■1:更生した元殺人犯の男に待ち受ける不条理な社会。無自覚な差別について考えさせられる『すばらしき世界』

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(c)佐木隆三/2021「すばらしき世界」製作委員会

オリジナル脚本に基づく映画を撮り続けてきた西川美和監督が、初めて原作ものに挑んだ話題作。原案となったのは、直木賞作家・佐木隆三のノンフィクション小説「身分帳」。

刑期を終えて出所した男がどのように社会に馴染んでいくかを描いた作品ですが、西川監督は舞台設定を現代に置き換え、元殺人犯の男がまっとうに生きようとあがく姿を通して、不寛容な社会の現実を突きつけます。

旭川刑務所で刑期を勤め上げた三上正夫(役所広司)は、身元引受人の弁護士、庄司(橋爪功)が住む東京へ向かいます。庄司は妻の敦子(梶芽衣子)とともに三上を歓待し、すき焼きを振る舞ってくれるのでした。三上はそんな二人の温情に感激し、泣き出してしまいます。

そんな三上に目をつけたのは、やり手のプロデューサー・吉澤(長澤まさみ)。彼女はテレビの制作会社を辞めたばかりの津乃田(仲野太賀)に電話をかけ仕事を依頼されます。

それは、前科者の三上が心を入れ替えて社会に復帰し、生き別れた母と対面を果たすという感動ドキュメンタリー番組を仕立てようというもの。作家を目指しながらも何も書いていない津乃田は仕方なく、その仕事を請け負うのでした。

しかし、元殺人犯。三上の「身分帳」と書かれた、三上の経歴を記したノートに目を通した津乃田は、人生の大半を刑務所で過ごしてきた彼の壮絶な過去を知ります。津乃田は三上に会うため、庄司弁護士とともに三上が入院している病院を訪れると……。

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(c)佐木隆三/2021「すばらしき世界」製作委員会

三上を演じるのは、西川監督が「憧れだった」という役所広司さん。三上は、庄司夫妻をはじめ人に親切にされればそのやさしさに声をあげて泣いてしまう。世話になった人に仕立ての良いバッグを作ってプレゼントする。几帳面な性格で部屋はいつもきれいに整理整頓。人懐こい笑顔の持ち主である一方、曲がったことを見逃せない。キレると手が付けられない性格ゆえ、サラリーマンに難癖つけたチンピラ二人を半殺しにしてしまう……。

役所さんはそんなまっすぐで、自分なりの正義感が強い矛盾だらけの男を体現。西川監督は「この役が本当に生きていると感じた」と話していましたが、私も思わず、「日本には役所広司がいた!」と興奮してしまったほど、役所さんは三上そのものに見えました。

自粛警察という言葉も生まれる昨今、ますます世の中は生きづらくなる一方です。元殺人犯、障がい者、ヤクザ……といったはみ出し者ならなおさらのこと。“普通”の人の無自覚な差別が弱者を追い詰めている状況は本作でもしっかりと描かれます。

ただ、その中にあって、三上は彼を思いやってくれる友人たちを得ることができたのは救いでした。この映画を思う時、私の耳には津乃田の「三上さーん!三上さーん!」という叫び声が蘇ります。それは、私も三上の側に立つ人間でありたいと願うから。この世界が少しでも「すばらしき世界」に近づくように。

Movie information

  • 『すばらしき世界』 
  • 脚本・監督:西川美和 原案:「身分帳」佐木隆三著(講談社文庫刊) 出演:役所広司、仲野太賀、六角精児、北村有起哉、白竜、キムラ緑子、長澤まさみ、安田成美/梶芽衣子、橋爪功
  • 全国公開中 配給:ワーナー・ブラザース映画

■2:藤井聡太棋士など、傑出した才能の持ち主が受けた教育方法とは…。子どもたちの笑顔に癒される『モンテッソーリ 子どもの家』

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©DANS LE SENS DE LA VIE 2017

