映画ライターとして多くの映画に触れている坂口さゆりさんが、今月も「大人の女性が観ると人生が豊かになる」作品をご紹介します。
今月おすすめするのは、『ヘルムート・ニュートンと12人の女たち』『100日間のシンプルライフ』『この世界に残されて』の3作品。早速、見ていきましょう!
人生における"大切なもの"が見えてくる「女性におすすめの映画」3選
■1:20世紀を最も騒がせた写真家、ヘルムート・ニュートンの素顔に迫った『ヘルムート・ニュートンと12人の女たち』
"20世紀を最も騒がせた写真家"といわれたヘルムート・ニュートンの世界を、12人の女性たちの視点から再構築したドキュメンタリーです。
彼の写真といえば、モノクロ、女性の長~くて細~い脚、そして堂々とした女性のヌードがすぐに思い浮かびます。子供のころから目にしていましたが、彼がファッションフォトグラファーだと知ったのは、すっかり大人になってからでした。
各国版『ヴォーグ』誌を始め、ファッション誌の枠におおよそ収まりきらない作品で衝撃を与え続けたヘルムートは、「ポルノまがい」「女性嫌悪主義」との議論を巻き起こし、それゆえ"20世紀を最も騒がせた写真家"と呼ばれていました。
確かに女性の足に巻きついた鎖や、遊ばれて放り投げられた人形のようにベッドに横たわる女性の写真などを見れば、女性蔑視と抗議する人たちがいてもおかしくありません。しかし、本作に登場する12人の女性たちの話から見えてくるのは、そうした世間のイメージとは明らかに異なるヘルムートの姿です。
ベッドに打ち捨てられた人形のようなモデルとなったナジャ・アウアマンは、その写真を「露骨な性差別と女性蔑視を責めることもできるし、現実を反映してるとも言えるわ。男性は妻にミニスカートを履かせて人形扱いしたがる。でも、女性は人形じゃない。そんな解釈をこの写真は伝えているのよ」と語ります。
モデルとして一時代を築いたクラウディア・シファーは「彼の撮るショットは、ハイファッションに粋なひねりが効き、セクシーな要素と一体化する」と賞賛。
また、女優シャーロット・ランブリングの「世間を挑発するって最高。挑発されると思考やアイデアが刺激され、会話も弾むわ。そんな人間が必要よ」という言葉からは、彼女が喜んでニュートンの"共犯者"となっていたことがわかります。
見る人の度肝を抜くような作品から「女たらしや女性蔑視のマッチョな男」と見られがちなヘルムートですが、モデルとなった女性たちや彼を知る女性たちは口をそろえて、彼がいかにユーモアがあり、撮影で恥ずかしさを取り除いてくれたか、自分でない自分を引き出してくれたか、また、エネルギーをもらえるかを熱く語り続けます。
また、妻であるジューンとの関係もしっかり織り込み、ヘルムートの愛妻家の一面が見られるのも楽しい。
アナ・ウィンターやイザベラ・ロッセリーニの「ジューンは母親役でもある」「ジューンにとって彼はおもちゃで遊ぶ男の子」といった言葉から見えてくるのは、大人になっても変わらない彼の少年っぽさ。ジューンによってヘルムートの才能が引き伸ばされていったのは間違いなさそうです。
ジューンの「入院中の私を撮った写真には愛が溢れている」という言葉に、夫への愛と同時に深い信頼の絆も感じずにはいられません。
女性たちの証言から鮮明になる「写真家ヘルムート・ニュートン」にワクワクが止まりません。
Movie information
- 『ヘルムート・ニュートンと12人の女たち』
- 監督:ゲロ・フォン・ベーム 出演:シャーロット・ランブリング、イザベラ・ロッセリーニ、グレース・ジョーンズ、アナ・ウィンター、クラウディア・シファー、マリアンヌ・フェイスフル、ハンナ・シグラ、シルヴィア・ゴベル、ナジャ・アウアマン、アリヤ・トゥールラ、ジューン・ニュートン、シガニー・ウィーバー スーザン・ソンタグ、カトリーヌ・ドヌーヴ、ヘルムート・ニュートンほか。 配給:彩プロ
- 2020年12月11日からBunkamura ル・シネマ、新宿ピカデリーほか全国順次公開。
■2:モノやデジタルに依存しすぎた現代人にこそ刺さる映画『100日間のシンプルライフ』
フィンランドで製作され、世界中の若者の間で一大ムーブメントとなったドキュメンタリー映画『365日のシンプルライフ』をベースにした本作。
彼女にフラれた男性が自分の持ち物をすべてリセットして、人生で大切なものを探し出していくドキュメンタリーで面白かったが、こちらは価値観の異なる男ふたりを主人公に、彼らが財産を賭けた大勝負に挑みます。
