前回までは「遺産は自宅だけ」というヨウコさんのケースで、子どものひとりが自宅の土地・建物をすべて相続する代わりに、他の子どもに法定相続分に見合った現金を支払う「代償分割」という相続の手法を紹介しました。 

 ヨウコさんは、「夫との思い出がつまった自宅で最後まで暮らしたい。この家を娘に譲り渡したい」という希望があったため、生命保険を活用することで、自宅を残しつつ、2人の子どもに平等に遺産分割する道を選びました。

でも、同じようにめぼしい財産は自宅だけというケースでも、家に対するこだわりが強くない人もいます。なかには、子どもたちが成長して独立してしまったあと、ひとりで暮らすには広すぎる自宅を持て余している人もいるのではないでしょうか。東京・大田区の田園調布で暮らしているサエコさん(72歳)もそのひとりです。

ひとりでは持て余す広い豪邸。売却してマンションに住み替えたい

 
 

サエコさんが暮らしている自宅は、亡くなった夫が40年前に購入したもので、4LDKの2階建て。当時はまだ珍しかった対面式のキッチンと広いリビングが自慢でした。専業主婦だったサエコさんは、そのキッチンで家族に料理の腕を振るっていましたが、2人の子どもたちが成長するとともに、その機会はだんだん減っていきました。

「子どもたちは大学を卒業して就職すると、仕事の都合で家を出てしまったので、その後は夫と2人でのんびりと暮らしていました。その夫も3年前に他界したので、今はこの広い家に私ひとりきり……。この先、子どもたちが、この家に戻ってくることもなさそうです。使っていない部屋はどんどん物置きになっています(笑)」(サエコさん)

笑って話すサエコさんですが、実は洗濯物を干したり、掃除をしたりするのに、階段を上り下りするのも一苦労。知らない人から見ると、憧れの田園調布の豪邸も、実際にひとりで暮らしているサエコさんには重荷のようです。

「この先、もっと年をとったときのことを考えると不安がよぎります。体力が落ちてきたら、これまでのように家や庭の掃除も行き届かなくなるだろうし、私ひとりでこの家を維持していく自信はありません。この家を処分して、階段の上り下りをしなくてもいいマンションに引っ越せたら、どれだけ楽だろうと思います」(サエコさん)

長女のヒロコさん(44歳)は化粧品メーカーに勤めるキャリアウーマン。結婚はしていませんが、友人も多く、シングルライフを楽しんでいるようです。現在は、転勤で大阪暮らしをしていて、商品開発の仕事に力を注いでいます。

「母のことは気になっているのですが、今は仕事が忙しくて実家に帰れるのは年に2~3回。転勤があるので、当分、私は賃貸マンションでのひとり暮らしが続きそうです」(ヒロコさん)

 首都圏の私立大学で教員をしている長男のイサムさん(39歳)は、賃貸マンションで妻(35歳)と小学校1年生(7歳)の長男との3人暮らし。月に1回は家族とともに実家を訪ねていますが、ヒロコさんと同様に母親のサエコさんとの同居は考えていないようです。

「実家から息子が通っている私立小学校まで遠くて、母と同居するのは難しいんです。でも、あの広い家に母がひとりで暮らすのはたしかに大変だと思います。将来的に姉や僕が住むこともないと思うので、母のいうように今のうちに便利なマンションに引っ越したほうがいいのかもしれません」(イサムさん)

ヒロコさんも、イサムさんも、実家の売却については「お母さんが暮らしやすいように自由にしてほしい」というのが共通の思いのようです。

「特定空き家等」に認定されると、固定資産税が6倍になる

『身近な人が亡くなった後の手続のすべて』(自由国民社)の著者で、相続や事業承継に詳しい税理士の福田真弓さんは、「サエコさんのケースのように、将来的に受け継ぐ人がいなくなる可能性のある家は早めに売却して、換金しやすい都心のマンションに住み替えておくのも一つの手段」だといいます。

 理由のひとつとしてあげられるのが、「空家対策特別措置法」による固定資産税の見直しです。

「土地を所有していると固定資産税がかかりますが、居住用の住宅が建っていると『住宅用地の特例』が適用されて、税金が更地の6分の1に軽減されます。ただし、老朽化した空き家の増加が問題視されるようになり、2015年5月26日に『空家対策特別措置法』が完全施行されたことで、固定資産税の扱いも見直されています」(福田さん)