何か気持ちを明るくする映画はないものか? そんな思いを抱いている方にぜひお勧めしたい映画が、ドキュメンタリー映画『モンテッソーリ 子どもの家』。やりたいことを成し遂げた子どもたちの満足そうな笑顔に、観ている人もきっと満たされるに違いありません。

「モンテッソーリ教育」とは、20世紀初頭のイタリアで、医師で教育家であったマリア・モンテッソーリ博士によって確立された教育法のこと。

「子どもには自分を育てる力が備わっている」という「自己教育力」の存在が前提となっており、「自立していて、有能で、責任感と他人への思いやりがあり、生涯学び続ける姿勢を持った人間を育てる」ことが目的とされています。

その教育を受けた人たちの名前を挙げれば、例えば、Amazonの創業者ジェフ・ベゾスやグーグルの共同創業者ラリー・ペイジ&セルゲイ・ブリン、俳優のジョージ・クルーニー、藤井聡太棋士など、傑出した才能の持ち主たちがズラリ。一体どんな教育がなされているか、自分の目で確かめたくなりますよね。舞台はフランス最古のモンテッソーリ学校。カメラはここに通う2歳半~6歳の子どもたちを2年3ヶ月にわたって追い続けます。

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©DANS LE SENS DE LA VIE 2017

教室では子どもたちそれぞれが、自分のやりたい“お仕事”に取り組んでいます。絵を描く子もいれば、本を読む子、ブロックを積み重ねる子、引き算の暗算板を使って計算に取り組む男の子もいます。容器の水を入れ替えたり、野菜を切ったり、りんごを必死にくり抜いたり。彼らは自分がやりたいことにトライし、納得するまでやり抜いています。

子どもは正確な作業を求められると興味を示し、時間を忘れてそれに取り組むと言います。難しければ難しいほど集中し、これを「集中現象」と呼ぶそう。3、4歳の子は天才といわれる人たちと同じ高い集中力を持つそうです。

実際、映画に出てくる4歳の男の子は、ハサミを使って線の引いてある紙をその通りに慎重に切っていきます。その真剣な眼差しには、誰もが声をかけられないであろうほどの集中力が見て取れます。

一人ひとりのペースを大人が認めることで、どの子も驚くような集中力を発揮。成し遂げた時の子どもたちの誇らしげでうれしそうな顔が可愛くて、映画を見飽きることがありません。

さて、そんな子どもたちの集中力を高め、能力を引き出すためには大人は何をすればいいのか。先生たちは子どもたちに余計な口出しをせずに見守り、使う道具をいつも整理整頓、きれいに整えています。

子どもたちの能力を引き出すには、大人が介入して集中を妨げることをせず、子どもにとって障害になるものを置かないことがポイントなのだそう。

子育てが終わった人も子育てをする機会がなかった人も、潜在的な能力を開花させていく子どもたちの姿を見れば、力が湧くこと間違いなし。やり遂げたいという強い意志を持ち、自主的に行動する子どもたちは、この不安定な時代にあって私たちの「希望」となることを教えてくれます。

Movie information

  • 『モンテッソーリ 子どもの家』 
  • 監督・撮影・録音:アレクサンドル・ムロ、日本語吹替:本上まなみ/向井理
  • 2月19日から新宿ピカデリー、イオンシネマほか全国順次公開。配給:スターサンズ/イオンエンターテイメント

■3:目まぐるしく変容する時代を生き抜く、中国3世代家族の姿を描いた『春江水暖~しゅんこうすいだん』

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© 2019 Factory Gate Films All Rights Reserved  

長編第1作となる本作が、カンヌ国際映画祭のクロージング作品に選ばれたグー・シャオガン監督。話題作『春江水暖』で変貌する中国。富陽で生きる3世代家族の人生を描きます。