スマホ依存症で自由気ままな独身生活を謳歌するプログラマーのパウルと、彼の親友で共同経営者のトニーは、パウルが5年前に開発した人工知能搭載アプリ「NANA」をアメリカのIT実業家に売り込むプレゼンで大成功。400万ユーロ(約4.9億円)で買い取ってもらえることになります。
ところが、人を幸せにするためにNANAをつくったパウルは、トニーがNANAで金儲けをしようとしていたことが許せません。ふたりが大喧嘩をはじめた晩、酔った勢いでとんでもない勝負をすることになります。
それは、すべての財産を倉庫に預け、裸一貫、所持品ゼロの状態から一日ひとつだけ必要なモノを取り出して100日間生活するというものでした。
初日、ふたりは極寒のベルリンの街を素っ裸で倉庫へ。勝負を通してモノやデジタル依存している生活に気づきはじめるのですが、100日目を迎えた彼らが選んだいちばん大切なモノとは……。
毎年12月に入るころになると頭を悩ませ始めるのが年末の大掃除。スマホ依存ではないけれど、限定スニーカーに目がないパウルに激しく同意してしまった私。モノは増え続け、仕事部屋は明らか年々年狭くなっている…。
映画を見ながら「早く掃除しなくちゃ」と思わされたのは、シンプルライフが人生を豊かにする鍵、と思えたからでしょう。
Movie information
- 『100日間のシンプルライフ』
- 監督・脚本:フロリアン・ダーヴィト・フィッツ 出演:フロリアン・ダーヴィト・フィッツ、マティアス・シュヴァイクホファー、ミリアム・シュタイン、ハンネローレ・エルスナー、ヴォルフガング・シュトゥンフ、カタリナ・タルバッハほか。配給:トランスフォーマー、フラッグ
- 絶賛公開中。
■3:喪失感に押し潰されそうなとき、そっと心に寄り添ってくれる映画『この世界に残されて』
映画『この世界に残されて』をジャンル分けしたら、ユダヤ人を主人公にした「戦争映画」ということになるでしょう。でも、ここにはむごい戦闘シーンや悲惨な強制収容所の生活が出てくるわけではありません。
舞台は第二次世界大戦後の1948年、ハンガリー・ブタペスト。それぞれ家族を失った、まもなく16歳になる少女と42歳の婦人科医を主人公に、喪失感を抱えたふたりが出会うことによって癒されていく。本作は、大切な人を亡くした人に寄り添う希望の物語となっています。
ホロコーストによって両親と妹を失ったクララ(アビゲール・セーケ)は、16歳になろうとしているのにまだ初潮を迎えておらず、心配した大おばのオルギに連れられて病院へやって来ます。
担当したのは医師のアラダール・ケルネル(カーロイ・ハイデュク)。クララはアルド(アルダール)に「喜びという感情がないみたい」という印象をもちながらも、父親の姿を重ね、何かと彼の家を訪れるようになるのでした。
やがて、大おばからも頼まれ、アルドはクララの保護者代わりに。喜ぶクララは週の半分を彼の家で生活し始めます。孤独な日々を送っていたふたりの生活に一条の光が差し込むのですが……。
「取り残された者のほうが不幸よ」。クララのその言葉を聞いたとき、私は東日本大震災を思い起こしました。とても他人事には聞こえません。家族や大切な人を失うのは戦争だけではないのです。
本作のメガホンを取ったバルナバーシュ・トート監督はインタビュー記事で、本作を観た観客から多様な反応をもらったことを明かしました。「この映画はホロコーストに限らず、さまざまなトラウマに対して癒しとなるのかもしれない」と語っています。
イラクで心が壊れた元米軍兵士からは「この映画は鎮痛剤のようなものとなった」と言われたそうです。
生きていれば大切な人を失うことがあります。でも、人はそれでもなんとか前に進むことができる。ぽっかり空いた心にじんわり効く映画というのはあるのです。
Movie information
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『この世界に残されて』
監督:バルナバーシュ・トート 出演:カーロイ・ハイデュク、アビゲール・セーケ、マリ・ナジ カタリン・シムコー、バルナバーシュ・ホルカイほか。 配給:シンカ - 2020年12月18日からシネスイッチ銀座ほか全国順次公開。
- TEXT :
- 坂口さゆりさん ライター
- BY :
- 『Precious1月号』小学館、2021年
- EDIT :
- 宮田典子(HATSU)、喜多容子(Precious)