 親が亡くなって実家の土地・建物を相続したものの、住む人が誰もいないまま放置されている空き家が増加しています。そうした空き家のなかで、倒壊の恐れがあったり、不法投棄やごみの放置で衛生上問題になっていたりすると「特定空き家等」に認定され、土地に固定資産税の軽減は受けられなくなったのです。

家は、人が住まなくなると傷みが早くなるといいます。将来的にサエコさんの自宅も、特定空き家等に認定されないとも限りません。かといって、家を取り壊して更地にしてしまっても、固定資産税の軽減はなくなるので、住む人が誰もいなくなりそうな家は、売れるうちに売却することを考えたほうがよさそうです。

懇意にしている不動産会社に相談したところ、幸い「この家ならすぐに買い手もつきそうだ」と言ってくれました。今は売りたくても売れない家も多いようですが、当時3000万円で購入したサエコさんの自宅は、現在、時価1億円ほどになっていました。

「今のところ生活に困らないだけのお金はあるので、自宅を売ったお金で小さなマンションを買ったら、残りは子どもたちのために貯蓄しておこうと思っています。子どもたちには、できるだけたくさん財産を残してあげたいのですが、何かよい方法はあるでしょうか?」

 サエコさんは、自宅を売った1億円で小さめのマンションを買い、残りは貯蓄して子どもたちに渡すつもりのようです。でも、現金で残しておくより、不動産を活用したほうが相続では有利になります。それは、財産の評価額の計算方法に秘密がありました。

自宅を売却した資金1億円でマンションをふたつ購入し、資産圧縮

イサムさんとヒロコさんのために、サエコさんが選んだ相続方法は…
イサムさんとヒロコさんのために、サエコさんが選んだ相続方法は…

「相続財産の価格は、財産をもっていた人が亡くなった日を基準に判断しますが、財産の種類ごとに評価額の決め方は異なります。現預金や株式などの金融資産は、時価がそのまま評価額になります。一方、不動産の時価は分かりにくいので、相続税額を決めるための独自の計算方法※があり、時価よりも評価額が低くなるのが一般的です」(福田さん)

※不動産は土地と建物に分けて評価額を決める。土地は、利用目的によって一区画ごとに評価され、土地が面する道路につけられた路線価をもとに算出する「路線価方式」か、固定資産税評価額に一定の倍率をかけて算出する「倍率方式」のいずれかで決める。建物は固定資産税評価額が相続税の評価額になる。

とくに、マンションは敷地面積をそれぞれの部屋で分割して所有するので、ひとりの人の土地の持ち分は非常に少なくなります。時価が同じでも、一戸建てよりマンションの評価額のほうが低くなります。たとえば、時価が5000万円のマンションでも、相続税を計算するときの評価額が2000万~3000万円程度になるといったことが起こっています。評価額が引き下げられれば、そのぶん課税価格も低くなり、納める相続税額が少なくなる可能性があります。

「一方、現預金は時価がそのまま評価額になるので、5000万円そのものが課税対象になってしまいます。相続をできるだけ有利に進めるためには、現金で残しておくよりも、不動産を活用することも考えてみましょう」(福田さん)

サエコさんが亡くなった時のことを考えて、2人の子どもに平等に遺産分割するためには、田園調布の自宅の土地・建物を売却した1億円で、サエコさん名義でマンションをふたつ購入する方法が有効です。現状では、ひとつ目(A)はサエコさん自身が住み、ふたつ目(B)には東京で暮らしている息子のイサムさんが住みます。そして、サエコさんが亡くなったら、サエコさんが住んでいたAのマンションを長女のヒロコさんが受け継ぎ、Bのマンションはイサムさんが受け継ぎます。

 地域にもよりますが、マンションの評価額は時価の半分程度になることが予測されるので、たとえば時価5000万円で購入したマンションでも、評価額が2000万円なら、将来の相続財産は【2000万円×2戸=4000万円】です。相続税の基礎控除額は【3000万円+(600万円×法定相続人の数)】(サエコさんのケースでは4200万円)なので、非課税範囲内に抑えられます。

