メンズクロージングの頂点を味わえる服として、スタイルを完成させるアイテムとして、コートこそまさしく、オーダーメイドが一番である。生地をたっぷりと使った立体的な逞しいフォルムとディテールの複雑さは、オーダーメイドの真骨頂であり、そこに圧倒的な男のエレガンスも表現される。私は、仕立てたコートをトルソーに着せて仕事場に置いている。作業の合間にコートを見遣ると、着ているときにはまったく気付かなかった仕立ての技に改めて驚かされる。体に合わせて仕立てているとはいえ、信じられないほど美しいシェイプを見せる後ろ姿やしなやかな曲線を描くそでの振り具合……。隠れたところの飾りステッチや細密なポケットのディテールにも感心する。ジャケットより大きな寸法となるコートには、さらに計算された伝統の技と美意識が漲っているのだ。着ている本人に意識されなくても、つくり手のマエストロは様々な仕掛けをコートに仕込んでいる。それは、職人のさりげない主張と矜持の表れである。だからオーダーメイドのコートは奥深いのだ。20年、30年、できれば40年と、修繕を繰り返してでも長く着たい。誂えのコートには、一生を共にしたいと思わせる凝縮された職人文化が密かに詰まっているのである。

イタリア・ミラノの名店「ティンダロ デ ルーカ」で仕立てたポロコート。ヘリンボーン柄の厚手のウールによる重厚感あるスタイルが絶品。製作には95時間以上を要し、そで部分の縫製だけで4時間をかける丁寧な仕事が生かされている。私物。
イタリア・ミラノの名店「ティンダロ デ ルーカ」で仕立てたポロコート。ヘリンボーン柄の厚手のウールによる重厚感あるスタイルが絶品。製作には95時間以上を要し、そで部分の縫製だけで4時間をかける丁寧な仕事が生かされている。私物。

1.ディトーズでカバーコートをオーダー

「ディトーズ」が、オープンして間もない頃から人気のモデルのカバーコート。元々、馬に乗って狩猟をするためのアイテムとして誕生したことから、短い着丈の箱型のスタイルだった。後に、洗練されて、ひざにまで届く長い着丈のスタイルに進化。野山に溶け込むような、ブラウンやグリーン系のメランジ調の糸で織り上げた、カバートクロスと呼ばれる生地使いがコートの名称の由来。茂みの草木にひっかかりにくくするため、生地表面を滑らかに仕上げた風合いも魅力となる。1950年代、英国のフォトグラファー、セシル・ビートンも愛用したカバートコートなら、カントリージェントルマンの矜持も体現できる。

こだわりの英国仕立てを貫き通す
Ditto's ディトーズ

 英国のメンズスタイルを歴史的な背景からひもとき、洒落者たちから絶大なる信頼を得ている、「ディトーズ」のマスターカッターでありオーナーの水落卓宏氏。銀座の名店「壹番館洋服店」で学び、イタリア最高峰のスーツブランドのマスターテーラーを務め、自身が最も愛情を注げる英国仕立てに行き着いた、腕利きの職人である。どっしりとした英国産の生地を使って、仕立てても「ディトーズ」のコートは、繊細なバランスが備わる。

 「コートは、ほんの数センチの着丈の違いでも、まったく見栄えが変わります」

 水落氏が、コートづくりで大切にしているのは、着丈のバランス。機能的な意味まで掘り下げた細部のつくり込みに凝ると同時に、着用する人の絶妙な着丈のバランスを摑み取って仕上げるからこそ、男らしさと気品がかもし出される最高のコートに仕上がるのである。カバートコートは、英国のカントリージェントルマンが愛用した、歴史的なスタイルのひとつで、巧みな仕立てを堪能できるディテールの宝庫でもある。「ディトーズ」の超絶技で、一生もののコートを味わいたい。

1.1950年代頃から流行した、フラップをデザインした胸ポケット。同時代的には、モッズコートにも見られるディテールだが、「カバートコート」の象徴的な表情を演出する。2.上襟に用いた気品あるビロード素材は、チェスターフィールドコートのような洗練されたディテール。そして、狩猟用コートの機能的な仕様でもあると、水落氏は解釈する。3.藪のなかでコートのすそを枝などにひっかけても、生地がほつれないように堅牢性を高めるレールドステッチ。4~5本が基本スタイル。そで口にも同様のステッチを施している。
1.1950年代頃から流行した、フラップをデザインした胸ポケット。同時代的には、モッズコートにも見られるディテールだが、「カバートコート」の象徴的な表情を演出する。2.上襟に用いた気品あるビロード素材は、チェスターフィールドコートのような洗練されたディテール。そして、狩猟用コートの機能的な仕様でもあると、水落氏は解釈する。3.藪のなかでコートのすそを枝などにひっかけても、生地がほつれないように堅牢性を高めるレールドステッチ。4~5本が基本スタイル。そで口にも同様のステッチを施している。

