長年ミシュラン2つ星を維持していたノルベルト・ニーダーコフラーの名前はすでにイタリア全土に知られていたが、2018年に3つ星シェフとなってからその世界観がひときわ脚光をあびるようになった。
山を料理する自然派3つ星シェフ、ニーダーコフラーの最新料理集
ニーダーコフラーのレストラン「サント・ウベルトゥス」はドロミティ山塊の標高1537mという高地にあり、ヴェネト州側ならコルティーナ・ダンペッツォから、一方アルト・アディジェ州側からならばボルツァーノ、あるいはブレッサノーネから車でのアクセスが必要になる。高原の花が咲き乱れる夏は山岳リゾートとして、一方雪に埋もれる冬にはスキー客で賑わう。
アルタ・バディアと呼ばれるこの地域は希少言語ラディン語を話す人々が暮らす秘境でもある。こうした地域特性を発展させたガストロノミーはフード・エクスペリエンス=食の体験という言葉と置き換えられ、現代の美食家たちを魅了する重要なキーワードだ。ニーダーコフラーは地元ドロミティでとれる季節の食材のみを使用し、それまで日が当たらなかった食材や農産物への再評価、あるいは食品廃棄を最小限に抑えることなど自然と共生し、山に暮らすには必要不可欠な行動と選択をガストロノミーレベルへと昇華させた。
そうした長年の活動が評価され、2021年度版ミシュランではサステナブル・レストランに授与される「Stella verde=緑の星」の評価を得たことも記憶に新しい。そのニーダーコフラーの大著「Cook The Mountain(クック・ザ・マウンテン)」が昨秋発売されたので早速取り寄せてみた。
手元に届いたのは38x33cmという超大判で重量はなんと4kg超。ドロミティの美しい自然とニーダーコフラーの料理、山に暮らす人々のポートレートなどからなる写真集と、80のレシピをおさめたレシピ集という2冊セットは、実に頑丈な化粧箱に収められていた。
「クック・ザ・マウンテン」というタイトルにピンときた人は、おそらく実際に「サント・ウベルトゥス」に足を運んだことがある人だろう。というのも「サント・ウベルトゥス」のメニューにはこう書かれているからだ。「Viaggio verso Identità Cook the mountain(アイデンティティへの旅 クック・ザ・マウンテン)=山を料理する」と。
山岳地帯でしか体験することができないレシピも収録
例えばTartare di Coregone2016は、ヨーロッパの高地に生息する淡水魚コレゴーネ=ホワイトフィッシュのタルタル。これは山岳地帯でしか体験することができない味。Insalata di erbe di montagna2010はまさにドロミティの自然を味わうインサラータ。近年ガストロノミーの世界ではさまざまなマイクロハーブやエディブルフラワーを多用したインサラータ=サラダが人気だが、ニーダーコフラーのインサラータは夏のドロミティでしか出会えない希少な味と香りに満ちている。
「Anguilla & Camomilla 2017(ウナギとカモミール)」は地元でとれたウナギをドロミティに自生するカモミールのインフュージンとともに食べるはかなくもかぐわしい料理。こうした山の香りを食卓へと届けることはニーダーコフラーが最重要視していることであり「クック・ザ・マウンテン」にはこう書かれている。
「Quando riesco a far sentire alle persone il profumo ed il sapore familiari della mia terra, sono semplicemente felice. 慣れ親しんだこの地の香りと味を感じていただけたなら、わたしは幸せです」
都会の料理に飽きた時、新しいインスピレーションを得たい時、そしていまはかなわないが旅に出たい時、「クック・ザ・マウンテン」を少しづつ眺めているだけで旅と料理に対する新たな感情が湧き上がってくるのを抑えられなくなるはずだ。
- TEXT :
- 池田匡克 フォトジャーナリスト
- PHOTO :
- ©︎Daniel Töchterle