 このようにマンションをふたつ購入すると、現金で残すよりも財産の評価額を圧縮することができるだけではなく、2人の子どもに平等に遺産を分割できるのです。

別居親族でも持ち家がなければ「家なき子特例」が利用できる

 マンションの評価額が高くて基礎控除額を超えた場合も、サエコさんが住んでいたマンションを相続するヒロコさんは、大阪の賃貸マンションで暮らしているので「家なき子特例」が適用され、相続税の支払いから免れることも可能です。

 前回のヨウコさんのケースで紹介したように、相続税には土地の評価額を大幅に引き下げられる「小規模宅地等の特例」という優遇税制があります。

 これは、亡くなった人(被相続人)の自宅の敷地を配偶者が相続するか、生前から同居していた親族が相続して住み続ける場合は、敷地面積330㎡までの部分は、土地の評価額が8割引きになるというものです。原則的に、対象になるのは生前から同居していた親族ですが、同居していなかった親族であるヒロコさんでも相続前の3年間、相続する本人、またはその配偶者が所有する家に住んだことがなければ、小規模宅地等の特例を利用することができるのです。

 これは自宅を所有していなければ、相続開始後、いつかは親の家に住むだろうという配慮によるもので、「家なき子特例」と呼ばれています。

 ヒロコさんのようにマイホームがなく、ずっと賃貸住宅暮らしの人が当てはまりますが、持ち家があっても売却したり、他の人に貸したりして3年たっていれば、家なき子特例の対象になります。

 一方、イサムさんが相続するのはサエコさん名義のマンションですが、イサムさん家族が暮らすことになるので、親の居住用財産ではありません。そのため小規模宅地等の特例は利用できず、将来的にマンションの評価額が基礎控除額を超える場合は相続税が発生します。マンションを使った資産圧縮を考える場合は、時価よりもできるだけ評価額が低くなるような物件を選ぶことも、相続税対策では必要なことになります。

 
 

売却益にかかる税金に注意して、買い換えプランを検討しよう

もうひとつ注意しなければならないのは、不動産を売却して得た譲渡所得には税金がかかるという点です。

「譲渡所得税の課税価格は、売却価格から購入資金や譲渡にかかった経費を差し引いたもので、サエコさんのように保有期間が5年を超えていると所得税と住民税が合わせて20%かかります。ただし、マイホーム(居住用の不動産)の売却には税負担を抑える特別控除があり、一律に譲渡益から3000万円を差し引くことができます」(福田さん)

サエコさんのケースでは、現在の時価の1億円から購入した当時の評価額3000万円を差し引いた7000万円が譲渡益ですが、さらに3000万円の特別控除があるので、譲渡所得は4000万円になります。この20%にあたる800万円の所得税がかかることになります。マンションに買い換える際には、事前にこうした税金がかかることも考慮に入れて物件探しをするようにしましょう。

 一戸建てのままだと、いざ相続が発生したときに財産を分割しづらいけれど、早めにマンションに買い換えておけば、トラブルを抑えて有利に相続することができるケースもあります。とくに、相続税は土地に対する優遇税制が多いので、不動産を活用すると手持ちの資産の目減りを抑えて、次世代に渡すことも可能です。広すぎる一戸建てを持て余しているなら、売却時の特別控除やその他の特例にも注目しながら、換金しやすいマンションに住み替えることを考えてみましょう。

【連載:今さら聞けないお金のお話】

監修者PROFILE
福田真弓(ふくだ まゆみ)さん
1973年、神奈川県横浜市生まれ。青山学院大学経営学部卒。2003年1月に税理士登録。税理士法人タクトコンサルティングに入社し、富裕層への相続や事業承継対策を提案。2008年12月に独立。現在は、勤務税理士時代の資産税の経験をもとに、相続税・贈与税の税務申告をはじめ、会計税務やマネー全般に関する個別相談・提案業務などを行う。新聞記事へのコメント、雑誌の取材や記事執筆、講演、テレビ出演の実績も多数。共著の「身近な人が亡くなった後の手続のすべて」(自由国民社)が55万部を超えるベストセラーに。
この記事の執筆者
1968年、千葉県生まれ。編集プロダクション勤務後、1999年に独立。医療や年金などの社会保障制度、家計の節約など身の回りのお金の情報について、新聞や雑誌、ネットサイトに寄稿。おもな著書に「読むだけで200万円節約できる!医療費と医療保険&介護保険のトクする裏ワザ30」(ダイヤモンド社)がある。