■お問い合わせ先
ディトーズ
TEL:03-6438-9313
http://www.dittos.jp

オーダーできる他のコート/フルオーダーの場合、テーラードタイプのコートは、多様なモデルで対応
オーダーの形式/フルオーダー、パターンオーダー
オーダーの仕方/要予約
期間/フルオーダーは約半年(仮縫い2回を含む)、パターンオーダーは約5週間
価格の目安/フルオーダー¥502,000~(写真のカバートコート¥570,000、パターンオーダー¥145,000~(※価格は2016年冬号掲載時の情報です。)


2.サルトリア・イプシロンでポロコートを仕立てる

英国のポロ競技者が着用していたコートをアメリカのブランドがリメイクして販売、その後世界的なヒットに繫がったのが前合わせが、Wになったスタイルで知られるポロコートだ。この英国式のポロコートが、わずか2か月でオーダーできるサービスが、東京・日本橋のサルトリア・イプシロンで行われているのをご存知だろうか。しかも、ここではカシミア素材を使用して仕立ててくれる。ポロコートとは、前合わせがWになったロングコートのこと。サルトリア・イプシロンの店主船橋氏は、コートのなかで、最も好きなデザインだと言う。本来はキャメルヘア素材が本格だが、よりしなやかでエレガントなデザインを狙い、ここでの素材はあえてカシミアを選択。ポロコート本来の魅力的なロングシルエットが楽しめる120㎝の着丈が絶品である。チェスターフィールドコートと同様に、タイドアップしたフォーマルなスタイルに似合うポロコートは、紳士が持つべき一着にふさわしい。

イタリア仕立ての真のマエストロ

 約30年にわたりローマとミラノでサルトリアを営み、イタリアの仕立て技を知り尽くした熟練のマエストロが、「サルトリア・イプシロン」の船橋幸彦氏である。2009年、日本に本拠を移してからは、主に日本人に向け、男のツヤっぽさをオーダーメイドの服で表現する。顧客層はオーダー服のマニアから老練の服好きまで、幅広い。これこそ、本物の服づくりが認められている証左だ。コートづくりには、船橋氏が考案した「やじろべえ理論」が生かされている。

 「やじろべえ理論」とは、前後左右の重心を首の付け根の1点に集める裁断法だ。時折、ジャケットの着心地は、「肩に載る感覚」と表現されるが、船橋氏はその感覚を、さらに軽快な着心地が得られるよう、理論的に裁断する。

 「イタリアでは、コートのことをソプラビトと呼びます。これはスーツの上にはおるものという語意です。『やじろべえ理論』を生かし、コートも優しくスーツを包むように仕立て、体を覆うラインを美しく表現します。イタリアの男たちはコートに、エレガントな香りと軽快さを常に求めるからです」

 ローマでサルトリアを構えていた時代につくり上げたポロコートは、「サルトリア・イプシロン」を代表するハウススタイルの逸品。船橋氏が着用していると、イタリアの紳士からも羨望のまなざしで見られたというポロコートは、色気も備える一生もののコートなのである。

1.存在感のある大きなラペルが、男らしいポロコートの表情を見事に演出する。ラペルのロール感を美しく表現するために、ハ刺しという手縫いの技をひと針ひと針芯地に施すのだ。2.イタリア語ではパラマニカと呼ぶターンナップカフを、そで口の半周分折り返したデザイン。本国のイタリア人も好むディテールである。カフスボタンは4つ配すのが、船橋流。3.両サイドのポケットは、パネルドポケットと呼ばれるデザイン。文字どおりパネルのような形だが、伝統のイタリア仕立てを継承するポロコートの特徴的なディテールである。
1.存在感のある大きなラペルが、男らしいポロコートの表情を見事に演出する。ラペルのロール感を美しく表現するために、ハ刺しという手縫いの技をひと針ひと針芯地に施すのだ。2.イタリア語ではパラマニカと呼ぶターンナップカフを、そで口の半周分折り返したデザイン。本国のイタリア人も好むディテールである。カフスボタンは4つ配すのが、船橋流。3.両サイドのポケットは、パネルドポケットと呼ばれるデザイン。文字どおりパネルのような形だが、伝統のイタリア仕立てを継承するポロコートの特徴的なディテールである。

■お問い合わせ先
サルトリア・イプシロン
TEL:03-6225-2257
http://www.sartoriaypsilon.com

オーダーできる他のコート/シングルあるいはダブルのチェスターフィールドコート、ステンカラーコートなど
オーダーの形式/フルオーダーのみ
オーダーの仕方/要予約
期間/1か月半~2か月半(仮縫い1回、中縫い1回を含む)
価格の目安/写真のポロコート¥729,600~、シングルチェスターフィールドコート¥305,000~(※価格は2016年冬号掲載当時の情報です)


ケーリー・グラントが着た究極のオーダー・コート?

