心地よいグルーヴと、ビターな言葉の存在感

例年にもまして、ひとりで籠り気味に仕事することが多かった昨年……と書き始めたが、実は年が明けても、同じような日々が続いている。そんな「ステイホーム」期間はまた、多くの音楽のお世話になっているが、本稿ではその中でも、昨年なんども繰り返し聴いた二者(正確にはあるアーティストのアルバムと、もう一方のアーティストに関しては配信音源)について触れたい。

メンズプレシャス冬号で終了した、メンズプレシャス本誌の立川直樹さんの連載「Radio Midnight」。そのテキストのまとめをお手伝いしていたが、立川さんと酒井編集長(当時)の対話を傍で拝聴するのは、ひとりの音楽好きにとって実に楽しい時間だった。青山「Sam’s」で行われた同連載の最終収録では、ショップオーナーのサムさんと立川さんが、ルイジ・テンコら1960年代〜70年代のイタリアのポピュラーミュージックについて盛り上がった。その会話の合間、立川さんが店内のレコード棚で目ざとく見つけたのが、ギル・スコット・ヘロンのアルバム『SECRETS』だった。

ギル・スコット・ヘロン『SECRETS』

盟友ブライアン・ジャクソンを中心としたファンキー&グルーヴィーなサウンドに、ギル・スコット・ヘロンのスモーキーな歌声が絡む『SECRETS』(Soul Brother Records/輸入盤)。1曲目の「Angel Dust」とは、もちろんドラッグのこと。タイトルからはベルベッツの「Heroin」あたりを連想させるが、こちらはミドルテンポのソウルに仕上がっていて、詞とサウンドの組み合わせが絶妙だ。
盟友ブライアン・ジャクソンを中心としたファンキー&グルーヴィーなサウンドに、ギル・スコット・ヘロンのスモーキーな歌声が絡む『SECRETS』(Soul Brother Records/輸入盤)。当時ヒットした1曲目の「Angel Dust」とは、もちろんドラッグのこと。タイトルからはベルベッツの「Heroin」あたりを連想させるが、こちらはミドルテンポのソウルに仕上がっていて、詞とサウンドの組み合わせが絶妙だ。オリジナルは1978年にリリース。

「このレコード、うちにもある。すごくいいよね」。そう話す立川さんが少し意外に感じた。プロテスト感溢れる黒人詩人の存在感と、享楽的でエレガントな立川さんとの繋がりがすぐには感じにくかったからだった。その日のメイン・トピックがフランク・シナトラだったことも影響したかもしれない。サムさんに頼んでレコードをかけてもらい、その音を聴いて驚いた。ジャズ〜フュージョン系の手練れのミュージシャンたち(ハーヴィー・メイスンほか)による余裕感ある演奏とソウルネスを感じさせる歌声、そしてシャープな歌詞の組み合わせは、ステイホームしながら、BLMのニュースに日々触れていた2020年の日本在住者の耳に、実にフレッシュに響いたのだった。

後年ギル・スコット・ヘロンの名を知ることになるリスナーにとっては、彼がジャズのリズムに乗せてポエトリー・リーディングを行う「ジャズ詩人」であり、その言葉(リリック)で政治や社会問題を痛撃するラップの祖のひとり、というイメージが先行してしまう。当然「フライング・ダッチマン」レーベルの初期作品が重要視され、「アリスタ」時代の作品群は、DJネタなどで重用されつつも、彼自身となかなか繋がらなかったりする。当方もクラブなどで「The Bottle」などの曲に親しんだ身でありながら、ギル・スコット・ヘロンといえば、「The Revolution Will Not Be Televised」のような感じと、つい連想してしまっていた。

早速CD(残念ながらアナログではない)を入手して聴き重ねるうち、先述の立川さんの言葉に納得がいった。レナード・コーエンやジョニ・ミッチェルといったアーティストたちを音楽として「楽しんで」いる身には、このアルバムでのギル・スコット・ヘロンの音楽も、十分「楽しく」、「美しい」のだった。思想やメッセージを込めた詞は、歌唱や演奏に乗り音楽となることで、文学とは異なるアートになる。そう考える者にとって、良き音楽、良き歌には、どこか「悦楽」が含まれている。ギル・スコット・ヘロンの声が持っている色気とグルーヴ感、それが聴きての感性に悦びとともに音楽を浸透させる。十分に聴き取れるわけではないが、シリアスな言葉の連なりが生む「苦味」は、感覚を陶酔から適度に遠ざけ、心地よい冷静さをもたらしてくれるようだ。

