働き方、生き方…さまざまな価値観が揺らぐ今、ときに自分を、未来を見失いそうにもなりますが、大丈夫! 私たちには“本”があります。目利き揃いの読書家たちが“今”を見つめた珠玉のブックセレクトをお届けします。

雑誌『Precious』5月号では特集「知的欲求を満たすニュー・ノーマル時代の読書案内」を展開中。その特集のなかから、本記事では編集者・伊東順子さんが推薦する韓国の文学6選をご紹介。深く濃く魅力的な世界をお楽しみ下さい。

伊東順子さん
編集者
(いとう じゅんこ)1990年に訪韓。翻訳・編集プロダクション運営。「韓国を語らい・味わい・楽しむ雑誌『中くらいの友だち——韓くに手帖』」(皓星社)主宰。著書に『韓国 現地からの報告』(ちくま新書)ほか。

力強くて、繊細。「生きていく」ことへの熱量に胸打たれる

「韓流ドラマ、Kポップに続いて、ここ数年、韓国の文学も日本で人気を集めています。

きっかけとなったのは、'18年に日本語訳が刊行された『82年生まれ、キム・ジヨン』。韓国社会でいかに女性が社会的に抑圧されているかを提示した作品で、韓国ではフェミニズム論争を巻き起こし、支持派は本を買い込んで政治家に配り、否定派はSNSで批判する、といった社会現象にもなりました。

こうした反応の激しさは、韓国のお国柄だと思われがちですが、韓国社会というのは、本来、かなり我慢強いんです。我慢して我慢して、いったん「もう我慢できない!」と怒りだしたら、そこからはものすごく仕事が早い。一気に行動を起こして、社会を変えていこうとします。

そもそも、韓国では、書き手も読み手も、文学に社会的なミッションを強く求めます。

小説でもエッセイでも、必ず社会問題が描かれる。作家は、世の中に対して主張する責務があると考えられているんです。韓国人のこうした生真面目さ、そしていざとなったらすぐに激しく燃える振り幅の大きさは、国旗にもなっている陰陽の考えに由来すると言う人もいます。

韓国では、昼間はすごく真面目に仕事をする人が、夜は別人のように突き抜けて遊ぶことがよくあって(笑)、この、とことんやることが、エンタメ界の実力につながっていくわけですが、文学においては、そのストイックなまでの生真面目さが新鮮に映ります。

もうひとつ、韓国文学を読むうえでおさえておきたいのが、"恨(ハン)"という言葉です。これは"恨み"ではなく、自分が成し遂げられなかったことに対する"悔しさ"で、これが残ることを韓国の人は大変恐れます。日本でも「一生後悔する」という言い方をしますが、もっと強い。

なにしろ、大学で学びたかったのにかなわなかったおばあちゃんの葬儀で、棺に架空の卒業証書を納めるのですから。だからこそ、"恨"をためないように、韓国の人は全力で生きている。そういう姿も知ってほしいですね。

人材に厚みが生まれ、近年、韓国文学は、日本語の翻訳文学としても充実してきています。深く濃く魅力的な世界に、まずはこの6冊からハマってみてください」(伊東順子さん)

本_1
1.『大都会の愛し方』¥1,760 著=パク・サンヨン 訳=オ・ヨンア(亜紀書房)
2.『そっと 静かに』¥2,420 著=ハン・ガン 訳=古川綾子(クオン)
3.『82年生まれ、キム・ジヨン』¥1,650 著=チョ・ナムジュ 訳=斎藤真理子(筑摩書房)
4.『フィフティ・ピープル』¥2,420 著=チョン・セラン 訳=斎藤真理子(亜紀書房)
5.『死にたいけどトッポッキは食べたい』¥1,540 著=ペク・セヒ 訳=山口ミル(光文社)
6.『こびとが打ち上げた小さなボール』¥2,090 著=チョ・セヒ 訳=斎藤真理子(河出書房新社)

■1:性的マイノリティを描いたクィア文学の若き旗手『大都会の愛し方』

「フェミニズム小説と並んで、韓国で新たな潮流として注目されているのが、性的マイノリティを描いたクィア文学。梨泰院のクラブで知り合った“俺”と“ギュホ”の切ない恋を、ソウル、上海、バンコク、東京の風景の中に描く表題作のほか、時代の気分を鮮やかに軽やかに綴った新感覚のゲイ文学。大都会の描写に旅気分を誘われるのも心地いい」

■2:ブッカー賞を受賞した韓国を代表する女性作家『そっと 静かに』

「韓国の作家でノーベル文学賞にいちばん近いといわれているハン・ガン。ブッカー賞を受賞した『菜食主義者』など、非常に繊細で美しい文体が魅力だが、小説は難解なので、まずはエッセイを。音楽との出合い、思い出の歌などについて綴られており、日本版は巻末に二次元バーコードが付いていて、著者によるオリジナルの朗読も聴けるようになっている」

■3:「#キム・ジヨンは私だ」フェミニズムに火をつけた一冊『82年生まれ、キム・ジヨン』

「1982年生まれ、33歳のキム・ジヨンが、女性であることを理由に受ける数々の理不尽な仕打ちに、彼女よりひと世代上の女性として、『私たちがスルーし、放置していた問題が、若い世代をこんなに傷つけているのか』と思わず反省。性的なハラスメントも、ワンオペ育児も、ガラスの天井も、すべて根っこは同じ。日本の女性たちからも共感を呼んだ」

■4:「韓国人」とひと括りにせず51人ひとりひとりを感じて『フィフティ・ピープル』

「大学病院を舞台に、医師、看護師、患者、家族、出入りの業者など、さまざまな人生が交錯していく連作短編集。主人公がいない(=全員が主人公)という、すべての登場人物がフェアに存在しているところに、ひとりひとりに顔があり、みんな一生懸命頑張っているんだよという著者のメッセージを感じる。コロナ禍にあって特に胸に沁みる一冊」

■5:若者から圧倒的共感を得た“カウンセリング”エッセイ『死にたいけどトッポッキは食べたい』

「1990年生まれの著者が綴るのは、気分変調性障害にかかった自分の治療記録という、超個人的なこと。最近は、フェミニズムやイデオロギーに対して距離をおく、彼女のような新時代の書き手も登場してきた。真面目がゆえの自己肯定感の低さを、カウンセラーにひとつひとつ説明していくエッセイは若者の共感を集め、正続刊共にベストセラーに」

■6:すべての韓国文学の基礎!教科書的ロングセラー『こびとが打ち上げた小さなボール』

「1978年の出版以来300刷を超え、現在でも毎年夏休みには課題図書として書店に平積みされる名著。表現の自由がなかった抑圧の時代に、小さなノートに小さなペンで書きつけた連作をまとめたもので、急速な都市開発により虐げられた人々の怒りに胸が苦しくなる。今にも通じる作品だが、それは同時に、問題がいまだに解決していないことを意味する」

※掲載した商品はすべて税込です。

この記事の執筆者
TEXT :
Precious.jp編集部 
BY :
『Precious5月号』小学館、2021年
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PHOTO :
唐澤光也(RED POINT)
EDIT&WRITING :
剣持亜弥(HATSU)、喜多容子(Precious)
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