気が早いようだが、この冬に着るべきコートを吟味するのは、今を措いてほかにない。伊達男を気取るなら、注目すべきは、往年のダンディがスクリーン狭しと活躍した1930年代の名画に登場するようなロングコート。さらには、ぱりっとしたスーツを着て仕事をするニューヨーカーのスタイルだろう。ここでは、そんなスタイルが際立つオーダーコートの仕立てかたを紹介したい。

アメリカの古きよきにおいを形づくる

 奥渋谷の一画にたたずみ、マンハッタンの古いにしえの探偵事務所を彷彿させる「テーラー・ケイド」は、ゴールデンエイジ(1950年代)の強いアメリカを象徴する男らしい服を求める客にとって、聖地のような店だ。オーナー兼マスターカッターの山本祐平氏は、1930〜60年代の映画に登場する俳優たちのスタイルや、ニューヨークで生活する男たちが仕事で着る服をイメージして、服を仕立てる。もちろんコートも同様だ。

 「スクリーンに映し出された、コートを着た俳優の後ろ姿やたたずまいが、抑制の効いた男のスタイルの原風景になっています。彼らが着ていたコートは、ひざ丈まであるロングレングス。その雰囲気が最高です」

 山本氏が考える男の服のサイズ感は、ミディアムフィットのスーツに対して、コートはラージフィット。たとえば、1枚目の写真のバルマカーンコートは、映画『シャレード』に出演したケーリー・グラントのコートが基になった一着。これまでも人気だったコートを、ブラッシュアップして再登場させたのだ。一生もののコートを誂えるにふさわしい、名優たちのスタイルにも寄り沿えるコートがここにある。

3.ロングレングスのシルエットは往年の名優や芸術家の香り

1.最大の特徴となる、なで肩のラグランスリーブ。そで回りを太くデザインしたため、そでのなかで一切ひっかからずに、厚手のツイードジャケットやセーターを着られる。2.ライニングを省いた大見返しの一枚仕立てで、ゆったりとしたAラインを形成する。イタリアの名生地ブランド「カチョッポリ」のコットン素材を使用。
1.最大の特徴となる、なで肩のラグランスリーブ。そで回りを太くデザインしたため、そでのなかで一切ひっかからずに、厚手のツイードジャケットやセーターを着られる。2.ライニングを省いた大見返しの一枚仕立てで、ゆったりとしたAラインを形成する。イタリアの名生地ブランド「カチョッポリ」のコットン素材を使用。

4.どっしりとしたツイード素材とコートのシルエットがマッチ!

1.襟裏は表地の共地を使用しているため、襟を立てた粋な着こなしも楽しめる。襟の縁に施した、1.2㎝幅のフルミシンステッチは、コートのラインが際立つ効果的な仕様だ。2.肉厚のツイード生地のため、フルカフスではなく、実用的なハーフカフで仕上げたそで口。ふたつのボタンを配したデザイン。ハーフカフはポケットのフラップとも綺麗に響き合う。
1.襟裏は表地の共地を使用しているため、襟を立てた粋な着こなしも楽しめる。襟の縁に施した、1.2㎝幅のフルミシンステッチは、コートのラインが際立つ効果的な仕様だ。2.肉厚のツイード生地のため、フルカフスではなく、実用的なハーフカフで仕上げたそで口。ふたつのボタンを配したデザイン。ハーフカフはポケットのフラップとも綺麗に響き合う。

■お問い合わせ先
テーラー・ケイド 
TEL:03-6685-1101
http://www.tailorcaid.com

オーダーできる他のコート/チェスターフィールドコート、ポロコートなど
オーダーの形式/フルオーダー、パターンオーダー
オーダーの仕方/要予約
期間/フルオーダーは約2か月(仮縫い1~2回を含む)、パターンオーダーは約1か月半
価格の目安/バルマカーンコート¥188,000~(パターンオーダーのみ)、トップコート¥280,000~(フルオーダーのみ)(※価格は2016年冬号掲載時の情報です。


5.パリを代表する凄腕テーラー、鈴木健次郎が仕立てるコート

ロンドンやイタリアのクラシック・テーラーとは一線を画し、フランスならではエスプリを効かせたオーダーサロンが、パリにある。しかもその職人は日本人・鈴木健次郎氏だ。。ミシュランの三つ星レストランを日本人シェフが獲得するより、ある意味難しい世界で、鈴木健次郎氏のテーラーリング技術が認められたのはなぜか?