富陽はシャオガン監督の生まれ故郷。その地で描かれ歴史的遺産となっている中国山水画の傑作「富春山居図」から本作はインスピレーションを受けたといいます。

季節ごと、3ヶ月ごとに、2年かけて撮影しただけあって、滔々と流れる大河を抱える富陽の四季折々の変化をとらえた映像は、観る者を圧倒。横移動スクロールという手法で撮ったロングテイクにロングショットをはじめ、芸術性の高い映像は一見の価値ありです。

舞台は中国杭州市、大河・富春江が流れる街・富陽。至る所で再開発が進み、不動産は値上がりする一方です。ある夏の夜、黄金大飯店では顧(グー)家の家長である、年老いた母ユーフォンの誕生日の祝宴が開かれていました。

4人の息子たちとその家族が祝い、親戚たちも続々とやってきます。長男のヨウフーはその黄金大飯店を営み、次男のヨウルーは漁師、三男のヨウジンは一人でダウン症の息子を育てながら借金を重ねています。母親の愛を一身に受けてきた四男ヨウホンは独身で、再開発の取り壊し現場で働いています。 

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© 2019 Factory Gate Films All Rights Reserved  

宴が盛り上がる中、突然、ユーフォンが脳卒中で倒れてしまいます。それをきっかけにユーフォンの認知症が進み、退院後は介護が必要に。果たして、母親をだれが介護をするか。弟二人は当てにならないと、まずは長男ヨウフーが引き取ることに。

しかし、妻のフォンジュエンは穏やかではありません。三男のヨウジンに貸した金も、自分の弟に貸した金も返ってこず、店は火の車です。娘グーシーに見合いをさせて金の問題を解決しようと一計を案じますが、グーシーは安月給の教師ジャンと交際。親を悩ませるのでした……。

職業も、経済状況も、家族関係も考え方も異なる4人の兄弟の暮らしと母の関係を通して、目まぐるしく変容する時代を切り取っていきます。リアリティーあるキャスティングだなと思っていたら、実は俳優たちのほとんどがシャオガン監督自身の親族や知人だと知ってびっくり。

長男夫婦を演じたのは、実際に料理店を営む伯父夫婦だそう。それぞれが自分に近い役を演じることでリアルな演技を引き出せたようですが、まったく違和感がありません。

スタッフにしても、商業的な大きな映画システムに入っているようなベテランはいなかったといいます。2年という年月をかけて撮ったことがここでも功を奏したようです。

映画を見て、さらに内実を知れば知るほど驚かされる本作。この映画は3部作で作る予定だそうですが、今後どのような年代記が生まれるのか。楽しみが1つ増えました。中国の新たな才能にぜひ注目してみてはいかがでしょうか。

Movie information

  • 『春江水暖〜しゅんこうすいだん〜』 
  • 監督・脚本:グー・シャオガン 出演:チエン・ヨウファー、ドゥー・ホンジュン、ジャン・レンリアン、スン・ジャンジエン、スン・ジャンウェイ、ワン・フォンジュエンほか。
  • Bunkamura ル・シネマほか全国順次公開中。配給:ムヴィオラ
この記事の執筆者
TEXT :
坂口さゆりさん ライター
BY :
『Precious3月号』小学館、2021年
生命保険会社のOLから編集者を経て、1995年からフリーランスライターに。映画をはじめ、芸能記事や人物インタビューを中心に執筆活動を行う。ミーハー視点で俳優記事を執筆することも多い。最近いちばんの興味は健康&美容。自身を実験台に体にイイコト試験中。主な媒体に『AERA』『週刊朝日』『朝日新聞』など。著書に『バラバの妻として』『佐川萌え』ほか。 好きなもの:温泉、銭湯、ルッコラ、トマト、イチゴ、桃、シャンパン、日本酒、豆腐、京都、聖書、アロマオイル、マッサージ、睡眠、クラシックバレエ、夏目漱石『門』、花見、チーズケーキ、『ゴッドファーザー』、『ギルバート・グレイプ』、海、田園風景、手紙、万年筆、カード、ぽち袋、鍛えられた筋肉
EDIT :
宮田典子(HATSU)、喜多容子(Precious)