガロール郊外に工房を構えるとともに各地から腕利きの職人を集め、驚くべきインドの手仕事を世界に伝えている。
『ファントムハンズ』インド製ヴィンテージ家具のオンラインストアを手がけていたディーパク・シュリナット氏が、かつてこの地でピエール・ジャンヌレらが手がけていたミッドセンチュリー家具の再生産を思い立ち、設立。南インドのバンガロール郊外に工房を構えるとともに各地から腕利きの職人を集め、驚くべきインドの手仕事を世界に伝えている。
ジャンヌレの椅子といえば、ラタンによる座面の編み込みであるが、この工程はインド南部にあるカライクディという町から呼び寄せた、職人一族が手がけている。
ジャンヌレの椅子といえば、ラタンによる座面の編み込みであるが、この工程はインド南部にあるカライクディという町から呼び寄せた、職人一族が手がけている。
楽しそうにおしゃべりしながらも、その手は決して動きを止めない。
楽しそうにおしゃべりしながらも、その手は決して動きを止めない。

だからインドで当時の設計図を忠実に再現しているリプロダクト家具があると聞き、私はそれを迷わず手に入れた。そしてその家具をつくっている工房「ファントムハンズ」の存在を知り、生まれてはじめてインドを訪れるに至ったのだ。

「ファントムハンズ」の工房は、インド南部のIT都市、バンガロールの郊外にある。そのオフィスは自社製品とインドのヴィンテージ家具とが見事にコーディネートされており、趣味のよさに驚かされる。こちらの代表をつとめるディーパク・シュリナットさんは以前金融アドバイザー会社を経営していたエリート。洗練された趣味を持つ彼だからこそ、「ジャンヌレのデザイン」と「インドの手仕事」という、この家具が秘めたふたつの可能性を見出せたのだろう。彼は極めて冷静な分析に基づき、インドのものづくり事情を語ってくれた。

ソファに使われるハンドレストを縫製している老職人。なんと手縫いである! この工房では家具をくるむ布製の袋すらも、非常に丁寧につくられている。
ソファに使われるハンドレストを縫製している老職人。なんと手縫いである!この工房では家具をくるむ布製の袋すらも、非常に丁寧につくられている。
カンナのような金属製の道具で、木材を削り出す職人。インドにおいてはこのような木工仕事は、北西部にあるラジャスタン州の大工の専売特許。この工房で働く職人も、ラジャスタン州の出身者が中心だ。
カンナのような金属製の道具で、木材を削り出す職人。インドにおいてはこのような木工仕事は、北西部にあるラジャスタン州の大工の専売特許。この工房で働く職人も、ラジャスタン州の出身者が中心だ。

「インドには、世界ではもはや失われてしまったクラフツマンシップが、今もなお残されています。95%手仕事でつくられた品が、この国では普通に流通しているのですから。近年は都市で生きる人々のサステナブルに対する意識が、急速に高まっています。そんな時代に私たち『ファントムハンズ』の家具が支持されているのは、それが単なるお金を出せば買える物質ではなく、生き方の方向性を指し示すものだと、彼らに伝わっているのでしょうね」

でき上がった家具にレタッチを施し、より美しく仕上げる職人。インドに抱いていたイメージが覆される、丁寧な仕事ぶりだ。
でき上がった家具にレタッチを施し、より美しく仕上げる職人。インドに抱いていたイメージが覆される、丁寧な仕事ぶりだ。

「ファントムハンズ」のものづくりは、広大なインド各地から呼び寄せた、50人ほどの腕利き職人が担っている。しかも木工ならラジャスタン州の歴史ある大工集団、ラタンの編み込みならタミルナードゥ州の職工家族……といった具合に、コミュニティごとこの工房に移植することで、バンガロールに新しい職人の生態系をつくってしまった。もちろん給与や保険などを含め、その待遇は抜群だという。そんな恵まれた環境下で働く彼らの作業は素人目にも精密で、機敏で、リズミカル。しかも木材の切り出しや研磨作業以外で、機械を使うことはほぼ皆無。クッションの縫製すら手縫いである。思わず「インドの職人おそるべし」とつぶやいてしまった。

紙やすりやグラインダーで、でき上がったパーツを研磨する作業。この工程を手がけるのは、インド北部ウッタルプラデーシュ州にあるゴーラクプルという町からやってきた職人たちだ。
紙やすりやグラインダーで、でき上がったパーツを研磨する作業。この工程を手がけるのは、インド北部ウッタルプラデーシュ州にあるゴーラクプルという町からやってきた職人たちだ。
地べたに座って作業する職人が多いのが、インドらしい。
地べたに座って作業する職人が多いのが、インドらしい。

ちなみにこの工房が家具に使用するチーク材は、伐採から100年以上が経過した古材が中心。最近では新しい木材を使うこともあるが、その場合でもトレサビリティ管理されたミャンマー産チークを使うのだとか。サステナビリティにおいても、時代の先端を行っている。「今までが1stステージだとしたら、アーティストとのコラボレートを通して、インドのものづくりを21世紀にアップデートさせるのが今後の目標です」と語るシュリナットさん。インドのクラフツマンシップは、これからが面白い。

こちらの家具に使われるチーク材は、100年以上が経過した古材が中心。それらが手に入りにくくなった現在では、倫理的に伐採された原産地証明付きのミャンマー産チークを使うこともあるという。
こちらの家具に使われるチーク材は、100年以上が経過した古材が中心。それらが手に入りにくくなった現在では、倫理的に伐採された原産地証明付きのミャンマー産チークを使うこともあるという。
ちなみに「ファントムハンズ」で働く職人たちは、理想的な職場環境を提供される。無料の社宅や平均月収を大きく上回る給料、医療保険や生命保険の提供など。
ちなみに「ファントムハンズ」で働く職人たちは、理想的な職場環境を提供される。無料の社宅や平均月収を大きく上回る給料、医療保険や生命保険の提供など。
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山下英介
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