近年では「わび・さび」といった具合にセットで使われることが多いが、「わび」と「さび」は、本来異なった哲学である。「さび」とは、もともと大和言葉においては鉄などが劣化していく「錆び」のことであり、それが人がいなくなった静かな状態の「寂しい」、そして肉体的な状態を指す「寒い(さぶい)」に転じていく。

こちらも元々は「わび」と同じくマイナスイメージを感じさせる言葉だったが、社会をドロップアウトして漂泊する人々が続出した、平安末期からその意味合いは少しずつ変わってくる。彼らにとってはむしろ「寂しさ」こそが目ざすものであり、その美意識にかなう状態だったのだ。

英国製ツイードで日本の風景を表現する

ヴィンテージ生地に宿った「さび」の精神

荒野で鍛えられた英国羊毛で織り上げた、「ポーター&ハーディング」社製ツイード生地のジャケット。ベージュとカーキ、ブルーが入り混じったチェック柄は、閑寂とした森の中を彷彿させる。紅葉をイメージしたニットや、山ぶどうの蔓でつくった籠バッグと合わせて。ジャケット¥160,000※オーダー価格(伊勢丹新宿店〈サルトリア イプシロン〉) ニット¥39,000(アウターリミッツ〈ナイジェル・ケーボン〉) パンツ¥88,000(ブライスランズ&コー〈アンブロージ〉) 靴¥23,000(クラークスジャパン〈クラークス オリジナルス〉) 時計¥3,240,000(ヴァシュロン・コンスタンタン) その他/スタイリスト私物 すべて税抜、参考価格

そんな「さび」の精神は、「冷え枯れ」こそが至高の美意識と見出した室町時代の僧侶心敬らを経て、江戸時代の俳人松尾芭蕉によって完成を遂げる。それはわかりやすくいうと、簡素で枯れたものの中に、奥深さや豊かさを見出すという、二重構造の美といえよう。

そんな「さび」を洋服の世界で表現する上で、格好のフィルターとなるのが英国ジェントルマンの装いかもしれない。中でも荒々しい自然の風景を生地に織り込んだツイードジャケットには、芭蕉の俳句にも負けない「禅機」が宿っている。

大和魂を持つ英国紳士、白洲次郎は、「ツイードなんて買ってすぐ着るものじゃないよ。3年くらい軒下に干したり雨ざらしにして、くたびれたころ着るんだよ」という名言を遺したが、これこそ「さび」の精神と合致するではないか。

ゆえに「さび」の装いでは、英国のカントリージェントルマンのジャケットスタイルをお手本にしつつ、日本の四季折々の風景に合わせた色彩を取り入れ、表現してみてはいかがだろう。

着古して脂の抜けたツイードジャケットやシェトランドセーターにそでを通して、野山を散策するとき、あなたは枯凋の中にも新たなる生命の息吹を感じる、「さび」の境地に近づけることだろう。

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MEN'S Precious編集部 
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MEN'S Precious2020年秋号より
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PHOTO :
熊澤 透(人物)
STYLIST :
四方章敬
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MASAYUKI(the VOICE)
MODEL :
Daisuke
COOPERATION :
赤峰幸生、海老屋美術店