それまで食事の際の飲み物といえばワイン一辺倒だったイタリア人がクラフトビールに目覚めたのはここ十年ほどのこと。「モレッティ」「ナストロ・アズーロ」「ペローニ」といった大手ビールを口にしたことがある人も多いと思うが、近年ではイタリア各地で小規模なクラフトビール・メーカー「ミクロビリフィーチョ」が次々に現れ、ピッツァやパニーノといったストリートフード・ブームとの相乗効果から存在感が増す一方なのだ。
イタリアには不思議な不文律があって、ピッツァにはビールであって、ワインは絶対ありえないと誰もがいう。しかし現在のイタリアには料理にあう華やかで泡のきめ細かい上面発酵タイプや、食前酒向きのペール・エール、あるいは食後酒になるスタウトなどレストランでの食事を考えたビールが次々に登場している。
しかもボトルやエチケットがまた、テーブルの上で存在感を放つイタリアン・デザインなのだからついつい試してみたくなる。
トレンタドゥエ・ヴィア・デイ・ビライ
数多いイタリアン・クラフトビールの中でも、最も個性的で目立つビールといえば「32」と大きく描かれた「トレンタドゥエ・ヴィア・デイ・ビライ」通称「トレンタドゥエ」だろう。
「トレンタドゥエ」とはイタリア語で「32」を意味するのだが、これは創業の地の住所から名付けたもので、今をさかのぼること11年前、ヴェネツィアの北約40キロの山あいの小さな町ペデロッバで3人のビール好きが集まって小さなビール醸造所を始めたのだ。農学者のファビアーノと機械工学が専門のアレッサンドロがビール醸造を担当し、バールオーナーだった接客のプロ、ロレーノが営業担当として世界中を飛び回っている。
あちこちの試飲会でロレーノを顏をあわせるうちに親しくなり「一度トレンタドゥエの醸造所を見に来ないか?」と誘ってくれたのだ。
ヴェネツィア近くでロレーノと合流すると、まずは車でアウトレット・モール内にあるアンテナショップに向う。イタリアはじめ世界の有名ブランドが並ぶこのモールではイートインやカフェにもファッション性が求められているが、唯一認められたのが「トレンタドゥエ」だ。
ここでAudace(アウダーチェ)を試飲。これはスパイシーな上面発酵ダブルモルトのベルジャン・ストロング・エールで、瓶内二次発酵させたもの。柑橘系の香りが豊かで酸味は心地よく苦みは皆無。
なによりクラフトビールならではの、きめ細やかな泡が実に心地よい。これに手作りのモルタデッラや豚の脂の塩漬ラルドをあわせる。豪快に笑いながらビールを次ぐロレーノといると試飲ではなく本格的な飲みになってしまうのが問題といえば問題なのだが。今度は全く別のタイプNebra(ネブラ)を飲む。
同じく上面発酵で瓶内二次発酵させたものだがキャラメル香とスパイシーさが際立つ琥珀ビールタイプ。これにはチョコレートが完璧にマッチングするので食後酒としても楽しめる。
そこから再び車で1時間、向ったのは「トレンタドゥエ」本社兼醸造所。クラフトビール・メーカーらしく小規模だが、創業当初はロレーノが小さなバンにビールを積み込み、地元のレストランや酒屋を1件1件飛び込みで回って、今日の発展の基礎を築いたという。
ここでは醸造施設を見ながらAdmiral(アドミラル)を一杯。ダブルモルトの琥珀ビールでやはり上面発酵、瓶内二次発酵で作る。泡まで琥珀色の重厚なビールは苦みと酸味、コクがあり荒々しい獣肉が食べたくなってくる。
ここで再び車で移動して今度はヴェネツィア・メストレの話題のレストラン「オステリア・プリップ」へ。もとは市営のチーズ工房だった広い空間を利用したエノテカ&レストランで、ツーリスティックではないヴェネツィア料理が食べられる。
ここではCurmi(クルミ) を飲みながらイワシの南蛮漬けに煮た郷土料理「インサオール」を食べる。これはスペルト小麦と大麦の麦芽を使った白ビールで、白い花やエキゾチックフルーツの香りが揚げ物に非常によくあう。見ればロレーノはグラス片手にテーブルを回り、あちこちで知り合いと話している。
堅苦しくなく、カジュアルだけど食事にあうきちんとしたビールを飲みたい時「トレンタドゥエ」をリストに見つけたら是非試してみて欲しい。きっと「これがイタリアのビールなのか!!」と驚くことうけあいなのだから。
■トレンタドゥエ https://www.32viadeibirrai.it/
■オステリア・プリップ http://osteriaplip.com/
- TEXT :
- 池田匡克 フォトジャーナリスト