大手自動車メーカーに勤めるアケミさん(45歳)は、公務員の夫・ケンジさん(45歳)と15年前に結婚。共働きを続けながら、ここ数年はひとり娘(13歳)の中学受験のサポートに忙しい日々を送ってきました。
その娘が、この春、晴れて第一志望の私立中学に合格。肩の荷がひとつ降りたことで、ふと頭をもたげてきたのが夫婦の老後のことでした。
「5年前にマンションを購入したとき、頭金で貯蓄のほとんどを使ってしまいました。加えて、ここ数年は娘の塾の費用や私立中学の入学金・授業料の支払いがあったので、なかなか貯蓄が増えなくて…。
でも、『年金破綻』という言葉も気になるし、今の高齢者の人たちと違って私たちは本当に年金をもらえるかどうかも分からないでしょう。娘の受験が終わって心配事がクリアしたので、そろそろ私たち夫婦の老後資金のことも真剣に考えないといけないと思うようになったんです」
2015年の平均寿命は男性が80.79歳、女性が87.05歳で、男女ともに過去最高を更新しました(厚生労働省「簡易生命表」)。医療技術の進歩や健康志向の高まりによって、今後も平均寿命は延びる可能性が示唆されています。
健康で長生きは人類の永遠の夢とはいえ、老後の暮らしを支えるためには経済的な裏づけも必要です。アケミさんが老後の生活に不安を抱くのは当然ですし、安定した収入のなくなる定年後に備えて、今のうちに老後資金の準備を始めようと思うのは賢明な判断です。
でも、アケミさん世代の人たちは、本当に国の年金をもらえなくなるのでしょうか。
未納が増えると公的年金は破綻する?
『ズボラな人のための確定拠出年金入門』(プレジデント社)などの著書がある社会保険労務士の井戸美枝さんは、「老後に年金が全く支払われないということは、まず考えられない」といいます。
公的年金は、日本で暮らす20歳以上のすべての人に加入を義務づけた国の制度で、職業によって「国民年金」「厚生年金」のいずれかに加入します。
国民年金に加入するのは会社員と公務員を除くすべての人で、具体的には自営業者や非正規雇用の人、学生などが対象です。そして、会社員と公務員の人は厚生年金に加入します(公務員の共済年金は、2015年10月に厚生年金に統合されました)。
国民年金は「基礎年金」とも呼ばれており、年金制度の土台部分という位置づけです。自営業の人などが加入するのは国民年金だけですが、会社員や公務員の人の制度はいわゆる「2階建て年金」です。1階部分の基礎年金に加えて、2階部分に厚生年金を上乗せする構造になっていて、実は会社員や公務員の人も国民年金に加入しています。
年金破綻の理由としてよくあげられるのが「国民年金」の未納率の高さです。
たしかに、2015年度の国民年金の納付率は63.4%。徐々に回復してきているとはいえ、3割強が未納となっています。公的年金は現役世代が納めた保険料を高齢者の年金給付に使う「賦課方式」なので、少子化が進んでいるなかで未納者が増えると、「現役世代の保険料だけでは、多くの高齢者の年金を支えられなくて破綻するのでは?」と考える人もいるようです。
でも、「未納率3割強」という数字は、国民年金のみに加入が義務付けられている自営業者などを分母とした割合です。国民年金には基礎年金という形で会社員や公務員も加入していますが、彼らの保険料は給与やボーナスから天引きされているので原則的に未納はありません。そのため、会社員や公務員の基礎年金を考慮した全体の未納率は5%程度に薄まります。日本の年金には世界トップクラスの積立金がありますし、この程度の未納分は積立金で十分にカバーができるのです。
「しかも公的年金はあくまでも保険制度なので、年金をもらえるのは決められた保険料を収めた人だけです。未納者に年金は支払われないので、きちんと保険料を支払っている人の給付が脅かされることはありません。社会連帯によって成り立っている年金を支払わない人がいるのは問題ですし、無年金者が増えると生活保護費が増えるという別の問題は生まれますが、未納が増えても年金が破綻する理由にはならないのです」(井戸さん)
年金が破綻するときは、日本そのものも破綻している
財源論から考えても、年金が破綻すると考えるのは飛躍しすぎています。公的年金のおもな財源は保険料で、会社員の場合は毎月の給与やボーナスから天引きで徴収され、事業主負担分と合わせて国に納められています。企業が次々と倒産して従業員に給与を払えなくなったら保険料も徴収できなくなり、老後の年金も支給できなくなるでしょう。でも、日本企業の多くが一斉に倒産する可能性は非常に低いはずです。
「年金には税金も投入されています。税収は減っていますが、だからといって税金が一切徴収できなくて、年金にお金を回せないということも現状では考えられません。もしも国が税金を徴収できなくなるとしたら、その時は日本という国そのものが破綻しているでしょう」(井戸さん)
そうなると公的年金だけの問題ではなくなります。たとえば、銀行の預金や保険会社の個人年金などは、日本が発行している国債で運用されているものが多いので、国が破綻したらそれらは紙くず同然です。公的年金が破綻するときは、銀行の預金や民間保険も同様に破綻しているでしょうから、もしも「公的年金が破綻するから、銀行の預金や民間保険を利用して老後資金をつくろう」と思っているとしたら、その考えには矛盾があります。
破綻はしないけれど、確実に支給額は減っていく
年金の制度設計、社会状況などを冷静に考えてみると、年金制度が破綻して老後の年金が一切もらえないという心配はなさそうです。ただし、年金だけに頼って暮らしていけるかというと、それは難しいといわざるをえません。
「少子高齢化社会に対応するために、保険料を支払う現役世代と年金をもらう高齢者の人口バランスを考えて年金額を調整する『マクロ経済スライド』という制度が導入されたからです。その結果、インフレになると、事実上、年金額は目減りしていくことになりました。つまり、年金そのものは破綻しないけれど、支給額がこれまでよりも減額されていくことが年金問題の本質です。年金の目減りを避けられないのは事実なので、不足する老後資金を自分で補う努力が必要になってきたというわけです」(井戸さん)
その老後資金づくりに最適なのが、「確定拠出年金(iDeCo/イデコ)」です。毎月決まった額を投資信託に積み立てて老後資金をつくっていくもので、掛け金の全額が非課税になるなどメリットの高い金融商品です。
2017年1月から利用できる対象が専業主婦や公務員などにも広がり、ほぼすべての国民が加入できるようになりました。ただし、利用には公的年金の保険料を100%支払っているなど一定のルールがあります。また、上手に運用するための金融機関や投資信託の選び方にはちょっとしたコツも必要です。
とくに、アケミさんのように、子どもの教育費や住宅ローンの支払いなどがある人は、家計とのバランスを考えながら利用する必要もあります。
後編では、確定拠出年金の特徴やメリット、金融機関や投資信託の選び方のポイントなどについてみていきましょう。
【後編】「節税」と「老後資金づくり」ができる、確定拠出年金の基本
- TEXT :
- 早川幸子さん フリーランスライター