社会というか浮世の煩瑣と相対しながら、なおかつ音楽を楽しむ。現代をしたたかに生きる個人として、そんな姿勢を得たいと思う。その一方である音楽を、歌詞のプロテスト性や社会性、またはアーティストの言動などから評価することには、ちょっと躊躇いがある。「We Shall Overcome」を合唱する状況はそれはそれで尊いが、音楽を愛好する態度はまた別なように感じるのだ。むしろキッチンでコーヒーを淹れながら、ディランの「Like a Rolling Stone」をBGMとして耳にするほうが、音楽的な経験に思えてしまう。そんな当方のスタンスに、『SECRETS』はまさにハマる作品だった。

GREEN ASSASSIN DOLLAR『BLANKBEATTAPE』

2020年より配信されたGREEN ASSASSIN DOLLARの『BLANKBEATTAPE』(APHRODITEGANGHOLDINGS)。ビートテープとはインストゥルメンタルで構成されたヒップホップの作品を指すという。1分〜2分程度の短い曲で構成された本作は散文的な印象。旋律や音感を巧みに組み合わせた各曲は、素材の味を活かした一皿の料理を思わせる存在感がある。

そして、まったく脈絡はないが、この『SECRETS』を聴きながら、脳裏には時折もうひとつ別のサウンドが鳴っていた。それは日本のヒップホップのトラックメイカー、GREEN ASSASSIN DOLLAR(グリーンアサシンダラー)の一連のビートテープだった。その連想の理由は、表面的には『SECRETS』のフュージョン〜ソウル的なサウンドと、グリーンアサシンダラーのサンプリング引用元との連関だと思うが、他方で両者の音楽が内包する苦さと甘さの配剤、その上での「楽しさ」の性質が近しいのではないかという印象を勝手ながら抱いたのだった。

Webの「好書好日」にグリーンアサシンダラーのインタビューが掲載されているが、その中で彼は自身が影響を受けた本(小説)のひとつに、安部公房の『箱男』を挙げていた。箱に入った男という荒唐無稽な設定を通じて、社会の実像をシニカルに描き出したこの作品は、安部のストーリーテリングの巧妙さによって、生々しさと、「読み進める楽しさ」を備えている。それはグリーンアサシンダラーの音楽にも通じるように思える。アプストラクトでツイストした音の連なりは、聴いているうちにどこかヒリヒリとした、リアルな存在感が立ち上ってくるような感触を覚え、つい次の曲へと聴き進めてしまうのだ。

好書好日

さらに一連のビートテープ作品の、巧妙に組み合わされつつもどこかラフな、「すきま」を感じさせるサウンドは、断章、または詩を連想させる。そしてインストゥルメンタルだからこそ言葉の不在が際立って、結果「行間」のようなヴァイブレーションを感じてしまう。これはヒップホップという音楽の特性かもしれないが、グリーンアサシンダラーの音源においては、より強く印象に残った。もしかしたらそこにはクリエイターの意図が反映しているかもしれない。

ところで、このグリーンアサシンダラーの存在を教えてくれたのは、靴磨き職人の「なかじまなかじ(a.k.a. Freestyle)」さんだった。かつて自身もそのひとりだった、夜の世界に働く男たちの足元を輝かせたいと、新宿歌舞伎町を中心に活動する彼は、工房ではヒップホップのリズムに身を任せて靴を磨いているらしい。それに倣って、グリーンアサシンダラーを聴きつつ靴にブラシをかけ始めると、靴磨きという内向的な行為が街(ストリート)と繋がる営為のようにも感じられ、つい夜が更けるのを忘れてしまうのだった。

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この記事の執筆者
『エスクァイア日本版』に約15年在籍し、現在は『男の靴雑誌LAST』編集の傍ら、『MEN'S Precious』他で編集者として活動。『エスクァイア日本版』では音楽担当を長年務め、現在もポップスからクラシック音楽まで幅広く渉猟する日々を送っている。