人生を重ねた大人だからこそ見えてくる、豊かな暮らしとは?をテーマに、雑誌『Precious』編集部が総力取材する連載「IE Precious」。今回は、メーカー常務執行役員・イネステーラー笠 章子さんのご自宅を紹介します。1階のスタジオは人が集い語らう、アイリッシュバーのような空間。自然と調和する質実剛健な家でありながら、秘密基地のような側面もあるお住まいです。
「どんな家に住みたいかと聞かれたとき『家族と一緒に星空を見たい』と答えました」
古都・鎌倉の奥座敷、鎌倉山。豊かな自然に囲まれた場所に佇む一軒家は、まるでヨーロッパの森に迷い込んだような雰囲気が漂います。
「東京から鎌倉山に越してきて27年。四季折々の自然が美しい中庭にひと目惚れしてそのまま住んでいましたが、7年前ひょんなことから家を建て替えることに。地元のカフェでお茶をしていたところ、ご主人が建築士で『絵だけでも描いてみます?』と言われたのがきっかけでしたが、こんな家に住みたいという理想図をスケッチし始めたら楽しくて!
『ポエムもどうぞ』と言われ、思わず『家族と星空を見たい』という詩を書いたり(笑)。当時は職場の環境が変わり最も忙しかったころ。よけいな仕事を増やしてしまった…と後悔しつつも、オンとオフの気分が切り替わることもあって、家づくりに夢中になりました」と笠さん。
もともとアンティークやインテリアが好きだったという笠さん、仕事の合間をぬって理想の家のイメージをスケッチ。間取りや窓枠、タイル、床材、壁色、水道の栓に至るまでリサーチし続けたとか。
「家づくりはある意味、自分を知る旅だと気づきました。自分が本当に好きなもの、居心地がよいと感じる空間、朝はどんなふうに過ごしたいか、夜はどうくつろぎたいのか。休みの日に家でしたいことは? 光、風、窓からの眺め。家具やファブリックetc.
それらを考えることは、自分と向き合い、自分の人生を見つめることでした。ですから、イメージを絵でスケッチすること、断片的でいいから言葉を詩のように綴ることは、とても意味があったんです。そんな小さなこだわりのかけらを、建築士の島田浩由さんがひとつひとつかき集めて、この家をつくり上げてくださいました」
2014年の春。約3年を費やし、笠さんの理想の家が完成。
「こだわったのは1階のスタジオ。家族が思い思いに読書をしたり仕事をしたり、愛犬サーシャとくつろいだり。あるいは、ゲストと一緒にお茶を楽しんだり。この部屋のコンセプトは、人が集い語らう、アイリッシュバーのような空間。シングルモルトが似合う部屋をイメージしました。同時に、私だけの秘密基地のような側面も。大きな黒板にアイディアを記したり、プロジェクターを使って仕事や人生のプランを練ったりと、自由に使っています」
「理想の家として、最初に思い描いたのは南仏プロヴァンスの家でした。そこから二転三転して現在の家に。アイリッシュバー、ヨーロッパの石畳が似合う家、自然に囲まれた田舎の家、ブーフーウーのレンガの家…。気になるイメージを伝え、建築士の島田先生と相談しながら、自分にとって何が大切なのかを突き詰め、削ぎ落としていきました。最終的に自然と調和する質実剛健な家に。私らしいと思います」と笠さん。
また、どの部屋も3方向から光が入るように設計されており、日中は自然の光に包まれるのも特徴的。
「そのため、窓にもこだわりました。木の窓枠はすべてアメリカのアンダーセン社のもの。できるだけ窓は大きく、周囲の木々の緑が家の中から眺められるように工夫されています」
もうひとつの特徴は、木と鉄の調和。木の温もりと、美しいラインを描くアイアンのディテール。
「鉄作家・齋藤先生との出会いが大きいです。ウッディな空間の中に、曲線や直線の黒いアイアンのラインが入ることで全体が引き締まり、心地よい重厚感をもたらしてくれるんです。スタジオの鉄の扉をはじめ、表門やシャンデリアなど随所にアイアンを取り入れました。家は、好きなものに囲まれて、羽を休める場所。経年変化も楽しみながら一緒に年を重ねていきたいですね」
笠さんのHouse DATA
●間取り…5LDK
●家族構成…3人+愛犬
●住んで何年?…6年半
- PHOTO :
- 長谷川 潤
- EDIT&WRITING :
- 田中美保、古里典子(Precious)