 パリで独立した腕利きの日本人

 フランスが誇る名門仕立て服店の「カンプス・ドゥ・ルカ」や「スマルト」で腕を磨き、「スマルト」では、チーフカッターにまで上り詰めた鈴木健次郎氏。独立して、パリにアトリエ&オーダーサロンを構えてから早3年以上が経った。オープン当初から、鈴木氏がつくる服に魅了された国内外の上客が訪れているサロンは、現在、フル稼働の状況である。鈴木氏がつくるジャケットは、フィッシュマウスと呼ばれる、魚の口の形に見えるラペルの切り込みを取り入れた、パリの香りが十分に漂うエレガントなスタイル。さらにフィッティングが特徴的だ。ジャケットとシャツの間に空気の層が入る、繊細なゆとりを持たせた着用感を実現する。決して大きめのサイズではなく、タイトフィットでもない、体のラインに合った軽い着心地が、鈴木氏が手がける服の本領である。

「コートも空気の層を意識して仕立てています。コートとジャケットとの間にわずかなゆとりをつくり、軽やかな着心地に仕上げます」

 コートづくりで大切にしていることは、ほかにもある。型紙の細かい調整をはじめ、より立体的で男らしいスタイルの表現だ。

 「丁寧な縫製を意識しながらも、小さくまとまった縫い方ではなく、広がりを感じる縫いを意識して、男性的な力強さをコートで表現します」

 かつて「スマルト」でチーフカッターを務めていた頃、仕事の傍らでつくり上げたのがセミチェスターフィールドコートだ。伝統的なスタイルにパリの香りを加えた魅惑的なコートは、記念すべき一生もののコートにふさわしいデザインである。

セミチェスター フィールドコート

1.何よりこのコートの特徴となるのが、ラペルのフィッシュマウスだ。100を超えるデザインが存在するともいわれるが、鈴木氏が選んだフィッシュマウスは、やや大きめのもの。2.チェスターフィールドコートの代表的な意匠となるフライフロント。ボタンを露出しないことでフォーマル感を演出する。打ち合わせは7㎝。これが鈴木氏のオーダースタイルだ。3.より軽快でスポーティな表情をつくり出すスラントポケット。フラップの縁に施された、手縫いによるステッチワークが、さりげなくコートのデザインに生かされている。
1.何よりこのコートの特徴となるのが、ラペルのフィッシュマウスだ。100を超えるデザインが存在するともいわれるが、鈴木氏が選んだフィッシュマウスは、やや大きめのもの。2.チェスターフィールドコートの代表的な意匠となるフライフロント。ボタンを露出しないことでフォーマル感を演出する。打ち合わせは7㎝。これが鈴木氏のオーダースタイルだ。3.より軽快でスポーティな表情をつくり出すスラントポケット。フラップの縁に施された、手縫いによるステッチワークが、さりげなくコートのデザインに生かされている。

オーダーできる他のコート/トレンチコート、アルスターコート、ピーコートなど
オーダーの形式/フルオーダーのみ
オーダーの仕方/要予約
期間/日本在住者で約1年、パリ在住者で最短3か月、仮縫いは最低2回あり
価格の目安/セミチェスター フィールドコート約¥530,000~(為替レートにより変動) (※価格は2016年冬号掲載時の情報です。)
お問い合わせ先
KENJIRO SUZUKI
メールアドレス:contact@kssm-cecilia.com
または、銀座和光で定期的に開催される受注会をご確認ください。


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一生ものと呼べるオーダーコートを作り手の理念を含めて5種類紹介しました。奥深いオーダーメイドの世界。作り手の思いが凝縮された1着を手に入れていただきたい。

この記事の執筆者
TEXT :
矢部克已 エグゼクティブファッションエディター
BY :
MEN'S Precious2016年冬号 凄腕仕立て職人の渾身の技をフルオーダーで堪能せよ!「一生ものコート」なら、ビスポークすべしより
ヴィットリオ矢部のニックネームを持つ本誌エグゼクティブファッションエディター矢部克已。ファション、グルメ、アートなどすべてに精通する当代きってのイタリア快楽主義者。イタリア在住の経験を生かし、現地の工房やテーラー取材をはじめ、大学でイタリアファッションの講師を勤めるなど活躍は多岐にわたる。 “ヴィスコンティ”のペンを愛用。Twitterでは毎年開催されるピッティ・ウォモのレポートを配信。合わせてチェックされたし!
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撮影/小池紀行(パイルドライバー/静物)、篠原宏明(取材/東京)、 小野祐次(取材/パリ) スタイリスト/武内雅英(code)  構成/矢部克已(UFFIZI MEDIA
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